・コムギのジャムパンで爺ちゃんが最強になった……
コムギと別れてまず最初にしたことは、酒場宿のロランさんに雷神の剣と鱗の盾を自慢することだった。
穏やかで度量のあるロランさんも、さすがに雷神の剣には驚いていた。
「不思議なこともあるものですね……」
「へへへ、これで俺も、ちょっとは村を守れるようになるはずですよね、ロランさん!」
「貴方にはそういった強力な武具はまだ早い気がしますが……まあ、いいでしょう。使いこなせるように、今日からミッチリと鍛えて差し上げましょう」
「ぜひお願いします、ロランさん!」
俺とロランさんはいつもの風車の前に戻り、丘の下のコムギのパン屋を時々見下ろしながら、その日の訓練に打ち込んだ。
しばらくすると甘い匂いが丘下から漂ってきた。
「これはいつものパンではありませんね。菓子パンの匂いです……」
「後で一緒に行きましょう、ロランさん!」
「ふふ……貴方はガールフレンドに会いたいだけでしょう?」
「ち、違いますよっ、ロランさん!」
甘い匂いを嗅ぎながら、俺もコムギに負けないようにがんばった。
ゆっくりとしか歩けないうちの爺ちゃんが、コムギの店に入るのも見た。
爺ちゃんは昔からコムギの大ファンだった。
そこに強風が吹いて風車が大きく回り出すと、訓練がそこで打ち切りになった。
ロランさんが酒場に戻り、俺は風車守として嫌々仕事をした。
・
『大変だーっっ!! 魔物がっ、暴れイノシシが出たぞーーっっ!!』
日が暮れてくると、丘の下から叫び声が聞こえた。
俺はコムギと爺ちゃんが心配になって、風車を飛び出して丘を駆け下りた。
そしたらコムギの店のすぐそこに、俺の胸の下くらいまである巨大イイノシが出没していた!
あれは分類上は、モンスターだ!
「おいそこのでかいお前っ、危ねーから引っ込めよっ!」
そのイノシシの前に、村の外からきたやつなのか、やたらでかい男が立っていた。
「あ、ホリン……」
てか、その後ろになんでかコムギのやつまでいる!
「コムギッ?! 何やってんだよ、お前っ!?」
「そっちこそ危ないよっ!」
とにかくこうなったら、コムギに危害を加えられる前に俺がやっつけるしかない。
俺は雷神の剣を片手に、鱗の盾を敵に身構えた。
「フォッフォッフォッフォッッ! それでこそワシの孫よっ!!」
「孫ぉ? 俺の爺ちゃんなら杖、突いて――へ……っっ?!」
その大男は、うちの爺ちゃんと同じ顔をしていた……。
杖を突いて、まる一日がけで村を巡るのがやっとのうちの爺ちゃんが、直立不動で暴れイノシシの前に立っていた……。
「じゃが、武器や防具に頼るとは情けないっ!! 見ておれ、バカ孫よっ!!」
「じ、爺ちゃんっっ?!!」
暴れイノシシが爺ちゃんに突進した!
爺ちゃんはそれを、鋭い牙に手をかけてなんと人の身で止めてしまった!
いや、嘘だろ……それどころか、イノシシを押し返している……。
「これが、王都で頂点を極めた拳闘士のっっ、右ストレートじゃぁぁぁっ、フヌァァァァッッ!!!」
そんな、バカな……。
爺ちゃんはパンチ一発でその牙をへし折った……。
それどころかその拳はイノシシの眉間を貫いて、たった一撃でモンスターをあるべき姿である『宝石』に変えていた……。
「ふぅっ、久々に滾ったわい! ほれ、見たかホリンよ……?」
「あ、ああ……」
「これが、お前のお爺ちゃんの本気じゃっっ!! あのメロンパンがっ、若い頃の肉体と活力をワシに与えてくれたのじゃっっ!!」
メロン・パン?
いや、勝ったのはいいけど、どういうこっちゃ……。
「コムギッッ! これっ、お前のしわざかっ!?」
「あ、うん……。ごめん……」
「こりゃ、ホリンッッ! もうちょっとムギちゃんを大切にせんかっ!!」
「あの鉄壁の種と薬草、パンに入れてみたの……。そしたら、こうなっちゃった……」
コムギは申し訳なさそうにうつむいた。
いや、なんでそんな顔をする必要がある?
