47心配してくれたんですね
『さて、これからどうしようか。組合員全員をこの世から消すのは、後々面倒なことが起こりそうだな』
『このビルから、彼ら以外は非難したようですよ』
『目の前の二人に責任を背負わせればいい』
九尾たちは、私の家を出る直前に、組合という組織ごとつぶしてしまおうという、物騒なことを言っていた。しかし、組合に所属していた、ただのバイトたちまでを消すのは止めたようだ。私にとってはどちらでも構わないが、それでもいきなり数十人単位の人間がこの世からいなくなるのは世間的にまずいだろう。消すのは簡単だが、その後の対応が面倒そうだ。彼らの家族や親せき、知り合いなどの記憶を書き換えるとなると、かなりの人数になり、さすがの九尾たちでも苦労するはずだ。
それが、たったの二人が責任を取れば済むということになった。そうするだけで、私たちの気分は晴れるし、平穏な生活が戻ってくる。
なんて心優しい神様かと感心してしまう。組合の実質的トップ二人がいなくなれば、私たちの町にある組合は崩壊する。そうなれば、私たちを狙う輩もいなくなる。
『さ、さっきもいったが、我々と組合を消しても、本部から追手が』
『た、助けてくれ。もう、二度と、あなた方には近づきません、か』
「時間切れです。まったく、私たちの仕事を増やすなと言ったはずですが」
ビルの中の様子は確認できないが、火はビル全体に回っていて、この状態になっても消防車も救急車も到着していないのが不思議なくらいの状況だった。中に人が残っていて生きているというのが奇跡と呼べるほどの炎の上がり方だ。それなのに、さらに新たな人物がビルの中に現れた。脳内に新たな声が聞こえてくる。
相変わらず、私はビルの前に立っていて、中の様子をうかがうことはできない。それでも、頭の中に聞こえる声には聞き覚えがあった。
『ふむ、お前が来たということは、ここはもう終わりか。翼、狼貴、帰るぞ』
『ハイ』
『まったく、これだから野蛮な獣は嫌いなんです。後片付けは誰がすると思っているんですか』
聞こえた声は、知り合いの死神の声に似ていた。いや、炎に包まれたビルの中で平然といられる時点で彼は人間ではない。新たな声の主は車坂だろう。彼がビルに現れたということは、荒川結女の魂は、彼に回収されてこの世にないということか。
彼らの声はそこで途切れた。それと同時に、今まで原型を保っていたビルが急に崩壊し始めた。
「ブーブー」
スマホのバイブ音で目を覚ます。ソファに身体を伸ばして寝ていたらしい。身体を伸ばしてスマホに目を向ける。机の上に置かれていたスマホは振動して着信を告げている。
「もしもし」
「ねえ、大変なことになっているみたいだけど、蒼紗は今、何処にいるの?」
「自宅のソファで寝ていましたけど」
電話をかけてきたのはジャスミンだった。私が応対するとすぐに居場所を聞いてきた。切羽詰まった慌てた声がスマホ越しに聞こえてくる。いったい、何があったというのだろうか。
「よ、よかったあああああああ」
私の居場所がわかると、途端に安心した気が抜けたような声に変わる。状況が分からないので、さっさと説明して欲しい。
「さっき、ニュースで見たんだけど、隣町のビルが放火されたみたい。その放火されビルの名前が……」
「サイオン寺子屋組合、ですか?」
ジャスミンの言葉を遮るようにビルの名前を口にする。先ほどまで見ていた夢が頭に浮かぶ。夢で見た光景が現実で起こってしまった。
「やっぱり、そのビルのことを知っているみたいね」
「……」
知っているも何も、そのビルの持ち主である組合とは、ただならぬ関係がある。それを今、この場でジャスミンに伝えてしまっていいものだろうか。放火されたビルとの関係をどう説明しようかと考えて無言になってしまう。
「はあ。私はそのビルのことをニュースで初めて知ったんだけど、どうにも名前が怪しかったから、気になって蒼紗に電話したの。だって、『サイオン』なんて、あからさますぎるでしょう?」
しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのはジャスミンだった。ため息を吐いて話を続けるが、そこで電話をしてきた本当の理由に気付く。そうか、これが親友というものかと納得する。
「私がそのビルにいないか、心配だったんですね。お気遣いありがとうございます。ですが、さっきも言った通り、私は家に居ますから大丈夫ですよ」
「ま、まあ、わ、私は、蒼紗の親友なんだから、心配するのは当然でしょ。とにかく、なんだかこの町の治安が良くないみたいだから、特に今日は外出しない方がいいわ」
私の言葉に少し照れているようだ。電話越しの声が少し上ずっていた。確かにジャスミンの忠告通り、今日は家に引きこもっているのがいいと思う。しかし、私にはやるべきことがある。
夢で見た内容の続きを確認するために。
先ほどソファで見たのは予知夢に違いない。九尾たちが組合のビルを燃やしたのだろう。そして、ご丁寧にも代表たちの会話を私に聞かせてくれた。だったら、今から私が現場に向かえば、その後どうなったかわかるはず。夢の続きを現実で知ることができる。
「ねえ、もしかして、私の忠告をさっそく破ろうとか、思ってないでしょうね?」
電話を切るタイミングを逃してしまい、再度、無言の時間が続く。この沈黙がジャスミンに不信感を与えてしまったようだ。ジャスミンの勘の良さには毎回驚いてしまう。まさしく野生の勘が働いている。
「さあ、どうでしょう。とりあえず、電話ありがとうございました。ではまた大学で」
「ちょ、ちょっとま」
何か言いかけたジャスミンの言葉を無視して電話を切る。スマホの画面が暗くなるのを確認して、私は素早く出かける用意を始めた。




