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・風車守は瞬間移動魔法を覚えた

「お、お前っ、見てるなら見てるって言えよっ!?」

「見てる」


 ロランさんが急に木刀をしまうので何かと思ったら、それはバスケットを抱えたコムギのやつだった。


「今言ってもおせーってのっ!」

「おや、それはもしや……。ホリンが食べたがっていた、例のピザパンが入っているのでは?」


「バ、バラさないでくれよーっ、ロランさーんっ!?」


 コムギのやつはいつになくニヤニヤと俺を見ている。

 そんなに俺がピザパンを心待ちにしていたことが、コムギは嬉しかったのだろうか。


 本当に、かわいいを通り越して気持ち悪いくらいに、今日のコムギはニコニコとしていた。


「さすがロランさん! はいっ、差し入れだよっ!」


 そのピザパンは、追加の訓練をした後だとますます美味しそうに見えた。


「これは、本当に美味しそうですね……。お、おお……これは……っ」


 俺とロランさんは受け取るなり、すぐにパンをほおばった。


「うっまっっ?! なんだよこれっ、ブラッカで食べたあのパンなんて目じゃねーだろっ!」

「へへへ……」


 2つの味を食べ比べられるのは俺とコムギしかいない。

 俺があっちのパンより美味いって褒めると、コムギはだらしないゆるゆるの笑顔になった。


「ごちそうさま。こんなに美味しいパンを作る彼女がいるだなんて、ホリンは幸せ者ですね」

「か、彼女じゃないですっっ!!」


 それは言うまでもない単なる事実なんだが、コムギにそんな大声で否定されると少しショックだった。


「何言ってんだよ、ロランさんっ!?」


 それもあってか、つい俺も否定してしまった。

 コムギが悲しそうに目を落としたように見えたけど、きっと俺の思い過ごしだ……。


「不器用な子たちですね……」


 そんな俺たちの姿を、ロランさんは困った様子で眺めていた。


「あ、ところでロランさん、何か変わったこととかありませんか……? たとえば、何かにひらめいたーとか……」

「ひらめき……? おかしなことを聞くものですね……?」


「そ、そうですね、あはは……」

「もしかしてこのピザパンに、何か特別な物が入っているのですか……?」


「な、何も入れてないですっ、何もないならそれで全然っ!」


 と言いながらも、コムギはロランさんのことを観察している。

 ロランさんもコムギがかわいいのか、注目にニコニコと微笑み返していた。


 ロランさんって、コムギを見る目が特にやさしいな……。

 けど不思議とそれに嫉妬とかは感じない。


 コムギが誰かにやさしくされると、俺も嬉しい。

 それが尊敬するロランさんなのだから、もっと嬉しかった。


「ごちそうさま、美味かったぜ。差し入れありがとなっ」

「わっ、もう食べちゃったの……? 2人とも、食べるの早すぎ……」

「はは、美味しかったからついね」


「何よりうちの村のチーズと小麦だと、やっぱ別格だなっ!」

「そこはあたしの腕を褒めてよっ、あたしをっ!」


 そうは言うけどよ、まっすぐに褒めたらお前、調子に乗るだろ。

 ただでさえ働きすぎなんだから、これ以上やる気になられても困る。


 このピザパンだって、いつものパンを作りながら無茶をして作ったに決まってるからな……。


「あ……っ!?」


 ところがそのピザパン、やっぱりただのパンじゃなかった。

 その時、突然に俺の頭の中にひらめきが走り、なぜだかわからないが俺にも魔法が使えるような気がしてきた。


「ひらめきって、こういうことかよ……。あっ、もしかしてこのパン、あのメロンパンと同じやつなのか!?」

「へへへ……うんっ、そうだよ! 名付けて、知恵のピザパンッ!」


 そうか、あの知恵の実を使ったのか!


 そうなるとこのひらめきは本物で、このひらめき通りに力を込めれば、俺は本当に魔法を使えるのかもしれない!


「ロランさんっ、俺、新しい魔法を覚えたみたいです! 見てて下さいっ!」

「魔法……? 君は努力家ですね、私に隠れて魔法の訓練までしていたのですか」


「え、ああ、はいっ、だいたいそんな感じです! じゃ、いきますよ、ロランさん!」


 俺が雷神の剣なしで魔法を使うところを、ロランさんに見てもらいたい。

 俺は白い大岩に向けて、右手を突き出した。


「弾けろっっ!!」


 きっとこれは攻撃魔法だ!


「……ぇっ?」

「ぁ」


 俺は無意識に絶叫を上げていた。

 青白い光が俺を包み込んだかと思ったら、俺は空の上にいた。


 男のくせに情けない大声を上げて、俺は流星そのものとなっていた……。

 おれは、空を飛んでいた……。


 それともあり得ない圧倒的な速度で、まるで落っこちるかのようにブラッカの町の目の前に着陸していた!

 それはほんの一瞬のことで、もはや何がなんだかわからなかった!


「へ……?」


 俺はついさっきまでアッシュヒルの大風車の前にいたのに、ブラッカの防壁の目の前にいた。

 俺を目撃した兵隊が、防壁の上で腰を抜かしていた。


「な、なんだこりゃぁぁーっっ?!!」


 ど、どうしよう……。

 村に1人で戻るのは大変だが、そこはまあ無理でもない。


 問題は、俺の財布には1泊分の金すら入ってないってことだ……。


「これは、長距離移動の魔法、なのか……? す、すげぇ……」


 嬉しくなった!

 剣と修理しか取り得のない俺が、聞いたこともないような凄い魔法を覚えてしまった!


