・危険な西モクレンで宝を探した
港に到着すると、俺たちは海と船に目を奪われた。
海は巨大で、不思議な力で揺れていた。
まるで生きているかのようにうねり、水音を立て、常にその姿を変えていた。
「でけぇな……」
「おっきいね……。それに船って、こんなに大きかったんだね……」
水夫たちがひっきりなしに港を行き交っていた。
港の倉庫から荷物を船に運んだり、逆に陸へと運び出していたりした。
そして船だ。船はゲルタのおばちゃんの酒場宿よりも大きかった……。
大型船のために海にせり出した陸地が作られ、船と陸地を木板が繋いでいた。
それを見ていると本当に、この果てしない湖の彼方に別の世界があるんだって実感がわいた。
「なあ、あっち側にも町があるんだな……?」
「あ、うん。あっち側もモクレンだって」
それともう1つ不思議なものがあった。
東側の海はこんなに発展しているのに、西側の海は断崖にふさがれて港がない。
「えっとね、攻略本さんが言うにはね、あっちは西モクレンって言うんだって。凄く治安が悪いから近付かない方がいいって言ってる……」
コムギはその透明の本を攻略本と言っている。
攻略本さんと、まるで人を呼ぶように言うこともあった。
俺はまたコムギが心配になった……。
本が語りかけてくるだなんて、よっぽど精神的に参っているんではないかと疑った。
「えっとそれとね。『河川沿いの道を進むといい。その先に西モクレンに通じる大橋がある。それを渡ればあちら側だ』って攻略本さんが言ってるよ」
いや、だけど変だ。
コムギの今の言葉は、地理に精通している者の具体性があった。
「本当にその透明の本が喋ってるのか?」
「そうだよ」
「考えてみたら治安とか、お前が気にする部分じゃないしな……。なら、本当にそうなのか?」
「『認識、できないならば、存在しないのと、同じだ。私のことを気にすることはない』……だって」
「ぜってー、お前の頭から出てくる言葉じゃないな」
俺はホッとしてコムギに笑った。
「その通りだけど酷くないその言い方っ!?」
「悪い。けどお前はパン馬鹿だからなー」
「ホリンだって剣馬鹿じゃない。ホリンはいつも一言余計だよ……」
コムギが健康なら本が喋ったって別にいい。
俺はコムギの話を信じることにした。
納得すると、コムギともう1人の人物である攻略本と共に、傾斜の厳しい裏通りを抜けた。
そこから腐りかけの橋を渡り、西モクレンに渡った。
見た切りでは、西モクレンはそこまで治安が悪そうには見えない。
俺たちは宝探しを初めて、町の花壇で『黒胡椒』を手に入れた。
そこから奥に進んで行くと、平和な住宅街が段々とおかしくなっていった。
「コムギ、俺の後ろを離れるんじゃねーぞ」
「うん、わかった。なんか、なんとなく貧しそうになってきたね……」
「大声で言うんじゃねーよ、そういうこと……っ」
「あ、ごめん」
汚物やゴミが道に転がるようになり、昼間からやることもないのに徘徊しているやつが増えた。
余所者の俺たちは歓迎されていないどころか、コムギの手足に好色な凝視を送るやつまでいた。
「あそこの井戸みたい」
「井戸……? 井戸の中に入るのか?」
「わかんないけど、とにかくやってみるしかないよ!」
住宅街の外れに棄てられた古井戸があった。
「この井戸、枯れてるぞ……?」
使ってみると、井戸の底から水ではなく砂を汲み上げることになった。
「ここで間違いないのか? 他の井戸じゃないのか?」
「ここのはずだけど……。あ、中に入らないとダメだとか……?」
「勘弁しろ……」
「へへへ、下りたら戻れなくなったりして」
俺が諦めて井戸のロープから手を離すと、代わりに手をかけた。
「お、重……っっ!?」
「さっきまで軽かったぞ? ほら……ありゃ、凄ぇ重いな……?」
「引っ張り上げてみようよ、ホリン!」
「おうっ、なんだろうな、この手応え!」
コムギが触れるなり途端に重くなったロープを、俺たちは一緒に引っ張り上げた。
ところが桶の中は空っぽだった。
いや、コムギがそこから何かを両手で持ち上げるような動作をすると、途端に主さが消えて俺はひっくり返っていた。
「ごめん、宝箱が入ってたって言っとけばよかった」
「いいさ、それより中身は……っ!?」
「中身はわかってるよ。お金」
コムギが見えない箱を開けると、俺の前に分厚い金貨がザクザクと現れた。
100G金貨が10枚、しめて1000Gがそこにあった!
