・新しい旅の始まり、コムギと一緒に翔んだ!
「いいかい、ヨブの孫や。口を酸っぱくして言うが、テレポートの魔法は1日1回までにするんだよ……?」
「何度も言われなくてもわかってるよ、婆ちゃん」
長い修行の日々が終わり、ついに新しい冒険の日がやってきた。
俺たちは必要な荷物をそろえ、魔女の塔の頂上に集まった。
魔女の婆ちゃんに、ソフィア、ロランさんが見送りにきてくれていた。
「ホリン、アルクエイビス様に失礼ですよ」
「ヒェヒェヒェ……ヨブの孫に礼儀なんて期待しちゃいないさ」
「でも、何で1日1回までなの?」
それはテレポートの魔法の話だ。
「それがさ、俺の場合、MPってやつが足りないんだってよ。だから1日に2回使うと――」
「ヒェヒェヒェ、墜落したいなら、連発してみるといいさ……」
俺の魔力じゃ、2回目からは墜落の危険が跳ね上がると教わった。
「つまり……向こうで必ず一泊しないといけないってこと……?」
「は、はわぁ……っ!? それは大変……。が、がんばってきて下さいねっ、コムギおねえちゃんっ!」
俺とコムギは顔を合わせて様子をうかがい合った。
ブラッカでの夜は大変だった。
そりゃあれはあれで楽しかったけど、次はどうなるかわからない。
俺は視線をそらし、村はずれの花畑を見た。
「ホリンなら大丈夫でしょう。私は信じていますよ、ホリン」
「ちょっと、なんなんですかっ、その無言の圧力はっ!?」
ロランさんに肩をガシリとつかまれた。
普段あれだけやさしいロランさんの表情が、いつになく硬い……。
俺がコムギに手を出すと思われてるなら、心外だ……。
出せるわけないだろ、ロランさん……。
「じゃ、いこっかホリン! えっと、2人ともお店……大変になったら直売所任せでいいからね……?」
「お師匠様がいいって言ってるです。ソフィーとロラン様に任せておくでしゅよー?」
「お気遣いなく。どうせ私は暇人ですからね」
ロランさんとソフィアがパンを捏ねる姿を想像した。
それはありかもしれない。
やさしいロランさんに、ソフィアが甘える姿が頭に浮かんだ。
「さ、修行の成果をロランとガールフレンドに見せてやりな……」
「がんばるですよーっ、ホリンおにいちゃん! 一緒にお師匠様のドロドロを飲まされたあの日々を、思い出すのでしゅよーっ!」
あれはもう二度と飲みたくない……。
材料を尋ねたら、知らない方が幸せだと言われた。
「ヨブの孫、コムギの腰を抱いて、手を繋ぎな」
「えっ、えええーっっ?!」
言われてコムギが大声で驚いた。
「ファイトですよーっ、おにいちゃんっおねえちゃんっ!」
けどコムギを落っことすよりずっといい。
俺は羞恥心を捨て、コムギの腰に手を回した。
ち、近い……。
やっておいてなんだが、これは……っ。
「いくぞ、コムギ」
「う、うん……お、お願いします……」
「最初はちょっとビビるけど、慣れるとスゲェ速さで楽しいぜ。それにな――」
「うん、それに……?」
「マジであっという間に着くから、景色だけ楽しめばいい! じゃ、いってきます!」
「あ、いってきま――」
俺はテレポートの魔法を使った!
すると青い光が俺たちを包み込み、天高く飛翔させた!