 コムギのあのピザパンの力で!


「……あ。ああ、そうか。さっきの魔法を使って、アッシュヒルに飛べばいいのか?」


 さっきの感覚を思い返して、俺は再び天を翔る蒼き流星となった。



 ・



 風車に飛ぼうとしたのに、なんでか俺はコムギのパン屋の前に着陸していた。

 丘の方からロランさんとコムギが駆けてきている。


「も、戻って、これた……。はぁぁぁ……っ、冷や汗かいた……っ」


 俺は激しい疲労感に膝を付き、そのままうずくまることになった。

 マジで戻ってこれて、よかった……。


 自分のせいで俺が行方不明になったら、コムギが気に病むだろうしな……。


「コムギッ!」

「ホリンッ、大丈夫!?」


 コムギが目の前に飛んできた。

 俺たちは肩を抱き合って無事を喜んだ。


「あ、ああっ! お、俺……さっきまで、ブラッカの町にいた……! なんなんだよ、この魔法!?」

「もう……心配させないでよっ、もぅっ、もーーっっ!!」


 そんな俺たちの姿を、ロランさんが目を細めて見下ろしていた。

 なんか段々、気恥ずかしくなってきた……。


「心配をおかけしました、ロランさん!」

「いや、実際……その術ははなはだしく心配ですね。……修行、しばらく止めにしましょうか」


「え……えっ、えええーっ!?」


 それは困る! 俺はまだ、村を1人で守れる力を手に入れてないのに!

 今見捨てられたら、俺は……。


「そ、そりゃないですよ、ロランさんっ!?」

「……村の東の塔に、魔女アルクエイビス様がおられましたね。私が紹介状を書きます、しばらくあの方の師事を受けなさい」


 だが俺は捨てられたわけではなかった。

 訓練の中断は、期間限定の話だった。

 

「で、でもロランさん……っ」

「その術は失敗すると非常に危険だと聞き及んでいます。特に発動中に術が解けると……」

「とけるとどうなるの?」


「見たわけではありませんが、なんでも――天から地に真っ逆様に落ちるとか」


 俺は背筋が凍った。

 実際にこの魔法の恐怖を2度も体験してみれば、十分起こり得ることだとわかってしまった。


「ホリンッ、魔女さんの修行受けよっ! その魔法でブラッカに連れてもらえるのは嬉しいけど、墜落はちょー嫌っ!」

「へっ? この魔法って、お前も一緒に連れていけるのか……?」

「ええ、そういう術です。実際、知り合いに使い手がいると非常に便利でしてね。……主な用途は、買い物ばかりでしたが」


 俺はコムギを見た。

 コムギの顔は、ワクワクとした明るい顔になっていた。


 コムギは今、俺と同じことを考えている。

 この魔法があれば、ブラッカの町に一瞬で行ける。


 ブラッカの町から続く新しい町に、簡単に行けるってことだ。

 そこでまた宝探しをして、上手くやれば日帰りで帰ってくることすらできる!


 この魔法は、宝探しに欠かせない!


「あたし、ホリンの修行が終わるまでパン屋さんの勉強がんばるね」

「なら、それが終わったら……っ!」


 いちいち説明しなくてもコムギももう気付いていた。

 俺の移動魔法と、コムギの宝探しの力が組み合わされば、もっとレアなアイテムをかき集められるってことに!


「うんっ、一緒に新しい町に行こ! あたし、他の町も見てみたい! もっと外の世界を知りたい!」


 俺は誘いに気持ちが高ぶり、子供みたいに笑っていた。

 コムギも次の旅に乗り気だ。


 大きく目を広げて、俺との新しい旅に期待をしてくれていた。


「へへへ、しょうがねぇな……。お前だけじゃ危なっかしくて町なんて行かせられねーし、特別に付き合ってやるよ」


 マジで1人でなんて行かせられない

 コイツは自分が普段どれだけ無防備なのか、まるで理解していない。


「でもさ、ホリン、外の世界の人たちも、みんな良い人たちだと思うよ?」

「そりゃそうだろ、みんながみんな悪党じゃ――」


「だってフィーちゃんもねっ、商人のお兄さんに飴とビスケットを貰ったって言ってたんだよっ! あとそのお兄さん、頭も撫でてくれたんだって!」


 フィーというのは、魔女の塔で修行を受けている9歳の女の子だ。

 赤毛のかわいい子だ。


 そんな子を飴とビスケットで釣り、頭を撫でた変態男がいるという……。


「お前ら……。ちったぁ人を警戒しろよっっ!? こっちはお前が悪いやつに変なことされるかと思うと、もう気が気じゃねーんだよっっ!!」

「コムギさん、あまり私たちを心配させないで下さい……」


 コムギは俺たちが突然怒り出してビックリしていた。

 俺とロランさんは、ますますコムギが心配になった……。


「いいですか、コムギさん……。貴女はとても魅力的な女性です……。そういった女性は、常に悪い男に狙われるのです……。お願いですから理解をして下さい……」

「そうだぞ。性格はともかくさ、お前一応はかわいいんだから気を付けろよ……」


 褒めてるわけじゃないのに、コムギは嬉しそうに微笑んだ。

 俺はそんなコムギに深いため息を吐いて、つくづくあきれ果てた……。


 ロランさんは俺の肩に手を置いて、無言で『頼みますよ、ホリン』と言ってくれた。

 頼まれなくともわかっていると、俺もロランさんにうなづいた。


 魔女の婆ちゃんのところで修行を受けよう。

 新しい町が俺たちを待っている。

 コムギを連れてブラッカに飛ぶ日が待ち遠しかった。


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