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一箱目

よろしくお願いします。





「お前には才能がない」

「この無能が!」

「先代は優秀な祓い師だったのに、息子のお前はなんだ?この役立たず」

「お前は破門だ」

「お前..."お払い箱"だって」




そうして、俺の夢が絶たれた。

叩き出された拍子についた尻がじんじんと痛む。それをズボンの上から摩りながら暗い夜道を一人で歩いた。夜は妖の時間だ。特にこんな人気のない道は奴らが好む。けれど、俺には関係ない。俺は”祓い師"だ。妖が現れても祓えばいい。

...なんて言えたらどんなにかっこよかったか。なんてったって俺は先ほどお払い箱なった祓い師だからな。


「なんだそれ...」


夜空を見上げて一人で呟いた。笑いの混じった自傷の言葉は寒い空気を震わせる。空気が澄んで星が綺麗に瞬いた。

昔誰かが言った。人は死んだら空に昇って星になる話。あの星のどれかが父ちゃんと母ちゃんなんだろうか。だとしたら、こんなところ見られてたまったもんじゃない。恥ずかしすぎるだろ。



...憧れたんだよ。父ちゃんの背中に。俺も誰かを救えるって信じてた。父ちゃんのようになれるって信じて疑わなかった。けれど、現実はそう甘くはなく自分に対する絶望はとどまることを知らなかった。


「もう、いいや」


諦めるしかなかった。

さっき父ちゃんの弟子だった祓い師の寺も叩き出されたところだ。父ちゃんを崇拝していた師匠が、息子だからと喜んで俺を迎え入れてくれた日が懐かしい。その期待の眼差しを曇らせた日もそれと同じく懐かしい。そりゃ、そうだ。16歳までに結べるようになる印が結べないんだから。

祓い師になる者は修行を始めて16歳までに、自身特有の印を手で結べるようになる。それだけは誰に教わることなく、自然に身につくものだったらしい。けれど、記念すべき17回目の誕生日を迎えた俺はその印を手にする事は無かった。よって、祓い師にはなれなかったということになる。別に珍しい事じゃない。力が無くたって祓い師になりたくて修行をする者だっている。その結果、力が宿り祓い師になる者もいれば、やっぱり力が無く諦める者だって沢山いる。要は祓い師は誰でもなれるし、誰もがなれるわけじゃないってことだ。

俺だってなれなかった大勢のうちの一人。ただ、まわりの期待が大きかっただけ。それだけだ。それでも一番痛かったのは自分自身に対する己からの期待が一番大きかったことくらい。


 今日は一人傷心パーティーだ。コンビニで肉まんとおでんとポテチと炭酸ジュースでも買って一人でやけ食いでもしようか。小石を蹴りながらそんな事を考えていた時だった。


《兄チャンドウシタノ?悲シイノォ?オイラが慰メテあげようカイ?オイラなら兄チャンの望ミ叶ェテあげルよ?だからさぁ.....ハイッテモイーイ?》


子供の様な獣の様な老人の様な青年の様な何とも言い表し難い奇声が上がった正面へと顔を上げた。

 そこには全身緑色で一つ目の頭でっかちな妖が大きな舌をだしてこちらを見つめていた。別に驚きはしない。今まで修行で何度も妖は見てきたし、才能が無かっただけで無駄に霊力はあるから気配も感じていた。予想通り出てきたな。というのが率直な感想。ただ、いつもと違うのは俺が祓えなくても、代わりに祓ってくれる師匠や兄弟子がいないだけ。それでも恐怖は感じない。感じるのは飛び出した舌から赤黒い唾液が滴り落ちて気持ち悪いなくらいだ。


「...どうぞ。入りたきゃ入ればいい。喰いたきゃ喰えよ」


自棄になっていただけなのかもしれない。それが分かっていても、もうどうでも良くて自分に意味などなくて哀れで情け無くて。もうどこに向かって歩けば良いか分からなかった。歩いて行く道が無い。


 妖は同意の上でないと人の身体には入れない。だから入る代わりに甘い夢を魅せる。そうして夢の狭間で幸福に浸らせている間に徐々に持ち主の魂を喰らっていくのだ。少し喰われたくらいなら我を取り戻すことも傷を癒すことも出来る。ただ、全て食い尽くされた命は天へ還ることもなく、消えていくだけ。体すらも残らない。


《ワァアイ!アリガトウ!オマェハどんな夢ヲミタイィ?》


「夢か..そうだなぁ...」


俺の夢か...美味いもん腹一杯食う夢...違うな。父ちゃんと母ちゃんがいた時の夢...それともーーーー祓い師になった夢...っなんてな。妖に祓い師になる夢を魅せてもらうなんてとんだお笑い話だ。


「まあ、何でもいいよ。楽しそうなやつお願いね」

《ハァアアイ”》


 嬉しそうな返事と共に後ろにまわった妖は

首の後ろに噛み付いた。


《オッジャマシまース》


凍えるような冷たさが頸から体の中へと入ってくる。

あーあ。とうとう俺もこっちの立場か。

自我を保てるのはあと3日。完全に喰われるまでだと7日ってとこかな。それまでに祓い師に見つかれば祓ってもらえる可能性はあるけど、知り合いには見つかりたくねぇな...

