46私も一緒に……
「雨水君」
「な。なんだよ。朔夜、お前も組合をつぶすことに賛成なのか?それは違うよな。悪いのは組合の代表と……」
「私は、幼馴染を彼らに奪われました」
声を荒げているつもりはない。いつも通りの口調で話しかけているつもりなのに、雨水君の顔色はどんどん悪くなっていく。このままでは完全に土気色になってしまう。
「あ、蒼紗さん、目が怖いですよ」
「その辺にしておけ。われの偉大さに気付いて震えあがっているところに、お主の怖い顔はきついかもしれん」
「そんなこと言っていないで、さっさと行くぞ」
どうやら、九尾たちが醸し出す、人外オーラと私の怖い顔で雨水君は怖気づいているらしい。男のくせに何という精神の弱さである。男なら、人外の一人や二人、平気で御せるようにならなくてはいけない。
自分もその人外とやらにカウントされているとは思っていなかったので、のんきに雨水君の百面相を眺めることにした。
「では、我たちは組合に行ってくる。お主は家から出るなよ」
「蒼紗さんが捕まったら元も子もありませんからね」
「まったくだ」
しばらくすると、雨水君は落ち着いたのかいったん、七尾のもとに行くと私の家から出ていった。いまだに顔色が悪くてそのまま外に出て大丈夫かと思ったが、所詮、彼は赤の他人であり、私には関係のないことだ。特に引き留めることはしなかった。そして、彼が出ていくと、今度は九尾たちも外出すると言い出した。
「私の幼馴染が殺されたのに、そのかたき討ちを自分ができないのは……」
「幼馴染が亡くなって、そのかたき討ちをしたい、という顔には見えないな」
「蒼紗さん、顔が嗤っていて、顔と言葉が一致していませんよ」
「今のお前の顔を鏡で見た方がいい」
自らも組合に乗り込むつもりでいた私は、彼らの言葉に反論しようとしたが、一蹴されてしまった。
九尾たちの言葉に頬を触ってみるが、今の自分がどういう状態なのかはわからない。顔は熱くなっていなければ、冷たいというほどでもない。いたって普通の体温だった。とはいえ、三人が私の表情がおかしいと言っているのだから、私は今のこの状況を楽しんでいるのかもしれない。近くに鏡がないが、悲しいとか、かたき討ちをしなければという、通常の感情以外がにじみ出た表情をしているのだろう。
確かに悲しくはない。
正直、すでに幼馴染が頭に占める割合はほんの少しとなっていた。ただ、私の大学生活を邪魔する奴らを倒したかっただけ。そのための理由付けとして、幼馴染の存在がちょうどよかった。
そう思っている時点で、私はもう人間ではない思考に染まりつつあるのだろう。わかってはいても、こればかりは仕方ない。そもそも、20代の姿で年を取らずにここまで生きてきたのだ。人外側の意見に傾いていくのは無理もないだろう。
自分の本当に気持ちに気付いたところで、彼らはそのまま私を置いて出かけてしまった。
一人きりになってしまった部屋はやけに静かだった。一人なので、私が声を発しなければ、誰の声も聞こえない。家に一人きりとなったのは久しぶりだなと、リビングのソファに身を沈めながら考える。たまに九尾たちがどこかにふらりといなくなることがあるが、最近はなかった気がする。
誰もいなくなり、緊張の糸が途切れたのか急に眠気が押し寄せてきた。なんとなく、今この場で眠ってしまったら、何かしらの予知夢を見る気がした。
私はそのまま急に押し寄せてきた睡魔に逆らえず、瞼を閉じた。
組合が入るビルの前に立っていた。ビルは赤々と燃え、ビルから逃げ出した組合員の人々が私の横を通り過ぎていく。しかし、誰も私の存在に気付いていない。とはいえ、誰も私にぶつかることはなかった。逃げ行く人の中には、受付でお世話になった女性たちの姿もあった。声をかけようかと思っているうちに、彼女たちはその場からいなくなってしまった。
『悪魔か、お前たちは』
『我々をつぶしたところで、西園寺家はお前らを……』
頭の中に突然、二人の男性の声が聞こえてきた。辺りを見渡すが、ビルから逃げ出した人ばかりで、声の主らしき人物は見当たらない。
『悪魔、か。今の我は確かにお主たちにとって、悪魔と呼べる存在かもしれんな。だが、仮にも、神とあがめられていた我を『悪魔』呼ばわりとは感心せんな』
『九尾。その辺にしておけ。時期にここにも火が回る』
『まあ、火が回ったところで、僕たちが燃えることはないですけどね』
脳内には男性二人以外にも聞きなれた声が流れてくる。どうやら、目の前のビルのどこかに九尾たちがいるようだ。そして、おそらく組合の面接時に出会った二人の男、代表と唐洲という男と対峙している。なぜ、本人たちの姿が見えないのに、声だけが頭の中に響いてくるのかはわからないが、おとなしく耳を傾けることにした。
『我らに接触しようと思わなければ、こんなことにはならなかったのに。お前たちは我たちと接触し、挙句の果てに逆鱗に触れてしまった』
『彼女、もしくは彼女の関係者に手をかけた時点で、死を覚悟していたと思うことにしましょう。同情の余地はありません』
『同感だ。お前らがこの世からいなくなろうと、オレ達には関係ない』
さすが人外の存在たちである。言っていることがかなりやばい内容だが、私もまた、彼らを可哀想だとは思えなかった。今回については、私たちは被害者であり、彼らが加害者である。九尾たちの意見に頷けるというものだ。
とはいえ、翼君がここまで過激なことを考えているとは知らなかった。狼貴君にも同じことが言える。翼君と狼貴君は元人間だったはずだが、人間時の思考を九尾といるために捨ててしまったのだろうか。
人間時の思考があったところで、彼らが人間に戻れるわけもない。考えても意味のないことだ。