俺たちは魔女の塔の上空に少しの間だけ滞空し、流星となってブラッカの町へと飛んだ。
「ひ、ひぇ……っ」
「大丈夫だ、俺を信じろ!」
「わ……わわわわぁぁ……っっ?!!」
コムギが胸にしがみついてきた。
想定はしていたとはいえ、それだけで心臓が暴れた。
意地が悪いかもしれないが、悲鳴を上げるコムギがかわいかった。
俺たちは雷光のような速さで、緑あふれる山から赤い街道の走る平野へと落っこちた。
遠くブラッカの町が見えたかと思えば、俺たちはその目前に着陸していた。
そこがブラッカの町の正門前だった。
「大丈夫か、どっか座るか?」
「へ、へいき……。でも、ちょっとだけ、このままでいさせて……」
「お、おう……。俺も最初はビビッたし、ソフィーのやつも腰抜かしてたしな」
防壁の上の兵士さん、また腰を抜かしている。
いきなり飛んできたやつが、いきなり女とベタベタしだしたら、意味わかんないだろうな。
「フィーちゃんを連れて飛んだの……?」
「村の西口までの短距離だけどな。ソフィーよりお前の方がビビってる」
「当然でしょ……落っこちちゃうかと、思ったもの……」
いや、ソフィアよりもコムギの方が根性座ってる。
コムギはすぐに立ち直り、俺の胸から離れた。
「帰りは登りだからそんなに怖くないと思うぜ。……大丈夫か?」
「うんっ、落ち着いてきた! ううんっ、別の意味で落ち着いていられなくなってる! ホリンの魔法って、凄いよっっ!!」
俺たちは防壁のあるブラッカの町に目を向けた。
「でもこの魔法、目立つね……」
「だな……。なんか恥ずかしいし、迂回してくか?」
「ううん、フクロウ亭のお姉さんにおみやげを持ってきたの。寄っていこ!」
「お礼……? 向こうは自分たちの仕事しただけろ……?」
「でもご飯美味しかったし、あのお姉さんにあたしのパンも食べてもらいたいもん!」
あの姉さんにはからかわれまくったけど、明るくて親切な人だった。
また会いたいかって言ったら、会って損はないと思った。
・
「こんにちは、宿屋のお姉さん!」
「あれ……あなたたち、この前の幸せそうなカップルじゃない」
「別にカップルじゃねーし」
フクロウ亭に立ち寄ると、顔を見るなり即行でからかわれた。
だからすぐに否定してやると、コムギの方がなんか不機嫌になった。
「男の子なんてこんなもんだよ。それで、もしかして今日も泊まっていってくれるのっ?」
「ううんっ、そうじゃなくて……これ、あげる!」
「え……わっ、美味しそうなパンじゃない!?」
「悪ぃ、宿屋の姉ちゃん。コイツ、田舎者なんだよ……」
そこがコムギのいいところだけど、普通こんなことされたら驚くよな。
「ホリンもでしょー! この前、凄く楽しかった、だからこれお礼! 食べて!」
けどこの姉さん、やっぱり良い人みたいだ。
コムギの気持ちに明るく笑って、差し出されたバスケットを嬉しそうに受け取った。
「ねぇ彼氏……。この子、メッチャいい子じゃん……」
「いやメッチャお人好しなだけだって……」
「今どきこんな子ないよ! エルフ族って、みんなこんなに性格いいのっ!?」
「人間もエルフもなんも変わんないって。コイツだけ、うちの村でも輪をかけて頭お花畑なだけでよ……」
って返したら、コムギに足下を軽く蹴られた。
宿の姉さんはコムギが作ったバケットにかぶりついて、美味しそうに笑った。
「コムギのパン、美味しい!!」
「やった! わざわざ持ってきてよかったーっ!」
「んんー……でもこんなに美味しい物貰っちゃうと、何かお礼しないと……。2人は何をしにブラッカにきたの?」
「ブラッカには寄っただけっす。俺たちブラッカを抜けてモクレンに行く予定なんだ」
俺たちはモクレンという町に行く。
ロランさんによるとその町は港町だそうで、そこには海と船があるそうだ。
その海の向こうからロランさんは来たと、俺にだけ秘密を教えてくれた。
「モクレン方面に行くの……? あっちはモンスターがたくさん出るから、二人旅は危険だよ……? キャラバン隊の出発を待った方がいいかも。彼、なんだかちょっと頼りなさそうじゃない……?」
ったく、失礼な姉さんだ。
ところがコムギのやつまで一緒になって俺のことを見た。値踏みするような顔で。
「な、なんだよ、その目はよーっ!?」
「ねぇ、彼氏、本当にコムギを守れる? 自信がないなら、知り合いのキャラバンを紹介するよ……?」
本当に俺とコムギの二人旅が危険なら、ロランさんは止めたはずだ。
宿の姉さんが言うように、キャラバンを使うように勧めたはずだ。
俺は弱くない。と思う……。
爺ちゃんとロランさんがけた外れに強いだけ。だと思いたい……。
「心配してくれてありがとう、でも大丈夫! ホリンはこう見えて村の若者で一番強いの!」
「おい、なんか微妙に引っかかる言い方だな……」
そりゃ、あの2人がいる以上、俺はよくて村のナンバー3だけどよ……。
「ちゃんとコムギを守ってね、彼氏!」
「おうよ! ……って、彼氏じゃねーっつのっ!」
「そんなこと言ってると誰かに取られ――あっ、いらっしゃいませー♪」
店の仕事が忙しくなってきたようだ。
俺たちは一声かけてからフクロウ亭を離れて、それから町を歩き、モクレンへと繋がる東門を抜けた。
モクレン。いったいどんな町なんだろう。
尊敬して止まないロランさんは、いったいどこからきたんだろう。
俺たちは世界のことをまだ何も知らなかった。