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三箱目



「じゃあ。またな〜」


今日も子供達のおかげで店は繁盛した。普段なら、そろそろ閉めてもいい頃だろうけどここ1週間はもう少しの間、店を開けている。


「やあ、つむぐ君」

「いらっしゃいませ」

「いつも遅くてすまないね」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ゆうたの様子はどうですか?」

「あぁ、相変わらず塞ぎ込んだままだよ」

「そう、ですか。


あ、でもこれ見たら元気になるんじゃないですかね?」


 引き出しからキラキラした袋を取り出した。


「これ、今日入荷だったんです」

「これは?」

「ゆうたの好きなドグウレンジャーのカードです」

「そうか、ありがとう。いやぁ、、、恥ずかしいな。これをゆうたが好きだったなんて知らなかった。...今まで妻に育児を任せきりだったからな。これからはより一層がんばらないと。そういえば、料理も作るようになったんだよ。味噌汁はなんでか味がしないし、オムライスは破けてボロボロだけどね」


そう言って笑う姿に懐かしさを感じた。


「味噌汁はダシをしっかりとると味噌沢山入れなくても美味くなりますよ、オムライスは、、、練習あるのみですかね!」


ゆうたの母ちゃんが亡くなった。それを知ったのが1週間前のことだった。見慣れないスーツの男の人が駄菓子屋に来た時。お客が子供ばかりのこの店に見慣れない大人の姿は目立っていた。子供の頃に食べていた駄菓子が懐かしくて買いに来る大人もいるから、特別珍しいことではないが、それでもやっぱり大人は目を引く。それも決めきれず棚を彷徨っていたなら尚のことだった。それから話しかけたのがきっかけで、彼がゆうたの父ちゃんだということ、ゆうたの母ちゃんが先日事故で亡くなったこと、塞ぎ込んでいるゆうたに少しでも元気になってほしくて駄菓子を買いに来ていたことを知った。

それから一週間毎日仕事帰りにここに寄っては、駄菓子を買って手土産にしているらしい。


「ありがとう、また来るよ」

「はい」


遠ざかる背中に過去を重ねた。

どうか、ゆうたがあの背中を見失うことがありませんように...


「気になりますか?」

「っうわ!」


背後から急に声をかけられて肩が跳ねた。咄嗟に振り向けば何もおらず、視線をおろせばやしろがすぐ横に来ていた。


「お前、気配消すなよびっくりするだろ!?」

「ふふ、びっくりさせたんです」


いたずらに笑う妖狐を恨めしく睨んで、はぁと息を吐いた。さて、そろそろ片付けるか。


「で、気になります?」

「何がだ?」

「あの親子の事です。ゆうたくんが危うい状態なのを危惧しているんでしょ?」


 図星に作業の手が止まる。けれど、再び手を動かす。俺が心配したってしょうがない。どうしようもできないんだから。


「あの子、憑かれますよ」

「...かもな」


 悲しみに堕ちる人々に妖は夢を魅せる。夢に溺れている間に妖は魂を喰らうのだ。だから、今のゆうたは危うい。いつ憑かれてもおかしくないのだ。もしかすると、もうすでに憑かれている可能性だってある。でも、俺にはどうすることも出来ない。だったら、なにもしないほうがいい。知らなくていい。


「会いにいかないのですか?」

「何しに会いにいくんだよ」

「妖に唆されてないかを知るためです」

「知ってどうすんだよ」

「憑かれていなければそれに越した事はないですが、憑かれているのでしたら祓わなければ」

「...俺は祓い師じゃない」


俺は祓い師にはなれなかった。もうそれには無関係だ。


「あなたは祓い箱です。祓う力があります」

「これは俺の力じゃない」


語気にだんだんと苛立ちが混じっていく。この一週間ずっと胸に溜まり続けたどろどろとした何かが溢れてくるようだった。


「それは、あなたの力ですよ。あるじ様」

「違う。俺は祓い師になれなかったんだ。これは俺の印じゃない。もう無関係なんだよ!」


とうとう声を荒げてしまった。もう、俺には...



「はぁ...まったくまだまだ幼いですねぇ、あるじ様」


やしろのため息に微かに肩が揺れた。なんでかこの感覚に懐かしさがある。最後にこんな気分になったのはいつだったか。



「あなたはなぜ祓い師になりたかったのですか?守りたかったからではないのですか?印が得られなかっただけで、あなたには祓う力があるではないですか。それがなんであろうと救いたいのであれば使わなければ。

己のつまらない矜持などお捨てなさい。あなたには祓う力があるのです」










 その後は頭の中で色々なことがぐるぐる回って曖昧だった。気がつけば片付けを終えて、帰り道を一人で歩いていた。

『まぁ、一人で考える時間も必要ですからねぇ〜』なんていつもの呑気な声に戻ったやしろがどこかへ行ってしまったことは何となく覚えている。


「つまらない矜持かぁ」


 この時期は夕方でもすでに辺りは暗い。そのお陰で人通りも少なく独り言を溢すには丁度良かった。白く冷たい息を吐いて遠くの空を見つめた。微かなオレンジ色が淡く消えていく。

やしろの言葉がずっと頭の中で反芻していた。

 その通りだったから。だって印を結んで祓うのが祓い師じゃないか。俺は印を結べなかった。祓い師の才能が無かったんだ。それなのに父ちゃんがつけた印の力を借りて祓うなんてなんかズルしてるみたいじゃないか。


「やっぱ父ちゃんには俺に才能が無いってはじめから分かってたのかなぁ」


それでも俺があんなに、なりたいなりたいって言ってたからこの印を俺にこっそりつけておいたんだろうか。父ちゃんは術符に印を刻むのもうまかったもんな。


「....あ、れ?」


それにしてもこの印、いつ、つけたんだろう...そもそも、これを俺に刻んだの父ちゃんなのか?

