・赤い鷹と出会った
「あれっ、見てホリン! 立派な馬車!」
「うわっ、なんだありゃ……成金趣味だなぁ……」
4頭立ての赤塗りの馬車を見た。
誰がどう見てもそれは貴族様の物で、俺たちと同じモクレン方面にゆっくりと進んでいた。
「ちょっとホリン、聞かれたらどうするのよ……?」
「悪い、つい口に出てたわ。あれ、たぶん貴族様の馬車だ、迂回して進もうぜ」
「え、なんで?」
「なんでって、貴族にからまれたら面倒だろ」
「貴族様があたしたちに興味なんて持つわけないよ」
コムギは俺の警告を無視して、馬車のすぐ後ろを追い始めた。
俺は焦った。馬車の主に、コムギを見せるわけにはいかなかった。
「待てってっ、お前はエルフだろ……っ」
「だから?」
「もし貴族に見初められたらどうするんだよ……っっ」
「ないない!」
「あるからこっちは心配してるんだよっ!」
中の貴族が変態野郎だったら、コムギを略奪しようとするかもしれない。
権力を使って、アッシュヒルからコムギを奪い取ろうとするかもしれない。
コムギは、自分がどれだけ可憐なのか全く理解していない!
後ろの俺に楽しそうに笑うと、好奇心そのままに貴族の馬車に併走した!
中を、中をのぞくな馬鹿……!
「んんー……よく見えない……。あ……」
すぐに俺はコムギと併走して背中を押した。
「すんませんっ、おい行くぞっ、コムギ……ッ」
向こうに頭を下げて、コムギを押したまま馬車を追い抜いた。
馬車が速度を上げる様子はなかった。
俺たちに興味ないのだとわかると、安堵のため息が胸の奥から吹き出した。
「中の貴族がスケベ貴族だったらどうするつもりだったんだよっ!?」
「ううん、中の人、貴族じゃなかった」
え、貴族じゃなかった……?
あんなに華美な馬車に乗りたがるやつなんて、貴族様くらいのもんだろ……?
「なんでわかるんだよ……?」
「顔に刀傷があった。あと、服装? お金持ちそうだけど、貴族様みたいな格好じゃなかったよ?」
「……言われてみれば、なんかメチャクチャ目つきの悪いやつだったかもな……?」
「あの人、何者だろ……?」
馬車の中の男は確か赤毛だった。
艶のある皮のロングコートを着ていたような気がする。
目つきはまるで鷹のように鋭かった。
そんなやつがなんで、貴族趣味の馬車に乗っている……?
何かヤバい予感がして、俺はコムギの背中を押してペースを早めた。
コムギはじゃれていると勘違いしたのか、楽しそうに笑っていた。
こうして赤い街道を駆けて十分な距離を取ると、俺たちは監視所という名の軍施設で足を止めた。
「ほ~~、あんな山奥に村があったのか~」
「うん、アッシュヒルっていうの。大きな風車と湖、それと花畑が自慢なの!」
「おい、恥ずかしいからあたしの村自慢はその辺にしろ……」
屋台を開く商人がいたからだ。
軍人が多かったが旅人もちらほらおり、ちょうどいい休憩所になっていた。
「おじさんはこの先のモクレンの生まれだよ。近くの村で材料を仕入れて、ここで商売をしているんだ」
コムギはアップルを、俺はオレンジジュースを注文した。
即席のベンチに腰掛けて飲むオレンジジュースは、五臓六腑にしみた。
事実上のヒモであるという現実には、この先のこともあるので目をそむけた。
俺が貧乏なんじゃない。
コムギが金持ちなんだ……。
「海? 海ならもう見えているよ。ほら、あそこにある青いのが海だ」
店のおっさんは話が好きな人だった。
モクレンと海について聞くと、東の彼方を指さした。
地平の彼方で何かが白く光っている。
それが海だと彼が言う。
「なんか、大きくない……?」
「ま、まさか……あれ全部……あれ全部が海なのか、おっさん……っ!?」
「君ら純朴だねぇ……。ほら、これはサービスだ」
おっさんはリンゴの絞りカスをコムギにくれた。
コムギはそれを口にして、子供みたいに美味しいと喜んだ。
「ところで……新婚旅行かい?」
「ブッッ……?!」
「かわいいお嫁さんでおじさん羨ましいよ。うちのかみさんなんてもう、オークだよ、オーク」
「た、大変そうっスね……」
コムギのやつは訂正しようとしなかった。
そんなコムギともし目が合ったら、気まずいどころじゃない。
誤解されたままでいいそうなので、俺も否定の言葉を喉から引っ込めた。
「店主、水をくれ」
「へい毎度! ひっ、ひぇ……っ?!」
しかしその時、新しい客が店やってきた。
ソイツを見るなりおっさんの顔が恐怖に引き吊るのを見た。
一体何者だろうと顔を上げれば、俺たちの隣にあの赤毛の男が立っていた。
「よう、奇遇だな」
