白馬の王子様
「イザベラの好きなタイプってどういう人?」
年頃の令嬢たちが集まるお茶会で、特に親しい友人が問いかけてきた。
彼女は伯爵家の一人娘で、家を継いで女伯爵になることが決まっている。
そういった環境が彼女をそうさせるのだろう、友人たちの中でもとびきり大人びていて、しっかり者と評判だ。五人兄姉弟妹の末っ子という私とはまったく正反対なので、心密かに憧れている。
「理想を言えば、身体は大きくて、私をすっぽり抱えられるくらい。瞳はぱっちりしてて、小顔というよりは面長で精悍な顔つきがいいかな。でも見た目のことより何より、優しくて、紳士的で、私のことを大切にしてくれる人! 私が困っていたら、颯爽と助けに来てくれるの!」
憧れている友人の問いかけに、私はいつも以上に饒舌になった。
「なるほど。そういう方って、なんと言えばいいのかしら」
かしましい私に呆れるわけでもなく、言葉選びに悩んで友人は眉を寄せる。
「わかったわ。イザベラの好きなロマンス小説で言うところの、白馬の王子様ということね?」
子どもっぽい私とは違って、ティーカップを置きながら伏せる友人の眼差しには艶がある。
「そう、それなの!」
友人の持つ色香に同性ながらドキッとして、私は慌てて同意した。
そんなやりとりからしばらく経ち、また別のお茶会の帰りのことだった。
「早くしないと、お母さまに叱られてしまうわ」
おしゃべりに夢中になって、いつもよりも帰る時間が遅くなってしまった。季節が冬なせいもあり、辺りはかなり薄暗くなってしまって私は御者を急かした。
「えっ、どうしたのかしら」
急かす私の声が聞こえたはずなのに、何故か私を乗せた馬車が止まった。
私の護衛を兼ねる御者と誰かの声が聞こえる。
初めはひそひそとしていたものが、やがて大きくなってくる。
声は複数あって、どうやら相手は一人ではないらしい。
はしたないと思いながらも、私は馬車の壁に耳をあてて吃驚する。
「私が一番に彼女のことを見初めたんだ、君たちは下がってくれたまえ」
「何が一番だ。一番先にここへたどり着いたのは俺だ。まず俺に、彼女に思いを告げる権利がある」
「僕だってあなたたちになんて負けません。彼女を一番強く想っているのは僕ですっ」
もしかして、もしかしなくても彼女というのは私のことだろうか。
目線を上げると、なんとも言えない表情で侍女が苦笑いをしている。
鏡を見ていないというのに、自分の顔が真っ赤になっていることがわかってしまう。
「お嬢さま、まずは私が話しを聞いて参りますね。こんなところで馬車を停めたままでは、往来の方にご迷惑でしょうから」
そう言って話を聞きに出た侍女が、瞬時に慌てて戻ってきた。
「お嬢さまっ、あの、その・・・お嬢さまは、白馬の王子様にご興味はおありで?」
「ええ。私の理想がそうだと、いつだったかのお茶会でも話題になって――って、あなたも控えていたのだから聞いていたじゃない。それがどうかしたの?」
もしかして、こんな往来で求愛してくるどこぞの王子でも現れたというのだろうか。
「そう、そうですよね。わかりました。では一緒に参りましょう。お三方も、お嬢さまにお話しない限りは帰れないと仰っているので」
いつも冷静で穏やかな彼女が慌てるのは珍しい。けれど外に危険はないようで、促されるまま私は馬車を降りた。
「「「イザベラ嬢!」」」
降りた途端に聞こえた壮麗な三重奏に、私は目を凝らした。
真っ先に目に飛び込んできたのは、薄暗がりにはっきりと映る馬の姿だった。
声の主の愛馬だろうか――いずれの馬もしなやかな体躯で、磨き上げられた白銀の毛並みから品の良さが覗える。しかし、馬の姿からかなり裕福な家柄の主人を容易に想像できるというのに、なぜかその奥に豪奢な馬車の姿はない。しかも、馬たちはハーネスどころか鞍さえ装備していないのだ。もし仮に馬車を牽かず単騎で駆けてきたとすれば、鞍を使わず馬を操るような立派な武人が目の前にいるはずなのだが、そんな目立つ姿がどういう訳か私の視界には映らない。
「それで、どちらにいらっしゃるの?」
私は侍女にこっそりと耳打ちした。
声はすれども、姿は見えぬ。
馬の影に隠れているのだろうか――と思って、侍女は言いにくそうに訂正した。
「お嬢さま、目の前にいらっしゃる方たちです」
「だから、どこに――っ!」
徐々に近づいてくる馬の姿。
すでに日の落ちたこの暗闇で姿がはっきりとわかる――、なぜならそれは白い毛並みの馬だから。
「南の白馬の国の王子のラッセルです」
「北の白馬の国の王子のディックです」
「西の白馬の国の王子のマティスです」
馬がしゃべった。
「イザベラ嬢が白馬の王子をご所望と風の便りに耳にして、馳せ参じた次第です」
一番年嵩と思われる(そうでないと納得できない)南の白馬の王子が、代表して答える。
私はゆっくり考えた。
身体は確かに大きいし、馬だから!
瞳は確かにぱっちりしているし、馬だから!
顔は確かに面長で精悍だけど、馬だから!
私がピンチになったら、颯爽と駆けつけてくれるかもしれないけど、馬だけに!
けど、
私の好きなタイプは、白馬の王子様じゃなくて、白馬に乗った王子様だから!
その後、どうやって何を話してお引き取りいただいたのか、私ははっきり言って覚えていない。
あれからしばらくたった今でも、折々に彼らから便りが届くけれど、そっと文箱の奥にしまっている。
「イザベラ、あなたの好きなタイプって確か、白馬の――」
「人」
「え?」
「人間よ、人間――、私の好きなタイプは、人間!」
人間限定で博愛主義になった私の婚期が遅れたのは言うまでもない。
白馬に乗った王子様、と打つのが面倒になって
白馬の王子様、と打って、
だめじゃん!、と思ってできました。
素直にタイトルを読んだ人には面白くなくて、
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