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・始まりは1つのバターロール

 全ての始まりは1つのバターロールから始まった。

 2つ年下の幼なじみ、パン屋のコムギが作ったそのバターロールは俺たちの人生を変えた。


「ホリン。ホリンはもっと強くなりたい……?」

「当たり前だろ。こんな時代なんだから、俺が強くならねぇと……」


 俺は風車守のホリン。

 伝説の英雄ホリンの名を与えられた、ただの村人だった。


「じゃあ、これ相談なんだけどさ……。食べたら強くなれるパンがあるって言ったら、ホリンは信じる……?」


 俺はコムギの言葉を最初信じなかった。

 そんなパンあったらいいなって、彼女の言葉を笑った。


 すると俺は彼女のパン屋まで引っ張っていかれた。

 剣の訓練で腫れた右手に、コムギは薬を塗ってくれた。


「さ、食べて! 絶対っ気に入るからっ! 食べて、ホリン!」

「お、おう……。わかったからそう急かすな、食いにくいだろ……」


 バターロールを押しつけられた際、手と手が触れた。

 ガキっぽいコムギにとってはなんでもないことなんだろうけど、こっちは焦った……。


「早く早く! 自信作なんだから早くーっ!」

「だからっ、そういうふうにされると食いにくいって言ってんだろ……っ」


 アッシュヒルには子供が少ない。

 歳の近い村人と言ったらコムギくらいだ。


 そのコムギは青みがかった美しい銀髪と、誰の目から見ても愛らしく映る明るい容姿をしている。

 耳は純血のエルフ族らしく左右に長く伸びていて、パン屋らしくスカーフで髪をまとめている。


 村の外からきた連中は、口々にコムギのことを褒めていた。

 あんなにかわいい女の子は初めて見たって、そう言うやつも珍しくなかった。


「う……美味っっ?! なんだこれっ、お前のパンじゃないみたいだぞっ?!」


 そのバターロールは、本人が自慢するだけあって過去最高に美味かった。

 バターの芳香とほのかな甘みが絶妙で、それに驚くほどにふわふわだった。


 俺は会話も忘れてバターロールを半分も平らげていた。


「もーっ、ホリンって普通に失礼だよっ! それ、今夜のお楽しみだったんだからねっ!」

「じゃあ、半分返す……」


「え……?!」


 そしたらコムギのやつ、なんかしばらく迷った後、でかい口を開けてバターロールを飲み込んだ。


「変なやつ」

「ア、アンタがお子様なの……っっ!」


 その後のコムギは、普段に増しておかしかった。

 突然俺の顔を見て吹き出したと思ったら、ご機嫌の微笑みを浮かべ、それから少しすると今度は眉をしかめて悩み出した。


「あのね、ホリン。信じてもらえないかもしれないけど、実はあたしね……」


 コムギが言うには、そのバターロールは食べだけで人を強くしてくれるそうだ。

 だからもっと強くなりたいなら、仕事を手伝ってほしいと頼まれた。


「そんなパン、本当にあったら最高だな」

「そうだね。でも、もしかすると本当かもよ……?」


 後になってみればその通りだった。

 コムギの作るパンは、なぜだかわからないが本当に俺を強くしてくれていた。



 ・



 1年前、ロランという旅の騎士様がうちの村にやってきた。

 俺の憧れの人だ。


 強く、賢く、気品があって、それに何よりも誰に対しても公平だった。

 だから俺はロランさんにお願いをした。


 孤立する山奥の村アッシュヒルを守るために、俺に剣を教えてくれって。

 ロランさんは俺を褒めてくれた。


 剣の訓練なんてムダだって親は言うけど、ロランさんは必要だって認めてくれた。

 俺のために、日々沢山の時間を割いてくれるようになった。


 そんなロランさんがその日の夕方、訓練を終えると俺に言った。


「ホリン、何かありましたか?」

「え……?」


「昨日、貴方は私に怪我を隠して去りました」

「うっ……バ、バレてたんですかっ!?」


「ええ、これでも貴方の師匠ですので。しかし妙なのです。昨日怪我をしたはずなのに、鈍るどころか動きがよくなりました。そして先ほどの強烈な打ち返しです。合点が行きません」


