・赤い鷹の前で、俺たちは誓いを交わした
「わ、わぁぁっっ?!」
凄まじい揺れの中、俺は壁に手を付いてコムギを激震から守った。
さらにまた爆音が轟き、奥の甲板でまた何かが爆発した。
「か、海賊だぁぁーっっ!!」
海賊? 何言ってんだ、こいつら……?
「海賊はお前らだろ……」
「違うっ、俺たちは交易の片手間に奴隷売買をしているだけの、ただの武装商船隊だ!」
「それを海賊って言うんじゃねーの……?」
爆音のした方角を見ると、海の彼方に赤いヘラジカの紋章を掲げる船があった。
看守の下に大砲が付いていて、そこから黒い煤が上がっていた。
「あ、あの紋章は……っ!? ま、まさか……」
「に、逃げろっ、捕まったら生きたままサメのいる海に突き落とされるぞ……っ?!」
「やつらを相手にするなんてお断りだっ、て、撤退っ、撤退だテメェらっ!!」
海賊が海賊を怖がって海に飛び込んでゆく。
わけがわからない。
「俺たちも逃げるぞ、コムギ」
いやどっちにしろ、関わっていい相手ではないだろう。
俺はコムギの手を引いた。
陸までの短距離なら、2回目のテレポートでもどうにかなるだろうか……?
だがコムギは動こうとしなかった。
静かに首を横に振っていた。
「そんなことする必要ないよ、ホリン」
「あるに決まってるだろっ!?」
コムギは本物の海賊船の方を向いて、左手を大きく振った。
まるで知り合いにするように……。
「見てよホリンッ、あの赤毛っ、ユリアンさんだよ!」
「な……なんだってぇーーっっ?!」
船首大砲の上には黄金の女神像がある。
その女神像に寄り添うように、あのユリアンのおっさんが船の先に立っていた。
俺は、ロランさんの信者だ……。
だけど、だけどあのおっさん……。
「マ……マジで、マジであのおっさんだ……。か、かっけぇ……」
「あはは、確かにカッコイイ!」
悔しいけど、海賊ユリアンは格好よかった。
海賊たちを引き連れて、俺たちを守ってくれた。
船と船を並ばせて、颯爽とこちらに飛び移ってくるところも、格好よかった……。
「ようガキでも。俺に用事があるんだってな?」
「えっ……? なんで、そのこと知ってるんですか……?」
そうだ。なんでここにユリアンがいる……?
「年頃の若い男女がよ、うちの根城を見学したいと騒いでたそうじゃねぇか。しかも片方は世にも愛らしいエルフ族とくる。そんなにかわいい子は他にいねぇなぁ、ホリンよぅ?」
「な、なんで俺に振るんすかっ?!」
「彼氏だろ?」
「ち、ちげーってのっ!」
ユリアンのやつ、うろたえる俺を見て豪快に笑った。
笑われても嫌みは感じなかった。
ユリアンは海賊船の船長の姿が様になっていた。
「そういうわけでお2人さんよ。俺と一緒にくる度胸がもしあるなら、海賊の根城見学にご招待するぜ」
「本当ですかっ、じゃあ行きますっ!」
ユリアンがまた笑った。今度はコムギの方を。
「おい彼氏よ、彼女の方が度胸あんじゃねぇか……!?」
「そんなこと、アンタに言われるまでもないよ……。コムギは、度胸がありすぎるところが問題なんだよ……」
向こうの船から木の板が渡された。
見上げるほどでかい船から、ユリアンの配下たちが俺たちを明るく見下ろしていた。
「お前ら気に入ったぜ! 男は度胸! 女も度胸があるに越したこたぁねぇ!」
「あたし、そんな肝っ玉キャラじゃないんですけど……」
コムギ、そう思ってるのはお前だけだ。
お前の肝っ玉は、俺の手に余る……。
「引き上げだテメェらっ、彼氏彼女を俺たちの楽園にご招待してやんなっ!」
「へいっ、船長!!」
「お客さんなんて、あの大物貴族を人質に取ったとき以来のことですね!」
