・目覚めるとそこは海賊船だった
翌日、俺はあの男にハメられたことに気付いた。
揺れる海賊船の船倉で、鳥かごのように天井から吊るされる牢に押し込まれ、途方に暮れた。
俺たちを売ったのは、あの熊ネズミ亭の男だ。
あの宿は奴隷商人と繋がっていた。
俺もコムギ同様に捕らえられたと、見張りの海賊に聞いた。
コムギが心配で胸が張り裂けそうだ。
今頃おかしなことをされていないか、想像するだけで気が狂いそうだった。
鳥かご型の牢は、俺が暴れると激しく揺れる。
それが監禁者を消耗させる。
頑丈な鉄の柵は、人間の力ではとても斬れそうになかった。
せめてあそこにまとめられている俺たちの荷物、その中の雷神の剣さえあれば、船を焼いて切り抜けられそうなのに。
そうだ、テレポートだ……!
テレポートを使ってこのモクレンに飛ぼう。
一度脱出して、陸からコムギを助けよう!
そう思い先ほど魔法を使ってみたりもした。
しかし結果は失敗だ。
俺は牢屋ごと船倉から浮き上がり、天井に頭をぶつけて落っこちた。
テレポートの魔法の弱点は、天井だった……。
こうなってはもう手詰まりだ。
今はチャンスをうかがうとしよう。
空が現れた瞬間に、墜落覚悟でもう1度テレポートを使えばいい。
俺はコムギのことばかり考えながら、ただただ脱出の時を待った。
・
「あ、ホリンだ」
「へ、その声は……んなっ、コ、コムギィッ?!」
ところが船倉にコムギの声が響いた。
願望が望んだ幻聴かと思えば、それは本物のコムギだった……。
俺と一緒に騙されて捕まっているはずのコムギが、鳥かごに吊される俺を見上げていた。
どうやって、脱走したんだ、コイツは……?
「声おっきいよ、ホリン。待っててね、すぐ出してあげるから」
「お前、閉じ込められてたんだよな……? どうやって外に出たんだ……?」
「ずばり、パンの力で!」
「……はぁっ?」
コムギが奇妙な物を取り出した。
それは焦げ目の付いたビスケットだった。
コムギはそれを鉄格子に当てると、キコキコと斬り始めた……。
俺は口を開けっぱなしにして、ビスケットが鉄を斬ってゆく光景を目の当たりにした……。
「お前のパン……もうなんでもありだな……」
「しかもいざとなったらこれ、食べられるんだって」
「お、おおっ、鉄格子が、パンで切れた……」
「へへーっ、どうだーっ、参ったか!」
「おう、参ったわ……。心の底からお前には降参だ……」
これでコムギをまた守れる。
ロランさんと爺ちゃん、ソフィアの前にコムギを連れ帰れる。
安堵のあまりに俺は全身の力が抜けてしまった。
「なぁ、コムギ」
「なーにー?」
「フレイムで鉄をあぶってから切ればいいんじゃないか?」
「あんまり熱くするとビスケットが焦げちゃうよ」
コムギが鉄格子を1本抜き取ってくれた。
もう1本抜けば出られる。
後は自分でやると、俺は彼女からビスケット型のナイフを受け取った。
「えっと、次はどうしよう……」
「盗られた装備と荷物ならあそこだ。全部持って強行突破だ!」
「え……。でも、あの海賊さん……いい人……じゃないかもしれないけど、そんなに悪い人じゃないよっ」
「普通の人は、俺たちをこんなところに閉じ込めたりしないっての」
荷物へとコムギは駆けてゆき、その中から自分の棍棒を握った。
竜の鱗も大切そうに首に戻していた。
「よっし、階段見張っててくれっ」
「キャッ、ちょぉっ、いきなり脱ぐなぁっ?!」
牢を脱出すると、俺は着せられたボロ着を脱いだ。
「なんだよ、女みたいな声上げるなよ」
「あたしは女だってばっ! わっ、うっわぁぁーっっ?!!」
下を脱ごうとすると、コムギは階段の見張りに出た。
悪いけど今は急ぎたい。すぐに装備を調えたかった。
「おいクソガキ、あんまり調子乗ってるとブッ殺すぞ。あんまうるさくすると、兄貴が味見する前に、俺が――」
「えいっっ!!」
「フゴォッッ?!!」
コムギが危険だと、半裸で雷神の剣を握ったところだった。
けどコムギもやるようになったもんだ。
物陰から棍棒を振って、海賊を1人片付けてくれた。
「ナイススィングッ、コムギッ」
「ああああ……やっちゃった……ぁぁ……」
「悪者をやっつけたんだから堂々としろよ!」
見るとそいつは、捕まった時に俺の尻を触ってきた変態海賊だった。
