・コムギと離れ離れで、魔女の塔で修行を始めた
魔女の婆ちゃん、アルクエイビス様のところで修行の日々を過ごした。
塔の頂上で朝から昼まで瞑想をさせられたり、得体の知れないドロドロの煮汁を飲まされたり、魔法の使い方の初歩を叩き込まれた。
まだ9歳の小さな魔法使いソフィアと一緒にだ。
魔女の婆ちゃんは少し不気味なところはあるけど、口が悪いだけで本当は親切な良い人だ。
けれど魔法の師匠となると、それは鬼婆もいいところだった。
「痛……っっ?!」
「お前さん、コムギを空から落っことす気かいっ!? しっかりやりな、ヨブの孫!」
「お、おうっ!」
「言った側から魔力がブレてるよっ! ハーフエルフのくせに、なんだいその体たらくはっ!」
「お、お師匠様、ホリンお兄ちゃんは……ぴぇぇっっ?!」
お、恐ろしい人だ……。
俺はフォローしようとしてくれたソフィアに微笑んでお礼をした。
「まったく……若い頃のヨブに似て、憎たらしい顔さねぇ……!」
魔女の婆ちゃんにしごかれて、俺はロランさんのやさしさを再認識した。
アルクエイビスの婆ちゃんは、飴と鞭の使い分けがとても上手い人でもあった……。
「ヒェヒェヒェ、よくがんばったねぇ。その顔以外は、まあ合格点さ……」
「お疲れさまです、ホリンお兄ちゃん!」
「今日の昼食は、ドングリのホワイトシチューだよぉ」
「わーいっ、お師匠様のシチュー大好きなのです!」
苔とか、ドングリとか、得体の知れない根を食べることにも慣れてきた。
美味いとは思わないけど、どれも一応食えるって感じの味だった。
「えへへー、おにいちゃんがきてからー、おねえちゃんのパンがいっぱい食べられて、ソフィーは幸せなのですよーっ!」
「ヒェヒェヒェ、ヨブのジジィの顔は毎日拝みたいもんじゃないけどねぇ……」
「いつも爺ちゃんがやかましくてすんません」
「ま! ヨボヨボの死にかけだった頃よりはいいさ!」
「ははは、まったくっすね」
爺ちゃんが毎朝、コムギの焼きたてパンを抱えて差し入れにきてくれた。
そのたびにアルクエイビスの婆ちゃんと口ゲンカをするんだから、本当に元気になってくれたもんだった。
家族として、コムギにはもっと感謝しないとな……。
「午後はソフィアを連れて飛んでみな」
「あっあっ、いいですかーっ!? ソフィー、一度空を飛んでみたかったのですよーっ!」
「わかったっす。落っことさないよう気を付けます」
「お、落っことさないで欲しいのですよーっっ?!!」
俺はドングリ入りの変な触感のシチューを食べ終わると、ソフィアと一緒にテスト飛行をした。
いざ飛ぶと、ソフィアは耳が痛くなるほどの金切り声を上げて、恐怖のあまりに俺の胸にしがみついてきた。
コムギに同じことをされたら、俺は驚いてアイツを落っことしてしまうかもしれない。
気を付けようと、半泣きのソフィアをあやしながら反省した。
「ぢ、ぢぬ……ぢぬがどおもだでずよぉぉぉ……!」
「スリルありすぎだよな、この魔法……。ほら、おぶってやるから塔に帰ろう」
「え、えへ、えへへへ……お、お願いしますです……っ♪」
「そうだ、ゲルタのおばちゃんのところに寄ろうぜ。ジュースおごってやるよ」
「い、いいのですかーっ!? ありがとう、おにいちゃん!」
丘の上からコムギのパン屋を見下ろして、立ち寄らずに酒場宿に向かった。
修行が始まってから、コムギとは1度も会っていない。
会ったら気が抜けそうだし、アイツの方も塔に会いにこなかった。
「おねえちゃんに、会わないですかー?」
「いいんだ。アイツもがんばってるって、爺ちゃんから聞いたし……会いたいけどいいんだ」
「わぁぁ……いいですね、いいですねーっ!」
「何がだよ。それよりアップルとオレンジとグレープ、頼むならどれがいい?」
「オレンジジュース!」
「よし、俺がおごってやる!」
俺たちはちょっと寄り道してから魔女の塔に帰った。
魔女の婆ちゃんには、ソフィアを甘やかしたのがバレバレだったみたいだけどな……。