・一晩を共にした
宝探しは順調に進み【体力の種】【小さすぎるメダル】を回収した。
体力の種はきっと俺を、爺ちゃんみたいなスーパーマッチョにしてくれる。
体力の種を使った新作パンに俺は期待した。
【青銅の盾】は、聖堂の裏に隠されていた。
しかもでかくて重くて、なぜか俺には装備できなかった。
俺たちは2人がかりで盾を抱えて、一度宿に戻ることになっていた。
「わぁーっ、何それでっかーいっ! 買ったのっ!?」
「ううん、落ちてたのっ!」
「あはははっ、面白い彼女だね、彼氏!」
「だから彼氏じゃねーって、言ってるじゃないっすか……」
宿屋の姉さんにまたからかわれることになった。
俺たちは荷物を部屋に運び込み、たった1つのベッドから逃げるように宿を離れた。
最後の隠しアイテム【鉄の鎧】は、ブラッカの東門を抜けた先の共同墓地にある。
その頃にはもう夕日が西の空に浮かんでいて、それが山の彼方に消えようとしていた。
ブラッカの町は、アッシュヒルよりも日没が早かった。
俺たちは墓地の外れにある名前の削れた墓の前に立つと、白い光が鉄の鎧になるのを見た。
鉄の鎧は急所を重点的に守る軽鎧だ。
これなら俺にも装備できそうに見えた。
「コムギッ!」
「え、何……?」
「お前……えっと、お前っ、今日なんだか……超綺麗じゃないかっ!?」
「はい……?」
しかしこれは、1800Gの価値を持つ宝でもある……。
売れば2年くらいは遊んで暮らせるくらいの、とんでもない価値がある……。
「それにパンも美味いしっ、大変なのに毎日がんばってて偉いなっ!」
「ありがと」
「お、俺も……。俺もそこにある、鉄の鎧みたいな、強い防具があれば……。お前みたいに活躍できるかもしれないな……?」
けどこれは必要だ。
俺がロランさんに近付き、アッシュヒルを守れる男になるために、鉄の鎧は必要だ!
鉄の鎧は勇ましく、夕日に照らされて燃えるように金属光沢を輝かせていた。
ああ、メチャクチャカッコイイ……。
「気に入った?」
「おう……」
「欲しい?」
「欲しい……」
く、くれる、のか……?
だがこれには1800Gの価値がある。
それを人に譲るやつがどこにいる……?
「うーん、どうしよっかな……」
「コムギッ、頼む、この鎧を俺にくれっ!! 俺たちの村を守るには、この鎧が必要なんだっ!!」
俺はコムギの足下にひざまずき、説得のために彼女を見上げた。
売るなんてもったいない。
この鎧があれば、何かの危機のときに村のみんなを守れる。
コムギはそんな俺に明るく笑いかけてくれた。
胸の中で期待が膨らみ、真剣な姿でいなきゃいけないのに、つい笑い返していた。
「あげるっ!」
喜びのあまり俺は飛び上がった!