俺たちは海賊船に乗った。
最初は警戒心があったが、海賊たちはみんないいやつらだった。
俺はユリアンを尊敬の目で見た。
周囲の海賊たちもユリアンを同じ目で見ている。
俺は決めた。海賊ユリアンを信用しよう。
この男は度量がでかい。
それでいて、ロランさんみたいに公平な人柄をしている。
コムギと一緒に彼にお礼を言った。
ユリアンの船は、厚い装甲と大砲に、4本のマストを持つ美しい船だった。
俺たちはモクレン港を離れ、とある小島の入り江までやってくると、隠された洞窟の中へと船ごと飲み込まれていった。
そこが海賊の根城、ポート・ヘイブンだった。
・
ポート・ヘイブンは島の地下に作れた隠し砦だった。
けど陰気ではない。
そこには地上に繋がる風穴がいくつもあり、そこから明るい光が降り注いでいた。
俺たちが何か彼らに貢献したわけじゃないのに、もう宴の準備が始まっていると聞いた。
海賊ユリアンに気に入られることは、海賊たちに気に入られると同義だった。
「どこにだって案内するぜ。海賊の宝物庫から秘密の見張り台、穴場の釣り場から、真水の湧く地底湖まで。お客様のお好きなところに連れてってやるよ」
「本当ですかっ! あ、でもその前に……少しだけお話、いいですか……?」
ユリアンの案内で宝探しを始めようとすると、コムギがいつになく真剣な顔でそう主張した。
俺は大して気にも止めなかった。すぐに宝探しに行きたかった。
だが、彼女の口から明かされたある真実を聞くと、今日までの疑問の全てが氷解することになった。
コムギは今日まで、たった1人で戦っていた。
「近い未来、あたしたちの故郷アッシュヒルは滅びるの。この攻略本さんは元々は勇者様で、うちの村の住民の1人だったんだって……」
なぜコムギが鉄壁のメロンパンのような物を作っていて、密かに村人に食べさせていたのかがわかった。
破滅の未来なんて、人に言っても信じてもらえないからだ……。
「あたしと攻略本さんは未来を変えたいの……。そのためには、世界中の宝が必要なの! お願い、ホリンッ、ユリアンさんっ、あたしたちに協力して!!」
俺たちの村が滅びる。
みんな殺される。
そんな残酷な真実を、俺の頭はなかなか理解しようとはしてくれなかった。
・
「そういうわけで、お宝探しに出発! ユリアンさんっ、地底湖ってところに連れてって!」
「……おう、いいぜ」
俺たちはポート・ヘイブンにある地底湖に向かった。
そこはいくつもの白妙と水滴が降り注ぐ神秘的な湖だった。
その湖にある岬の先で、コムギは宝の1つ回収した。
「じゃーんっ、これが『疾風の靴』だよ!」
「はは……コイツは驚いた……。まさか俺たちの根城に、そんな大層なお宝が眠っていただなんてな……」
すげぇお宝だ。
コムギは俺にそれをくれるんだろう。
けど、テンションなんて上がらなかった……。
「なぁ……」
「なーに、ホリン?」
「本当に、アッシュヒルは……俺たちの村は、滅びるのか……?」
「うん……。『それがこの世界のあるべき物語だから』って、この攻略本さんが言っているの」
疾風の靴をコムギからもらった。
すぐに履こうとは思えなくて、俺は地底湖の美しい空ばかり見上げた。
「みんな、死ぬって、ことか……?」
「うん、そうだよ……。勇者様以外、みんな魔物に殺されちゃうんだって……」
また何かを隠しているのか、コムギは言葉を止めた。
「勇者だけが生き残り、滅ぼされた故郷の復讐を果たす、か……。オペラにしたら、ソコソコ受けるかもしれんな」
「おぺら……? おぺらって何?」