ごめんな、父ちゃん母ちゃん。俺ダメだったわ。父ちゃんみたいになりたかったんだけどなぁ。期待してくれてたからな、合わせる顔がねぇよ。だから俺の魂はそっちには行かないことにする。魂は天に召されず消えていく。おまけに最後に最高の夢を魅れるんだぜ?ほんと...俺、最低だな。

そうこう考えているうちに、頸から入った冷気は氷の針のように鋭い冷たさを保ったまま背筋をゆっくりと降りていく。

もうすぐ、俺は俺じゃなくなる。

....やっぱり最後に夢を見るなら祓い師になりてぇな。

追いかけてきた今はもう亡き背中を思い浮かべてそっと目を閉じた。




《ウッ...ウギャーーーーナんダヨコレ!コンナノ契約イ反ダァア!イヤダ!帰りタクナイ!イヤダ!イヤだーーーー!!!》



「っ!?う、るせぇ...」


体の中に入ってきた妖が突然でかい奇声を発し始めた。今まで聞いてきたどんな騒音よりも体の中で叫ばれるのは辛く頭がガンガンする。何の意味も無いことがわかっていても耳を塞がずにはいられない。


「クッ...!?」


自身の体で何が起こっているのか分からず、頭が割れてしまいそうなほどの痛みに耐えるしかなかった。立っている事すら出来ず、膝から崩れ落ちてその場に蹲る。痛みは頭から徐々に腹へと移り、最後は焼けるような熱さに襲われた。







 

ーーーーーっポン!


 何ともマヌケな音に目を開ければ目の前は白い煙がもくもくと漂っていた。地面から伝わってくる冷たさにぶるりと体を震わせて、ようやく自分が気を失って倒れていた事に気が付いた。指先を動かしてみれば少し鈍いものの動かすことが出来る。地に手をついて重い体を何とか起こすことが出来た。


「〜コンッコンッコンッ」


まだ立ち上がることは出来なくても上半身を起こしただけでも、寝転んでいるより随分と視界はいい。まだぼーっとしている頭を働かしつつ目の前の白いモヤに目を凝らした。

中で何かそれほど大きくはない影が見えてきた。4本の足に大きな耳と尻尾。



「あ〜お久しぶりでございますねぇ。あるじ様」


モヤが晴れてようやく影が姿を表した。全身白い毛に覆われて額には赤い紋様

そこには父ちゃんと契約していた妖狐の"やしろ"が立っていた。





「ちょっと待て。話がわからねぇんだけど。どういうことだよ」

「だ〜か〜ら〜!あるじ様はお祓い箱なのですって!お払い箱になったあるじ様がお祓い箱なんて何だか洒落てますねぇ。ふふふッイッ!?いはいれふはふひはは〜」


イラッとした。

ケラケラ笑う狐の頬をつまんで横に伸ばしてやった。面白いくらい伸びるなコレ。


実家である寺に帰ってきた俺たちは風呂を終えたあと布団の上で向き合っていた。

やしろ曰く、俺には目視できない祓い門の刻印が刻まれているらしい。妖界と現世を繋ぐ門であるその印は、自身が印を結べなくても妖を祓えるそうだ。


なんだそれ。


「結局親父には、俺に才能が無いってお見通しだったって事だろ」


 横にめいいっぱい伸ばした後、っぱ、と離せば頬はあっという間に元に戻っていった。


「イテテテ...それは、本人の捉え方次第ですねぇ。答えを見つけるのもまた成長。ね、あるじ様」


やしろは半泣きになりつつ前足で器用に頬を撫で始めた。小さい頃に遊んでいた時はもっと大きかった気がしたんだけどなあ。俺がでかくなったから、そう思うだけだろうけど。

 ーーーそれにしても、やしろに、"主"と呼ばれる日を夢に見ていたのに、こんなにも嬉しくないなんて思ってもみなかった。まるで俺を通り越して親父を呼んでいるみたいだ。


「まぁまぁ、何はともあれ、祓い師になれるのだから、良かったではありませんか」

「...ならない」

「はい?」


「俺は祓い師にはならないからな。じゃあな、おやすみ!」


勢いよく布団を被ると、冷えた布団が全身を包み込みあまりの寒さに震え上がった。横になったまま膝を抱えてただひたすら自分を包み込む布団が温かくなるのを待つ。



「あらあらまったくこの強情さは...昔から変わりませんねぇ」

「...なんだよ。子供の頃から成長してねぇっていいたいのかよ」

「いえいえ、懐かしく思っていただけですよ。

お休みなさいませ。あるじさま」



 やしろが布団の上で丸くなったのを布越しに感じた。妖狐故に体温はなく、重みがある場所からは温かさを感じない。なのに、


あったけぇな...


自分以外の誰かの寝息を聞くのは久しぶりでなんだか少しだけ温かくなった気がした。






「やっと会えたね。おかえり、つむぐ」



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