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【番外編】もしも、高校生だったなら……1

「ジリリリリ」


 ああ、今日は大学が一限目だから、起きないと……。


「お姉ちゃん、そろそろ起きないと遅刻するよ」

「起きろ」


 私は目覚ましの音で目が覚める。今日は授業でレポートの提出があった気がする。まあ、すでに終わっているので問題はない。


「お姉ちゃんはそもそも、目覚ましを鳴らす時間が遅いんだよ。」

「朝練がないからと言って、寝すぎだ」


「お姉ちゃんって、いったい誰のことですか?」


 それにしても、先ほどから聞きなれない言葉が耳に入ってくる。目覚ましを止めてベッドから起き上ると、そこには成人姿の居候の姿があった。しかし、その姿になんとなく違和感を覚える。


「なんか、若返ってるよね?」


 いつもは大学生から20代前半くらいの青年姿なのに、二人は高校生と言っても通じるくらいの少年と大人の間くらいの容姿になっていた。微妙なところだが、いつも一緒に居るので気づいてしまった。


 とはいえ、気づいたのはそこだけではない。明らかに現実とは違う点があった。


「どうして、翼君と狼貴君が学生服を着ているの?」


 かなりの違和感があった。黒い詰襟の学ランを着た二人は、どこから見ても学生にしか見えない。


 居候の二人はご存じの通り、翼君と狼貴君だ。彼らはかつて人間だったが、大学一年生の時に起きたある事件で殺されてしまった。その後は九尾という狐の神の眷属になり、今は私の家に居候している。


「若返るって何ですか?今年から高校一年生になりましたよ!これで一緒に蒼紗お姉ちゃんと一緒の学校に通うことができます」


「オレも一緒だ。蒼紗姉」


「エエト、これはいったい……」


 どうやら私は夢を見ているようだ。しかも、とびきりおかしな夢を。


 居候二人のお姉ちゃん呼びに困惑しつつも、私は彼らを部屋から追い出して、パジャマからTシャツとジーパンに着替える。部屋にあった姿見で全身を確認すると、私の姿もなんとなく幼くなっていた。翼君たちと同じような微妙な変化だが、高校生と言われたら高校生に見える。


「私もあれを着るということか……」


 クローゼットの扉は空いていて、そこから紺色のセーラー服が覗いていた。



「翼君たちが高校一年生だというのなら、私は高校二年か三年の設定ということになるのか」


 二度目の大学生活を送っているが、まさか深層心理では高校にもう一度通いたいと思っていたのか。我ながら自分の気持ちに驚いてしまう。とはいえ、これは夢に違いない。古典的に頬をつねってみたが、目が覚めることは無い。それでも、夢だと断言できる。翼君たちが高校に通えるはずがない。そもそも、私たちは姉弟ではない。


「ここまで来たら、彼女達も高校に居るんだろうなあ」


 楽しみだ。


 知らず知らずのうちに笑みがこぼれてしまう。姿見の中の私もにやけた顔になる。二度目の大学生活でおかしなことには慣れているので、すぐに順応してしまう。私は目が覚めるまでの間、この非現実の世界を楽しむことにした。



「おはよう、蒼紗」

「おはよう、九尾」

「呼び捨てにするのは家だけにしておけ。学校では九尾先生と呼べ」


 二階の自分の部屋から一階のリビングに顔を出す。そこにはすでにテーブルに朝食が準備されていた。エプロンをつけた翼君と狼貴君がいたので、準備してくれたのだろう。いつもの光景だ。九尾は彼等とは違って、狐のケモミミと尻尾をはやした美少年のままで、ソファに横になっていた。


「どうした、浮かない顔をして」


 首をかしげる九尾はとても可愛しく目の保養なのだが、解せない。なぜ、九尾のみがケモミミ少年なのか。視線を翼君たちに向けるが、彼らにはケモミミ尻尾が見当たらない。どうせ私の願望が反映されるなら、彼らの設定を中学生にしてはダメだったのか。ケモミミ中学生という至高のシチュエーションになっていないことが残念過ぎる。


 私は九尾のケモミミ美少年姿に気を取られて、大事なことを聞きそびれていた。先生、という部分を気にするべきだった。とはいえ、この時は気が動転していてそれどころではなかった。