「説明がめんどくせえから、今度連れてってやるよ」
「本当っ!? ありがとう、ユリアンさん!」
せっかくユリアンが場を明るくしてくれたのに、俺の方は話に乗れなかった。
ユリアンのやつまで俺のことを心配してくれた。
俺は震えていた。
さっきから指先の感覚がなくて、疾風の靴を足元に落としてしまった。
「なんで……なんでそんな大事なことっ、俺に言わなかったんだよっっ!?」
「ごめんね、ホリン」
「おい彼氏、そんな言い方するもんじゃねぇぜ」
「でも、もっと早く言ってくれたら……」
「言っても誰も信じねぇだろ。この村は滅びますよと、そうふれ回っても気が触れたと思われるだけだ」
「俺は信じた! ガキの頃からずっと一緒に育ったんだっ、このバカ正直がっ、嘘なんて吐くわけねぇっ!」
俺がそう叫ぶと、コムギは嫌な顔をするどころか嬉しそうに笑った。
突拍子もない自分の話を、俺とユリアンが信じた。その事実がコムギは嬉しいんだろうか。
「だけどよ、1つ聞くぜ、お嬢ちゃん」
「え、なーにー?」
「なぜ、俺に真実を教えた? 海賊にお宝の地図を明かすバカが、いったいどこにいる?」
「ここにいるだろ……」
「ヒハハハッ、ま、そうなんだがよ……。なんか納得がいかねぇぜ……?」
確かに俺もそう思う。
なんでこの話をユリアンに教えた? 相手は海賊だ。
「あ、うん。……攻略本さんが伝えたいことがあるって!」
コムギは目に見えないあの本を開いた。
攻略本さんとやらの代わりに、ユリアンを見上げた。
「信じた最大の理由は『友達』だから。この先の未来で、私とユリアンは、深い友情を交わした。……私は、ユリアンが誇り高い義賊だと、知っている」
過去に遡ってきた勇者からすれば、友人を失ったことになるのか。
過去に戻ったら、相手は自分を覚えてなんていないんだからな。
「その悪名の全てが、真実ではないと、知っている。男としての度量の広さも。戦士としての強さも。ユリアン、頼む、コムギに力を貸してくれ。……だって」
ユリアンは疑いの感情を見せなかった。
俺の落とした疾風の靴を拾い、観察を始めた。
それからまたニヒルに笑って、コムギの肩を強く叩いた。
「義賊を気取ったことは一度もねぇ。俺は好きでこの商売をしてんだ」
「えっと……。そういうことにしておく、って言ってるよ……?」
「ちっ……未来を知っている未来の俺の友人か……。やりにきぃな……」
「攻略本さんを信じてくれるんですか……?」
「信じるぜ。そっちの方がずっと面白ぇしよ、それに……」
「それになんだよ、おっさん」
俺がいつもの憎まれ口を叩くと、コムギはやっと安心したようだった。
俺はコムギの護衛なのに、心配させてどうするんだって、反省した。
「海の上で生きていると、もっとぶったまげるようなことが山ほど起きる。……さ、次のお宝を探しに行こうぜ!」
「へぇ……。なぁ……おっさん、海賊って楽しいのか……?」
「まあまあだ」
俺たちは最後のお宝を回収するために入り江へと戻った。
そこで疾風の実を回収し、コムギが旅を始めた理由をあらためて理解した。
コムギの目当てはこういった種だ。
それをかき集めて、パンにして、村人を密かに育てる。
そうすれば信じてもらえなくとも、村を滅ぼそうとする敵を返り討ちにできる。
「コムギ」
「ん、なーに、ホリン?」
俺はコムギに誓った。
これからは一緒にアッシュヒルを守ると。
村で一番歳の近い男として、俺はコムギを守りたい。
コムギを幸せにしたい。
そのためには、まずは力を合わせて破滅の未来を乗り越えなければならなかった。
俺たちはこの日、共にアッシュヒルを守ると誓い合った。