 落ち着き払った静かな目で、ロランさんは俺の手足を注意深く観察していた。


「まさか……」

「おや、何か身に覚えでも?」


「ロランさんっ、俺っ、今日はもう帰りますっ! 今からコムギのところに行かないと!」

「ふふ……コムギさんと夕方のデートですか?」


「そうじゃないですっ! でも、すっげー大事なことなんで今日はこれでっ! ありがとうございましたっ!」


 いつもロランさんとは、仕事場の大風車の前で訓練をしている。

 俺は大風車のある丘から駆け下りて、コムギがたった1人で経営するパン屋に飛び込んだ。


「コムギッ、いるかっ、コムギッ!!」

「……はぁっ」


 コムギのやつ、いつもの窓辺で昼寝をしてたみたいだ。

 綺麗な顔を二の腕で擦って、迷惑そうに俺を見た。


 眉をしかめていてもコムギは可憐だ。

 村の外からきた連中がかわいいと褒めたくるのも当然だった。


 いや、けど今はそれどころじゃない!


「ロランさん、驚いてたっ! 急に動きがよくなって、打ち返しまで力強くなったってっ!」

「ちょ、ちょっと、落ち着きなよっ、ホリン……!?」


 


 ここにきた目的は、幼なじみの綺麗な顔を眺めるためじゃない。

 俺は残っていた店のパンを、荷物袋に詰め込んだ。


「これ、全部買うっ!」

「それって、あたしの話を信じる気になったってこと……?」


「信じるよっ、お前のパンすっげーよっ!」


 褒めてやると、コムギはメチャクチャ嬉しそうに笑ってイスに座ったまま胸を張った。


「……ふふん。やっと気づいた?」

「ああっ、お前天才だよっ! 俺、お前の焼いたパンしかもう食わねぇ!」


「へへへ……その言葉は素直に嬉しいかなっ! じゃあそれ、もう売れ残りだしタダであげる」

「いいのか……?」


「うん、その代わりに明日手伝ってほしいことがあるの」


 交換条件か。

 俺、あんまり金持ちじゃないし、タダになるのは助かる。


「手伝いか……? 変なことじゃないよな……?」

「そんなことあたしがさせるわけないでしょっ?! ホリンは、あたしのことを、なんだと思ってるのよっ!?」


「じゃあ俺に何をさせるつもりなんだよ……?」


 そう聞くと、コムギのやつはいきなりイスから跳ね上がって両手を腰に当てた。


「ずばりっ、宝探しっ!」

「おおっ!」


 なんかよくわかんないけど、そういうノリは俺も好きだ!

 ガキっぽいけどいいと思う!


「の、荷物持ちをお願い」

「なんだよそれっ?!」


「だって宝の位置は、もうだいたいわかってるんだもん」


 俺はコムギの顔をよく観察した。

 コムギは働き者だ。いや働き者過ぎるところがコイツの大問題だった。


 血色はよさそうだが、昨日からどうもおかしい……。


「……やっぱお前、なんか変だぞ」


 呆れ顔で言ってやったはずなのに、コムギのやつは元気に笑い返してきた。


 それもただの笑顔じゃない。

 ご機嫌もご機嫌もいいところの幸せいっぱいの笑顔だった。


 そんなコムギを見ていたら、こっちまでテンションが上がってきた。

 宝探し、そういう遊びは悪くない!


「よし、明日の朝、また買いにくるよ! 宝探しはその後でいいかっ?」

「うん、パンをお店に並べ終わったら、一緒に宝探しへ出かけようよ!」


 俺たちは宝探しに行く約束をした。

 だけどコムギのやつは、今は村の外から商人がきてるのに、明日も店を閉めずに出かけるつもりだったみたいだ。


「明日だけでもパンは直売所に卸した方がいい。面倒なら俺が話つけておくよ」

「ありがとうホリン、じゃあそれお願いっ!」


 コムギは外の世界を知らない。

 人を疑うことを知らないやつだ。

 そこがコムギの魅力だが、俺には何よりもそこが心配で仕方がなかった。


「あと、無理すんなよ……? 疲れてるなら早く寝ろよ……?」

「うん! ありがとう、ホリン!」


 パンを背負って店を出ると、コムギは窓辺から俺を見送ってくれた。

 コムギは母親を失ってからは、ずっと独りでここで暮らしている。


 うちの爺ちゃんもそうだけど、俺たちは働き者で一人暮らしのコムギが心配だった。


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