うちの爺ちゃんを元気にしてくれたのに、なんで謝るのかわからない。それに――
「それっ、俺も食うっっ!!」
「えっ……!?」
「おお、そりぁいいっ! ホリンもあのすぃーとなメロンパンを食べて、新たなる拳闘士を、チャンプを目指すのじゃっ!」
俺も今の爺ちゃんみたいにムキムキになりたい!
爺ちゃんはまるで英雄の彫像のように、身体のありとあらゆる部分が隆々とたくましく自己主張していた!
「待って、ホリン……落ち着いて、落ち着いて村長さんをよく見て……? こんなふうに、なっちゃうんだよ……?」
「最高じゃんっ!!」
「えーーーっっ?! ダ、ダメだよっ、暑苦しいよっ!?」
「筋肉っっ、爆っ発っっ!!!」
「ちょっとっ、2人とも待ってーっ!」
俺と爺ちゃんはコムギの店に飛び込んだ。
甘い良い匂いがする! そうか、これがメロンパンってやつか!
あのバターロールみたいにこれには凄い力があって、これを食べると俺は爺ちゃんみたいになれるんだ!
「金、ここに置いとくぜ。いっただきますっ!」
「ダメッ、ホリンはそのままのホリンでいてっ!!」
俺はコムギのメロンパンを食べた。
それは外はサクサクで甘く、中は食べ応えのあるふわふわのパンだった。
最高に美味い上に、ムキムキになれるなんて最高のパンなんだ!
「ふぅぅ……美味かった! お前、パン作りの天才なんじゃないか!?」
「えへへ、そうかな……ありがと! で、でもぉ……」
「これで俺も爺ちゃんみたいになれるのかぁ……」
「ホリンよ、そんな剣など捨てよ。男は、この拳二つで十分じゃ」
食べ終わった俺は、筋肉の成長具合を確かめた。
これといって変化はなかった。
「ワシは5つ食べたぞ?」
「なんだよ、そういうことなら早く言えよっ! 金、ここに置くぜ!」
「ダメッ、ガチムチは困るよーっっ!!」
コムギが必死でなんか言ってるけど、俺は男らしさを求めてメロンパンをどんどん食べていった。
ロランさん、ムキムキの偉丈夫になった俺を見たら、驚くだろうなぁ……。
俺はメロンパンを合計5つ食べた!
食べたけど……おかしいな。
少し立派になったような気もしないでもないけど、大きな変化はなんにもなかった……。
「あ、そっか、効果には強い個人差があるんだ……!」
「どういうことだ?」
「つまり、村長さんの体質に合ったのかも……。あと、元々鍛え上げた凄い人だったのも、何か関係があるのかな……。わかんないけど」
コムギにわからないんじゃ、俺にもわからない。
何よりガチムチの最強ボディになった爺ちゃんの姿が、一番わからなかった。
「よくわかんないけど、俺、爺ちゃんみたいになれないのか……。残念だ……」
「安心せい。ワシが直々に鍛え上げてくれるわ。ホリンや、チャンピオンベルトがワシらを呼んでおるぞ」
「俺はこの村を守りたいだけだっての!」
でもなんだか強くなれたような気がする。
もう1度腕を折り曲げてみると、確かに俺の肉体は成長していた。
最初は半信半疑だったけど、これで確定だ。
俺の幼なじみが作るパンには、人を爆発的に成長させる力がある。
つまりコムギを支援すれば、もっと俺は強くなれる!
そしたら俺はコムギを完璧に守れるようになる上に、ロランさんに成長を褒めてもらえるんだ!
「筋肉じゃ……筋肉のささやきに耳を傾けるのじゃ、孫よ……」
「いやそんなん聞こえねーし」
「嘆かわしい! それでもワシの孫かっ!」
「いや元気になり過ぎだろ、爺ちゃん!」
俺と爺ちゃんは、その後なんだかんだ仲良く並んで家に帰った。
足腰が弱っても必死で村に尽くそうとする爺ちゃんは、尊敬を覚える一方で見ていて痛ましかったし、孫として今の元気な姿がとても嬉しかった。
コムギは俺たちが何を言っても申し訳なさそうにしてたけど、感謝しかなかった。
「お、親父ぃぃっっ?! な、なんで身体だけ拳闘士だった頃に戻ってるんだよっ!?」
「愛じゃ……ムギちゃんの、ワシと筋肉への愛のたまものじゃ……」
うちの父ちゃんも母ちゃんも、驚きのあまりひっくり返ってたけどな……。