突如として沸いた疑問に足を止めた。


その時、


ん?


薄暗い道の先から、誰かが走ってくる。ジョギングにしては荒々しい足音に眉を顰めた。こんな時間に不釣り合いな足音に体が自然に警戒の意思を強める。

壁際に寄り、街灯の灯りが届かない場所へと身を潜めた。変なやつならこれで通り過ぎるのを待てばいいだけだ。厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。今はそんな余裕ない。まぁ、ただ走っているだけの人かもしれないけど。


 そして、足音が近づきその人物が街灯の明かりに照らされた瞬間、あれ?となんとも間抜けな声がでた。


「ゆうたの父ちゃん?」


突然呼ばれた本人は、躓きそうになりながら脚を止めてキョロキョロ辺りを見回していた。

そこでやっと自分が影に身を潜めていた事を思い出して慌てて明るいとこまで移動した。


「つむぐ君!」


近づいてみれば、ゆうたの父ちゃんは目を見開いて顔を驚きに染めていた。その額にはこの時期には珍しいほどの汗が滲み、店に来てくれた時にはきちんと締められていたネクタイは緩められスーツは着崩れていた。


「どうしたーーー」

「ゆうた見なかったか!?」


肩をがしりと掴まれ問われた質問に理解がおいつかなった。


「ゆうた...?」


ゆうたがなに?


「帰ったらゆうたがいなくなってたんだ。家中どこ探してもいなくて、靴をみたらなかったんだ。玄関の鍵が空いてて、たぶん、外へ、、、。こんなに暗くなって来ているのにひとりで出ていくなんて。


ゆうたにまで何かあったら、俺は.....」


言葉を詰まらせたゆうたの父ちゃんの声は震えていた。


「...ゆ、ゆうたなら大丈夫っすよ!俺も一緒に探すんで」


頭より先に口が動いていた。


『あの子、憑かれますよ』


やしろの言葉が頭を中で警笛のように鳴り響いていた。喉に何が詰まったようにうまく息ができない。探したって何ができる。見つけたって憑かれていたらどうしようもないじゃないか。それでも、探すと言ってしまった以上探すしかない。それに何より心配だった。

だから今は憑かれていないことを祈って、無事を信じて走った。




 ーーーそして、意外にもはやく見つけた場所は駄菓子屋の前だった。外灯に照らされた入り口の前で立っていたゆうたの右手は不自然にも半端な位置まで挙げられていて、まるで隣にいる誰かと手を繋いでいるようだった。


「ゆ、うた?」


あがった息を整え、ゆっくり近づきながら声をかけるけど、少しも反応を示さない。挙げられた右手の斜め上を見て虚な目で嬉しそうに笑っている。


悔しさと後悔と己の無力さに顔がどんどん歪んでいく。


「ゆうた!!ゆうたこんなところで何してるんだ!」


後から追いついたゆうたの父ちゃんが俺を追い越して近づこうとしたのを慌てて止めた。...気配で分かる。ゆうたはもうーーー



「何するんだ、つむぐ君」


ゆうたの父ちゃんの声には苛立ちが混じっていた。でも、今のゆうたに近づけるわけにはいかない。


「ダメです。もう...憑かれてます」

「つかれて、、、?」


戸惑いを孕んだ言葉が途切れ、息を呑む音が聞こえた。父ちゃんの目が見れずに無力な自分の足下を見つめ唇を噛むしかこと出来なかった。

そんな俺の肩を掴んで父ちゃんは必死になって言葉を発していた。


「憑かれたって、妖のことか!?」

「はい」


自分に発せられた声はとても大きなもののはずなのに、膜が張られたみたいに遠くで響いてるようだった。自分が発した返事もうまく声になっているか分からないほどの絶望が俺を包んでいく。けれど、ちゃんと返事は出来ていたらしい。ゆうたの父ちゃんは俺の肩から手を離し一歩二歩とよろけながら後ろへと下がった。

そして、ぎこちなくゆうたの方へと視線を下ろし、呆然と立ち尽くした。


「そ、そうだ。祓ってもらわなければ...祓い師を調べないと」


急いで携帯を取り出して祓い師を調べ始めた。


「...だめです、もう間に合わない」


 

 瞳に自我がない。もう末期だ。魂が喰われすぎて祓うことは出来ないだろう。


「ふざけるな!どうしてそんなことが君に分かる」

「修行してましたから」

「君..祓い師なのか!?じゃあ、どうにか祓ってーー「違います」


あぁ、悔しい


「俺は祓い師になれなかった」


惨めだ


「なっ...だったら口出しするな!君に出来ないだけで本物の祓い師ならきっと祓ってくれるはずだ」


はぁ、何やってんだかな...

なんで俺ここに居るんだろう、もう無関係になったはずだろう。どうしてまだこの世界の近くにいるんだ。どうして何も出来ないままここにいるんだろう。


 いつの間にかゆうたの父ちゃんは居なくなっていた。俺はただ虚を幸せに微笑むゆうたを呆然と眺めることしか出来なかった。







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