・隠しアイテム・鱗の盾を手に入れた!
コムギと宝探しに行くから昼は風車を離れる。
そうロランさんに伝えたら、いつにも増してやさしい声で笑われた。
ロランさんもコムギのことを気にかけてる。
というか17歳の女の子がたった1人でパン屋を経営しているのだから、誰だって気になって当然だった。
俺は午前のうちに風車の仕事に切りを付けて、昼前にコムギのパン屋を訪れた。
「アイツ……全然わかってねぇ……」
あれだけ言ったのに、コムギのやつは店を開けっ放しにして外出していた。
仕方がないので俺は手の焼ける妹分の代わりに、店に並んでいたパンを梱包して村の直売所に運んでやった。
コムギのやつは近くの湖で水浴びをしていたみたいだ。
店に戻って少し待つと、髪を湿らせたコムギが帰ってきた。
「よう、パンならもう直売所に送っておいたぜ」
「えっ、あっ、ホントだ!?」
こうやって素直に喜んでくれるところが好きだ。
コムギは歪みや裏表がなくて信頼できる。コイツには悪意ってやつがない。
さあ出発しようってなった。
「……おい、鍵をしろ、鍵を」
「鍵……? ああ、鍵……鍵かぁ……鍵は行方不明」
「お前な……」
繰り返すが、こいつには悪意がない。
そんなコムギは、人の悪意を理解できないという欠点を持っていた。
「町のやつらがきている間は不用心なことはするな。ほら、宝探しの前に鍵探しだ」
「えー、別に大丈夫だよ~?」
「この前だって町の連中がきたときに物が消えただろっ。商売道具盗まれたら、どうすんだよっ」
一緒に家の鍵を探してやった。
鍵は店のカウンターの下に落ちていた。
外からきた商人がこれを拾って、夜に忍び込んできたら大変だ。
ますます俺はコムギのことが心配になった……。
「それ、なんだ?」
「あ、これ? 攻略本さん」
出発しようとすると、コムギは皮のブックカバーを手に取った。
コムギはただのカバーに、変な名前を付けていた……。
「それ、お前のお母さんが使ってたやつか……?」
「うん! あのね、ホリンには見えないけど、ここには世界の秘密が描かれた攻略本ってやつがあるのっ」
コムギのお母さんはもういない。
2人で切り盛りしていたのに、今は1人でがんばっている。
心配だ……。
「お前……大丈夫か……? やっぱ、働き過ぎなんじゃ……」
「本当だってばっ! ほらっ!」
「お、おいっ、何人の手触って――な、なんだこりゃっ?!」
コムギに手首をつかまれて驚いた。
彼女の指は、毎日パンを捏ねているのにすべやかで細かった。
「どう、信じる?」
俺はブックカバーの中の、目に見えない何かを触らされた。
目には見えないのに、ツルツルとした奇妙な感触の本がそこにあった……。
「おお……見えないのに、確かにある……。な、なんなんだよこれ……っ!?」
「えっとそれは……。なんか、説明しにくい……」
コムギのやつは説明に迷い、やわらかな唇に手を立ててうつむいた。
だがまともな答えは返ってこなかった。
「じゃ、宝探しに出発!! ほら、行くよホリンッ!」
「お、おい……っ、勝手に人の手を――なんか、ガキっぽいだろこういうの……っ!?」
また手を握られた。
女の子らしいやわらかでみずみずしい手のひらに引っ張られて、俺は店の外に連れ出された。
2つ下の妹分の手は、子供の頃は小さかったのにもう大人のものになっていた。
「村を守りたいからもっと訓練したいって、そうお父さんに素直に言ったら?」
宝探しに出かけたのに、コムギは急にロランさんとの訓練の話を振ってきた。
「言ったよ。けど気にし過ぎだって言われた……」
けど俺はロランさんとの訓練はムダじゃないと信じている。
俺たちの村はいつまで平和でいられるかわからない。
ロランさんからも、過酷な外の世界の話を沢山聞かされた。
俺はもっと強くならなきゃいけない。
「そう思うのもしょうがないよ、この村って平和だもん」
だけどそれはそれとして、いつまでコイツは俺と手を繋いでいるつもりなんだ……?