「別に何も。それで、私は今何歳の設定なの?」


 とりあえず、まずは朝食だと思いテーブルに着く。その後、翼君と狼貴君が私の正面に座り、私の隣に九尾が座った。


「設定って。今日のお姉ちゃんなんか変だよ。僕たちより一つ上だから、17歳で高校二年生だよ」


 私の質問に翼君が回答してくれた。高校二年生。いったい、私が経験したのは何年前になるのか。懐かしすぎて記憶があいまいだ。うまく高校生らしく振舞えるだろうか。


「さっさと食べないと遅刻する」


「そうだな。家族全員遅刻なんてしたら、後が面倒だからな」


『いただきます』


 狼貴君と九尾の発言により、いったん私の話は終了となり、朝食を取ることになった。それはいつも食べる食パンに目玉焼きで、姿さえ同じならここが現実世界と間違いそうなほどリアルだった。



「お姉ちゃん、制服に着替えないの?」


 朝食を終えると、翼君と狼貴君が片づけを始めた。学ランにエプロンをしている姿は、家事をする高校生そのものだった。その背中をリビングのソファでぼうっと眺めていたら、翼君に指摘される。


「制服って、私はそんなのを着る年齢ではな」


 ない、と否定の言葉が口から出かかったが、すんでのところで思いとどまる。先ほど、私の年齢を聞いたばかりだ。そうだ、今の私は高校二年生だった。ということは、制服を着て学校に行くのが私の日常だ。


「ご、ごめん。ちょっと着替えてきます」


「体調悪いなら、学校休む?僕は一緒にお姉ちゃんと学校に行きたいけど」

「オレも」

「我はどちらでも構わない」


 ずいぶんと私は弟たちに好かれているようだ。思わず日ごろの自分の行動がよかったのかと感心していたら、その後の言葉にうんざりしてしまう。


「でも、体調悪いのなら、早めに彼女たちに連絡しないと家に押しかけてきますよ。ていうか、体調悪くなくても毎日一緒に登校しようとうちに押しかけてこようとするから、とめているのに」


「それって、もしかして……」


 どうやらこの世界は私の予想通り、私の大学生活で知り合った人間たちがもとに構成されているらしい。だとしたら、翼君の言葉は正しい。仮病でないのなら、学校にはきちんと行くべきだ。


「とりあえず、さっさと着替えてきてください」


「ワカリマシタ」


 翼君にせかされて、私はしぶしぶ椅子から立ち上がり、二階の自分の部屋に向かう。確か、部屋を出るときにちらりと制服らしきものがクローゼットから覗いていた。あれを着て学校に行けということだろう。


「ああ、懐かしい」


 部屋のクローゼットにかけられていたのは、奇しくも私が大学一年生のころに西園寺桜華に無理やり着せられたセーラー服だった。形も色も記憶のものと一致していた。紺のセーラー服に赤いスカーフで、スカートの長さはひざが隠れるくらいの長さ。スカート丈がミニスカートでないところも同じだ。


「西園寺さんもいるのだろうか」


 思わず、つぶやいた言葉はひとりの部屋にやけに大きく響いた。だって、これは夢だから。夢の中なら、既に死んでしまった彼女にも会えるだろうか。


「いやいや、感傷に浸っていても仕方ない。まずは着替えるか」


 気は乗らないが仕方ない。私はクローゼットからセーラー服を取り出し、着替え始める。これを着た当時は、まさかこんなに大変な大学生活が待っているとは思っていなかった。


 人生、何が起こるかわからないものだ。



 トントン。


 着替え終えて姿見で自分の姿を確認していたら、ドアが控えめにノックされる。壁にかけられた時計に目を向けると、8時50分を示していた。そろそろ家を出る時間なのかもしれない。


「どうぞ」


 律儀にドアをノックして入ってきたのは翼君だった。その後ろに狼貴君もいた。二人は学ランを着用していたので、こうして並ぶと本当に自分たちは今、学生をしているのだと実感がわいてくる。


「スカーフがずれてる」


 急に狼貴君が私の目の前にやってきて、胸元に手を向けてくる。何事かと一瞬身構えたが、言葉通りに狼貴君がスカーフの位置を調整してくれただけだった。


「では、学校に行きましょう」


 私の準備が整っていることを確認した二人が部屋から出ていく。慌てて、部屋に置いてあったリュックを抱えて私も部屋を出る。玄関にはスニーカーが並んでいて、どうやら彼らも私もローファーで通うわけではないらしい。昔とは違ってカジュアルになったものだ。手に持ったリュックもそうだが、どうにも違和感がある。


 まあ、これは私の作り出した夢だから、全くの未知なことは反映できない。無意識に町で歩いている高校生を再現したのだろう。


 家を出ると、外は雲一つない快晴でとても良い天気だった。

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