「本当かよっ?! こ、これっ、1800Gもするんだぞっ!? 売れば、パン屋の建て替えだってできちゃうんだぞっ!?」
「あ、そう言われるとちょっと……ううん、かなり心が揺らぐよ……」
「な、何っ?!」
「でもあげるっ! この鎧で、村のみんなを守ってね、ホリン!」
コムギにとってはなんでもない一言だったのかもしれない。
だが俺はコムギに『村を守って』と依頼されて感動した。
俺とロランさんのやっていることを、コムギは理解してくれるようになっていた。
「もちろんだっ、俺がお前を守るっ! 俺がアッシュヒルとお前を守るよっ!!」
そう大げさに叫ぶと、コムギにも気持ちが伝わったみたいだった。
夕日の中で俺を見つめて、ずっとその後も見つめられた。
もっと強くなろう。
せめてコムギだけでも守れるように強くなろう。
ブラッカにきたばかりなのに、俺はアッシュヒルに戻ってロランさんの訓練を受けたくなっていた。
・
その晩――
宿に戻った俺たちは、店の一階で夕飯を楽しんだそのしばらく後に、自分たちの部屋に戻った。
宿を取って以来、ずっと避けていた問題が俺たちの前に現れた。
眠る時間がやってきた。
どうしよう……。
「やっぱ、俺、床で寝るよ……っ。鎧も貰えたし、一晩くらいなら……っ」
「ううん、身体壊されたら、明日一緒に帰れなくなっちゃうよ?」
「で、でもよ……俺たち一応、年頃だろ……?」
「へーきへーき! ちょうどいい仕切りも手に入ったし、ちいちゃい頃みたいに一緒に寝よっ!」
「ちょうどいい、仕切り……? そんなのあったっけ……?」
「あるよー、忘れたの?」
俺たちの危機を救った救世主は、青銅の盾だった。
俺たちは青銅の盾を天井から吊して、1つのベッドを2つにした。
隣に目を送ると、そこにコムギの無防備な寝顔がある。
小さい頃は一緒に寝るなんてなんでもなかったのに、今はベッドの隣にコムギがいるだけで、つい意識してしまってまるで眠れなかった。
その日は、俺の人生の中でも一二を争うほどに、とても長い夜になった。
コムギの無防備な寝顔を何度も何度も盗み見て、その美しさに我を忘れた。
とても、長い夜だった……。
・
そして翌朝――
「ふふふっ、2人とも昨日はお楽しみだったようですねー!」
俺たちはまたもや酒場の姉さんにからかわれた。
「はいっ、とっても楽しかったです! またホリンと泊まりにきます!」
姉さんはお楽しみの意味を全然理解してないコムギと、寝不足の俺を見て、またおかしそうに笑っていた。
俺たちはブラッカの町での滞在を終えて、トマトや青銅の盾と一緒に故郷アッシュヒルへと帰った。
・
アッシュヒルに戻ったその翌日、俺はいつものように風車の前で訓練を受けた。
隙を見つけては爺ちゃんがそこに加わるようになった点以外は、いつもと何も変わらない。
風が強くなると、風車守の仕事に戻らないといけないところも。
風が凪ぐまで仕事をして、風車が止まると俺は丘の下のパン屋へと下っていった。
今日はコムギのパン屋から、チーズやトマトの香りが漂ってきていた。
俺は期待を込めてコムギのパン屋を訪ねた。
「コムギ? おーい、コムギ!」
コムギは不在だった。
調理場に入ってみると、そこにはあの匂いの正体が並んでいた。
ブラッカで食べたあのピザパンが並んでいた。
つまみ食いしてみたかったけど、コムギを待ってみた。
だがいつまで経っても戻ってこなかった。
「アイツ、どこまで行ったんだ?」
風が凪ぐと、毎回とは言わないけれどロランさんが風車にきてくれる。
俺に剣を教えるために、剣の天才が貴重な割いてくれる。
ロランさんを待たせるわけにはいかない。
俺は盗み食いを我慢して、コムギの店を離れた。
風車の前に戻ると、ロランさんが俺を待ってくれていた。
やさしい笑顔を浮かべて。
「すみません、ロランさん! ちょっとアイツの様子が気になって!」
「ふふ……今日は美味しそうな匂いがしていましたからね」
「ええ、そうなんですけど……。アイツ、美味そうなピザパンをほったらかしにして、外出してるみたいで……」
「待てばそのうちここにきてくれますよ」
「でもアイツお人好しだし、他のやつにもし食べられたら……」
「ふふふふ……。彼女は必ずここにきますよ。さあがんばりましょう、あの風車が再び強く回り出すまで」
言われて俺は木刀を手に取り、剣の天才に向けて身構えた。
どうしてロランさんがここまで俺に時間を割いてくれるのか、俺にはわからない。
きっと未来の剣士として期待されていると信じて、俺はロランさんの技を一心不乱に盗んだ。