「…………え? あ、ああっ、そうだなっ」
何を考えたのか、コムギのやつは自分が繋いだ手を確かめるようにもう一度握り締めた。
コムギのやつはお子様だ……。
だからこれはアプローチとか、そういうやつではないことくらいわかっているんだが、彼女の手は離したくなくなるほどにやわらかかった……。
「あっ、ここ。この辺りに『鱗の盾』って物が隠されてるみたい」
「鱗の盾っ!?」
ところが浮ついた気分が途端に吹っ飛んだ。
俺が欲しくてたまらない防具が、ここにあるんだってコムギのやつが言い出した。
「それっ、隣町の防具屋で180Gで売ってるやつだろっ!?」
「え、あ、うん……。この攻略本さんには、鱗の盾って書いてあるけど……なんでそんなに値段に詳しいの?」
「欲しかったからに決まってんだろっ! どこだ、どこにあるんだっ!?」
俺はコムギの手をふりほどいて鱗の盾を探した。
あの不思議なバターロールのこともある。
もしかしたら本当に、あの目に見えない本に宝の在処が載っているのかもしれない。
「ホリンが勇者のはずないよ。ロランさんの方がずっと勇者様っぽいもん」
コムギのやつ、1人で本と喋ってやがる。
ロランさんの方が勇者らしいとか、そんなの当たり前のことだろうに。
「おい、ないぞ……?」
「ふっふっふ~、じゃああたしが探してみるね!」
茂みの辺りでコムギが下を向いた。
何か見つけたのかと寄ってみると、やっぱり何もない。
いや、違う。
突然何もないところから、竜の鱗が張り巡らされた木盾が現れた!
「ほ……本物だっっ、本物の鱗の盾が現れたっっ!?」
「偽物のわけないでしょ」
「すげぇ……。いいなぁ、超カッコイイなぁ……。これ、竜の鱗なんだぜっ!」
「ふーん……」
俺は考えた。
ロランさんとの訓練や、風車や車輪の修理をするときよりも真剣に、どうやってコムギから憧れの盾を貰おうか考えた。
欲しい、欲しい、欲しい、絶対欲しい……。
だが、どうやって譲ってもらう……?
「これ、売ったらいくらくらいになるの?」
「買うっ!! それ、売ってくれっ!!」
「いくらで?」
「ろ、63G……俺の全財産で頼む、コムギッ!! 町の連中に売るくらいなら、俺に売ってくれよっ!!」
少な……っ。
って顔をされたような気がした……。
「新品みたいに見えるけど、180Gが63Gかぁ……」
「足りない分はなんでもするよっ! 頼むよ、コムギ……ッ!」
俺はコムギに拝み込んだ。
どうしても俺はそのカッコイイ盾を手に入れて、この村を守る力にしたかった!
「ぷ、ぷぷ……。あははははっ!!」
「なっ……な、なんだよ、なんでいきなり笑い出すんだよ……っ?」
「じゃっ、これホリンにあげるっ! 実は最初からあげるつもりだったのっ!」
「ぉ、ぉぉ……」
そうだった。コイツはこういうやつだった。
コムギは俺の目の前に飛び寄ってきて、明るい笑顔で盾をこちらの胸に押し付けた。
嬉しかった!
最高のプレゼントだった!
「そうならそうと先に言えよーっっ?!」
「だってあたしパン屋だもん。そんな戦いのための道具なんて使えないよ」
「おお……カッコイイ……。今ならドラゴンの攻撃も余裕で防げそうな気分だ!」
村を守りたいって俺の願いを、コムギが後押ししてくれたかのようだった。
俺、明日からもっと訓練をがんばろう……。
「他にはどんなお宝があるんだ?」
「やくそう、ってやつとか。食べたらすぐに傷が治るみたい」
「それも欲しいな、常備しておきたい!」
「あと、棍棒」
「棍棒!? 俺の使ってる木刀より強いやつだ!」
「それと、ヤギの糞」
「糞? それはいらない」
「だよね。それとね、お金と、鉄壁の実と、雷神の剣がこの村に隠されてるみたい」
けど俺の喜びは、新しい衝撃に吹き飛ばされた。
『雷神の剣』と、今コムギのやつが言ったような気がするけど……聞き違い、か……?
「今……なんて、言ったんだ……?」
「雷神の剣っ! この村には、雷神の剣が隠されてるよっ!」
「あの雷神の剣かっ!? 雷の魔法まで使えるようになるあの雷神の剣が、なんでこんなド田舎にあるんだよっ!?」
「え、えっと……。それは……」
問いの答えは返ってこなかった。
とにかく目には見えないその本に載っているんだって、状況から理解するしかなかった。