49あっという間に夏休み
組合のビル火災はニュースで大きく取り上げられることはなかった。まるで、一年前に起きた事件のように。ビルの跡地はあっという間に整備され、ビルがあった痕跡はまったく見当たらない。あの事件では西園寺桜華と数人が九尾たちの犠牲になったが、瀧が居た寺は跡形もなく消え去った。それと同じようなことを九尾はやったのだろう。
「蒼紗、結局、大学を休んだ理由は何だったの?休むとか言って、一週間も急用なんてないわよね?もしかして、ずっと家にこもっていたの?ビルの火災が原因、とかじゃないわよね?」
「心配したんですからね。あの一週間は、心配で夜も眠れなかったんですよ!」
荒川結女の見舞いに組合のビル火災、あの日はいろいろなことが目白押しの忙しい一日だった。そのため、精神的にも肉体的にも疲れがたまり、その週の大学は全て休んでしまった。
その次の週からは前期の単位のためのテストやレポートなどに追われ、なかなかジャスミンたちとゆっくり話す時間が取れなかった。そのまま、ずるずると日は過ぎていき、あっという間に夏休みとなってしまった。
今日で大学の前期の授業が終わり、久々に三人で大学の食堂でゆっくり話すことができたのだった。ジャスミンたちは、どうしても大学を休んでいた理由を聞きたいらしい。話したいのはやまやまだが、今回の件は西園寺家が関わってきて、どう話していいのか難しい。
昼食時の食堂は混んでいたが、三人が座れる席はあった。私はオムライスのセット、ジャスミンと綾崎さんは夏らしく冷やし中華を頼み、それぞれの料理を持って席に着く。メニューを注文している最中から、二人からの視線を強く感じて苦笑してしまった。
「ああ、その前に。今日の蒼紗の服は一体、何をテーマにしているのかしら?黒いとんがり帽子に真っ黒なワンピースにマント、なんとなく想像はつくけどね」
席について考え込んでいるのを見かねたジャスミンが、私の服装に言及する。綾崎さんもそれに続いて話題に乗っかってくる。
「もしかして、魔女っ娘、ですか?でも、蒼紗さんがその格好をすると、本物の魔女みたいな貫禄が出ますね。ああ、年に見えるとか、じゃないですよ!これは誉め言葉であって、決してバカにしたわけじゃあ」
「大丈夫ですよ。綾崎さんが言いたいことはわかります」
ジャスミンに言われて、改めて今日の自分の服装を眺めてみる。確かに今日の私は真っ黒なワンピースを身に着けている。その上に黒のマントを羽織り、頭には黒いとんがり帽子もかぶっている。空調が効いた食堂は涼しいので特に問題はなかったが、外に出ると真夏の暑さにやられてしまいそうだ。
考え事をしているとお腹が減る。目の前のオムライスを食べつつ、彼女たちに視線を向けると、話をしながらも手は動いていた。二人も自分たちが注文した冷やし中華の麺を口元に運んでいた。
さて、今日の服装のテーマだが、綾崎さんが正解を言ってくれた。なぜ、魔女っ娘が最初に出てきたのかは謎であるが。そんな可愛らしい存在になれるほど、若くない。どちらかというと、綾崎さんが慌てて弁解した『魔女』の方が、私の場合しっくりくる。
「綾崎さん、それ、間違ってないから気にしなくていいわよ。蒼紗だってわかってやっていると思うから」
「ジャスミンが言うと、なんだかむかつきますが、今日の服装は『魔女』がテーマなので正解ですよ。綾崎さん」
「そう、ですか。よ、良かったです。なんだか、蒼紗さんの雰囲気が怖かったので」
別に貫禄があるとか、年に見えるとか、そんなことでいちいち目くじら立てるほど子供でもない。子供ではない、はずだ。
「それで、蒼紗の服は確認したとして、あの日までの出来事のおさらいをしていこうじゃない。蒼紗のことだから、また私たちに隠し事しているんでしょう?この際だから、洗いざらい話しなさいよ」
「そうですよ!ま、まあ、どうしても話せないということがあれば、無理にとは言いませんけど。でも、でも、私たちは親友なのだから、話してくれても、いいんです、よ」
服装の件で忘れてくれるようなことはなく、最初の話に戻ってしまった。どこから話していいものか迷うが、心配かけていたことは謝罪することにした。
「まず、大学を一週間も休んで二人に心配かけたことは謝ります。すいませんで」
『それは別にいいわ(です)』
なぜか二人に怒鳴られてしまう。息の合ったハモりに驚いていると、ジャスミンがため息をつきながら説明する。
「心配するのは親友として当然のことだから、そんなことは今更なのよ。私たちが聞きたいのは、休んだ理由。いったい、何があって一週間も大学を休んだのか、ということよ」
隣の綾崎さんがうんうんとジャスミンの言葉に大きく頷いている。
親友だから。
思わず顔がにやけてしまう。そうか、彼女たちと私は親友。親友だからこそ、心配してくれた。「親しい友」と書いて親友。いい響きである。ジャスミンの言葉を反芻していて、私の表情を見た二人が顔を赤らめていたことに気付かなかった。