俺は雷神の剣、鉄の鎧、鱗の盾を身に付けて、コムギにはバッグを渡した。
「悪い、荷物持ち頼む」
「うん、わかった。あたしも何1つ渡したくない!」
アッシュヒルの女はタフだ。
荷物持ちくらいどうってことない。
コムギは小さな身体で、奪われた物を全部持ってくれた。
「そだ、この船の番、今この人だけだって」
「なら急いでここを出ようぜ! 俺についてこい、コムギ!」
「助けてもらっておいて威勢がいいんだからっ!」
「だったら汚名返上させてくれ!」
俺は船倉から駆け上がり、船の甲板を目指した。
思っていたよりでかい船だ。階段を3つも上がることになった。
「おい、さっきアイツ1人だって言ってなかったか……?」
「わー……タイミング悪いね、あたしたち……」
甲板に飛び出すと、俺たちはちょうど戻ってきた海賊たちと鉢合わせになった。
蛮刀カトラスがやつらの腰から冷たい音と共に抜かれ、俺はコムギを背中でかばった。
「脱走か。おいガキども、俺のかわいいペッティちゃんは無事か?」
「え、誰?」
「おめぇの面倒を見させておいたウスノロだよ、エルフちゃんよぉっ!」
俺は知りたくもない世界を想像してしまった……。
「アイツならコムギに棍棒で顔面ぶん殴られてたぜ!」
「ちょ、バラさないでよぉーっ?!」
「俺のペッティちゃんにっ、なんってことしやがんだこのクソアマァッッ!!」
敵の数はざっと20名。このくらいなら十分にいける。
兵舎での訓練といい、俺はどうやら外の世界ではかなり強いらしかった。
「そうだホリンッ、テレポートで逃げようよ!」
「悪い……。もう今日の分は使っちまったんだ」
「え、いつ!?」
「船の中で……。頭、ぶつけた……」
テレポートは使えないと知ると、背中のコムギが不安そうに俺を見た。
「ビビんなよ、コムギ。今の俺たちなら勝てる!」
「そ、そうかな……?」
海賊船の船長がサーベルを抜くと、ついに海賊たちが動き出した。
「野郎どもっ、ペッティちゃんの仇だ!! ぶち殺せ!!」
「殺してませんってばーっっ!」
海賊どもが奇声を上げて突撃してきた。
俺は前進してそいつらを迎撃した。
「落ちろ、稲妻!!」
集団戦に持ち込まれる前に、そいつらの真ん中に雷を落としてやった。
甲板が燃え上がった。
「卑怯だぞテメェ!! 俺のペッティちゃんを陵辱した上に甲板を……っ、お、お前ら何やってんだっ、早く火を消せーっ!!」
「コムギ、そこのマストにフレイムを撃ってやれよ?」
「え、そんなことしたら、火事になるよ……?」
「火事にしてやるんだよ、そしたらそっちに手一杯になるだろ」
「えっと……。じゃあ……フレイムッ!!」
海賊船のメインマストに、コムギが持久力バッチリの炎魔法フレイムを放った。
「お、おおおおっ、俺の船がああああーっっ?!!」
海賊からすれば、炎魔法使いっていうのは最悪の存在だろうな。
大切な船に火を放たれ、魔法の炎を消そうとバケツリレーが始まった。
「ぶっ殺してやる!!」
「だ、だって、ホリンがやれって言うから……っ」
「かかってこいよ、おっさん!」
「海賊を舐めるな、クソガキ!!」
船長は消火を配下に任せ、俺に一騎打ちを挑んできた。
やつはこちらの攻撃を紙一重でかわし、すかさず反撃を仕込んでくる。
中年臭い見た目の割に強かった。
ヤツと俺は剣と剣を打ち鳴らし、時に回避し、仕切り直した。
「ロランさんほどじゃないな」
「なんだぁ?」
「ロランさんと比べたら、お前なんて犬のうんこだ!」
「誰だよ、そのロランってクソ野郎はよぉっ! 俺は最強だぁぁっっ!!」
そういう狙いはなかったんだが、俺の挑発が活路を開いた。
我を忘れた船長は無謀な身のこなしでこちらに迫り、怒り任せのサーベルを振り下ろした。
身軽な俺は滑り込むように身を落とし、その一撃を鱗の盾で受け流した!
「痺れろっ!!」
「ギャーーッッッ?!!」
後は雷神の剣で雷を落とせばダウンだった。
「船長が……船長がやられた……」
「あのガキ、田舎者臭いけどやたら強いぞ!?」
「か、囲め! 囲んでみんなで叩きのめせ!」
広い場所で戦ったら不利なだけだ。俺はコムギの前に引き返した。
やつらは消化を数人に任せ、俺たちの前に迫った。
しかしその時、彼方より爆音が轟いた。
海の彼方から何かが飛来し、それが甲板に激突すると、船が激しく揺れることになった。