「あれ、お兄さんさっきの馬車の人ですよね……? 馬車はどうしたんですか……?」
あらためて見ると、本当に鷹のように鋭い目をしていた。
その男が隣のベンチにドッカリと腰掛けると、警戒心が俺に冷や汗をかかせた。
コムギのやつは天真爛漫に相手に笑ってやがる……。
「降りた」
「なんで降りたんだよ。馬のが楽だろ、おっさん」
「ちょっとホリンッ、初対面の人に失礼な言い方しないでよっ」
俺がおっさん扱いすると、ソイツはニヒルに口元を歪ませた。
短気ではないようだった。
「随分と楽しそうにしている若者を2人見かけてな、馬車でおとなしくしているのが面倒になったんだよ、若造」
「だからなんだよ、俺たちに構わないで先に行けよ、俺たちは忙しいんだ」
「ふん……ホリンといったか。なぜ俺が、貴様の指図を受けなきゃならん」
俺とソイツはコムギをはさんで睨み合った。
鋭い目でヤツの不敵な笑みを跳ね返し、あっちに行けと威圧した。
俺はコムギを守る義務がある。
村で最も歳の近い男として、ロランさんの弟子としてコムギを守らなきゃならない。
「何やってるの、ホリン! 失礼だよ、そういうのっ!」
「だって見るからに怪しいだろ、こんなのっ!」
「失礼なガキだ。おい、テメェら、どこからきた?」
貴族の馬車に乗ってたくせに荒っぽい喋り方をするやつだ。
おっさん扱いや不審者扱いする俺に怒っているようには見えなかったが、どっちにしろ粗暴なやつだ。
そんなやつに誰が出身を――
「アッシュヒル!」
ちょぉっっ?!!
「答えるなってのっ?! 外の人間をもっと警戒しろって、あれだけ出発前に言っただろがよぉっ!?」
「よく吠える番犬を飼ってるな。それで、行き先は?」
「噛みつくぞ、この赤毛野郎!!」
「モクレン! ホリンが失礼でごめんね、お兄さん!」
俺の言葉にもう少し怒ってもいいだろうに、ソイツはニヒルにこちらを笑い返してきた。
好かれる行動なんて1つも取っていないのに、なぜか好意が混じった笑い方をされた。
なんだ、この男……?
「ユ、ユユユッ、ユリアン様……ッッ、お、お水をお持ちしました……っっ」
「おう、そこ置いとけ」
店のおっさんは震え上がっていた。
赤毛のユリアンは金を店主に爪弾いて、出された水を一気飲みにした。
コイツ、金はしっかりと払うんだな……。
「おい、おっさん何者だよ……?」
「礼儀のなってねぇ若造だ。おまけに恐れ知らずとくる……」
「だからなんだってんだよ、俺たちに構うな」
いくら俺が睨んでも、ユリアンはかえって喜ぶばかりだった。
こっちはコムギに見せたくない顔をしてるのに、こちらに笑い返してくる始末だ。
「いい根性だ。お前みたいな跳ね返り、俺ぁ好きだぜ」
「すみません、ユリアンさん……。ホリン、ユリアンさんは悪い人じゃないと思うよー?」
「いやどう見たって怪しいだろっ!? 店のおっさんだって震え上がってこっち戻ってこねーし!」
「テメェら、港町までマラソンすんだろ? 俺も付き合わせてくれ」
「はぁ!? お前1人で行けよっ!?」
「頼むよ、1人旅は心細いだろ」
「乗ってきた馬車に御者がいるだろ……!」
「帰らせた。諦めて俺に付き合え、若造」
コイツの狙いはなんだ……?
こんなことをして、なんの意味がある……?
いや、だが……。
「おいおっさん、俺たちをただの田舎者だと思うなよ……? 俺たちについてこれると思ったら、大間違いだからな!」
俺はオレンジジュースとコムギ手作りのサンドイッチを腹におさめると、コムギの手を引いて立ち上がった。
俺とコムギの体力で、コイツを振り切ってやればいい!
「よっしゃ、行くとしようぜ」
「余裕こいてられるのも今のうちだぜ! いくぞ、コムギ!」
「あ、うん……」
コムギの手を引いてモクレンの町へと走り出した。
ユリアンのやつ、今のところはぴったりと俺たちの後ろに張り付いている。
「どうしたんだよ、コムギ? 不満か?」
「ううん、そういうわけじゃないけど……」
何か気になることでもあるのか、コムギは後ろのユリアンに流し目を送った。
「アイツ怪しいぞっ、目付きも悪いしガラも悪いっ! アイツには関わっちゃダメだ!」
「え、悪い人には見えないけど……?」
「店の人震えてただろっ、どう見たって悪党に対する反応だってのっ!!」
「うーん……そうなのかなぁ……?」
「そうなんだよっ!」
もしアイツが善人だったら、俺のやっていることはダサいことなんだろう。
だがそれでもかまわない。
俺はコムギを守りたい!
危険は少しでも遠ざける!
「ふふ……ま、いっか」
俺とコムギはさらにペースを上げた。