「は、早く隠せよ、それ……っ!」
「じゃあホリンがバッグ持って。これ凄く重いよ」
言われなくともそうする。
金貨をバッグに詰め込むと、俺は辺りを見回してため息を吐いた。
「さあ、後は『B.疾風の靴』『D.鉄壁の種』『E.迅速の実』だけだよ。がんばろー、ホリン!」
俺たちはまた歩いた。
さっきのスラム街を抜けると、辺りは農村地帯に変わっていった。
コムギは草ボーボーの休耕地の中に入ってゆき、そこから『鉄壁の種』を回収していた。
「これでまた鉄壁のメロンパンが作れるね」
「やったぜ! けど、爺ちゃんにはもう食わせるなよ……」
「なんで?」
「これ以上あのジジィを強くしてどうすんだよ……っ」
「それはホリンの都合でしょ」
「家族として、あれ以上元気になられたら困るんだって……っ!」
元気になってくれたのは、やっぱすげぇ嬉しいけどさ……。
けど今の爺ちゃんは、あまりに元気過ぎる……。
「残りはあと2つだっけか。問題なく全部今日中に集められそうだな……」
「そうだね、終わったら町で遊ぼうよ」
「当然だろ。で、残りはどこにあるんだ?」
「うん、えっとね……。あ、海賊の根城だって」
は……? 海、賊……?
コムギは海賊の危険性をちっとも理解していないどころか、俺の動揺をおかしそうに笑っていた。
「メダカごっこ?」
「コムギ……残りのアイテムは、諦めようぜ……」
「え、なんで?」
「なんでもクソもねーよっ!? 海賊の根城に、どうやって入るってんだよっ!?」
「さっきのユリアンさんに頼むとか」
ユリアン……?
なんでそこで、ユリアンの名前が出てくるんだ……?
いや、だが、海賊か……。
「アイツが、海賊……?」
「うん、あの人は海賊ユリアン。あの人に海賊の根城の見学、お願いできないかな……?」
「いや、仮にアイツが海賊だとして……」
「うん?」
「どこのバカ海賊が自分の根城の見学を許可するってんだよっっ?!」
「ダメかなぁ……? ユリアンさんなら『いいぜ、お嬢ちゃん!』って言ってくれそうだけど」
ああ、町の連中が震え上がっていたのは、アイツが海賊だったからか……。
だが海賊……海賊の根城にコムギを連れて行くわけにはいかない。
「頼む、コムギ……引き返そう……」
「ええ~、でもユリアンさんって、悪い人じゃないんだよ……?」
「だったらなんで俺たちの旅に乱入したんだよっ!?」
「街道を2人で行くあたしたちを、心配してくれたのかも」
たぶん、そうなのかもな……。
コムギもそう思ってるなら、そうなんだろう……。
「だけど素性がわかんねーだろ……」
「それがね、攻略本に載ってたの。あの人、元貴族なんだって」
「貴族が、なんで海賊やってんだよ……?」
「さあ……?」
元貴族だから、あんなド派手な馬車に乗ってたのか……?
そういやあの道、王都の方にも繋がっていた。
だが、なんで元貴族の海賊が、今さらそんな馬車に乗る……。
「俺は反対だ。宿に帰るぞ、コムギ」
「まあ、しょうがないっか……。どこに行けばユリアンさんにまた会えるかもわかんないし」
コムギの手首を握って諦めるように促した。
状況が状況なのでつい荒っぽくなってしまった。
「俺はお前を守らなきゃいけないんだ、リスクは取りたくない。諦めよう」
ありがたいことにコムギはわかってくれた。
コムギは俺の手から逃れると、肩を並べて道を引き返した。
「そんな顔することないだろ。十分な成果だ」
「うん、そうだね、ホリン」
コムギはまだ残りの宝を内心は欲しがっていた。
なんで無欲なコムギが、ここまでして『疾風の靴』『迅速の実』を欲しがるのか、どうもおかしいような気がした。




