3サイオン寺子屋組合
「オレ達能力者は、普通の人間たちとは違う。そんなオレ達に助けの手を差し伸べてくれるのが、『サイオン寺子屋組合』だ。この組織にオレは加盟している」
雨水君は、自分が所属している組合について話し始めた。そこから、バイトが紹介されて、それをこなすことで生活費を稼いでいるようだ。
「サイオン寺子屋組合?」
初めて聞いた組合の名前に私は首をかしげる。そんな組織があったことを今まで知らなかった。
「名前の方は、最近変更されたらしい。その前までは特に名称はなくて、ただ組合としか呼ばれていなかった。名称がこの名前に変わったのは、つい最近のことだ」
名称が変わったというだけなのに、なぜか雨水君は嫌そうな顔をしている。サイオン寺子屋組合という名前は、どこか聞いたことがあるフレーズが含まれていた。私が気付くということは、当然、雨水君も気付いているはずだ。そのフレーズというのは。
「蒼紗の予想は当たっている。そこのガキが嫌そうな顔をしているのが何よりの証拠だ。『西園寺』がやってきてから、名称は変わったのだな」
「まったく、はた迷惑な奴だよね。西園寺家の残党どもがまた手を組んで僕たちを京都に戻そうと画策しているなんて。僕たちはもう、人間にこき使われるのはごめんだ」
私の考えは九尾に読まれてしまったが、どうやら正解だったようだ。サイオンと西園寺。よく似た名前だというだけではなかったらしい。七尾が不吉なことを言っているが、それはあながち嘘ではないかもしれない。自分たちの守護神でもある九尾を失ってしまい、西園寺グループは倒産してしまった。何とかして、もう一度、九尾たちを自分たちのもとに取り戻したいのだろう。
「やっぱり、西園寺家が関わっている組織なんですね……」
西園寺家とは、去年、私と一緒に入学した新入生の西園寺桜華の実家である。彼女はある事件によって殺されてしまった。彼女の死をきっかけにいろいろ、物事が急展開していくことになった。
その西園寺家というのは、ホテルなどを経営していた大企業だった。全国にホテルを展開して、大手企業として名をはせていた。それが昨年、急に倒産してしまった。その件に深くかかわってくるのが、九尾という人外の存在だった。
九尾は、西園寺家に代々仕え、彼らに恩恵を与えていた。九尾は西園寺家にとって幸運をもたらす神様だったのだ。九尾を西園寺家にとどめておくために、一族の当主は能力者であるという決まりが作られた。そのため、次の当主に選ばれたのは、能力者であった西園寺家桜華だった。
西園寺桜華は、化け狐のように他人の姿に化けることができる能力を持っていた。当主にふさわしい能力を持ち合わせたがゆえに、彼女に悲劇が襲った。彼女は西園寺家の当主の座に興味がなく、自由に生きていきたかった。
このままでは西園寺家の当主に仕立て上げられ、そのまま一生を西園寺家に縛られて生きていくことになる。そのことに嫌気がさした彼女は、私たちの大学に入ることを思いつく。それに協力したのが、九尾だった。
九尾もまた、西園寺家に仕えることに不満を感じ始めていた。そこで、二人は協力して、私が通う大学に入学するのだった。
しかし、物事はうまくはいかないものだ。協力関係にあったと思われた彼女と九尾だが、所詮は人間と人外の存在。完全にわかり合えていたわけではなく、彼女は九尾が原因で殺されてしまう。まあ、九尾が直接的に彼女を殺したわけではないが、間接的に関わっているので、殺したといっても過言ではないだろう。
当主候補の人間が殺されてしまったことで、九尾は西園寺家から解き放たれ、自由の身を手に入れることができた。当主となる能力者がいなくなった場合、九尾は自由になれることになっていた。
「組合に名前が付いたきっかけを作った男がやってきたのは、今年の3月だと聞いている。唐洲という名の能力者だ。そいつがやってきて、組合は大きく変わってしまった。今までは能力者を助けるための組織だったものが、西園寺家再建のための組織となった」
私が西園寺家の複雑な問題について振り返っている間も、雨水君の説明は続いていく。
「その男が元凶ということか。蒼紗は今から、そいつと面接をするのだな」
「いや、いきなりそいつとは面接できないだろう。最近、組合は能力者集めに必死になっていて、だいぶ人数が増えてきた。唐洲は組合のまとめ役だから、人数が増えてきて忙しくなっている。会うのは難しいと思う」
「そうなのか?てっきり、僕はそいつと蒼紗が会うのだとばかり思っていたのに。じゃあ、これから行って、誰と面接をするんだよ」
雨水君と九尾の会話に、突然、七尾が文句を言い始める。どうやら私をおもちゃにして楽しむ予定だったようだ。その場で地団駄を踏んで抗議する。その行動は、高校生に見える容姿からしたら、幼く見える。しかし、相手はケモミミ美少年である。何をしても許される。そんな癇癪を起したケモミミ美少年にときめいているのは私だけで、雨水君は冷静に七尾に対応する。
「唐洲という男が台頭してきたとは言え、組合のトップはいまだに変わっていない。基本的に組合に入ることを許可するのは、代表だ。唐洲にはまだ、許可する権限がない。だから、今回会うのは、組合の代表になる。代表の名は」
「そんな奴の名前を聞く必要はないよ。僕、あいつ嫌いだ」
「だが、代表に顔を見せなければ、正式な会員と認めてもらえない」
唐洲という男以外にも、危険な人物がいるということだろうか。代表というからには、社長のような偉い人物かと想像する。しかし、ただの偉い人物とは違うようだ。七尾にとっては、気に食わないらしい。さらには、九尾の方もその男を知っているらしく、不機嫌そうな表情になる。
「お前は、西園寺家に仕えていた家の一人。しかも、仕えていたのは西園寺家次期当主候補だった西園寺桜華だ。そんなお前が頼み込んだら、面接などしなくても蒼紗を採用させることができるはずだ」
「確かに。よく考えたら、お前が頼めば、蒼紗が組合に入ることなんて簡単なことだ。おい、静流。何をまどろっこしいことを言っている?」
九尾と七尾は雨水君が私に何か隠し事をしていることに気付いたらしい。もし、私のためを思って隠し事をしているのだとしたら、そんな気遣いは不要だ。
「雨水君。私に気遣いはしなくていい。結局のところ、私は雨水君の加入している組合に入って欲しいの?それとも、入って欲しくないの?それと、面接は必要か、不要かはっきりして欲しいです」
私たち三人の気迫に圧され、雨水君は視線を宙に漂わせていた。そして、一度目を閉じて深呼吸して、観念したように話し出す。
「本当は朔夜を巻き込みたくなかった。九尾たちの言う通り、オレの組合の中での立場は、代表の次くらいの位置づけだ。だから、オレが代表に頼めばすぐに朔夜は採用される」
「それの何が不満なのでしょうか?」
それならそれでいいではないか。まどろっこしい面接をしなくても済むというのなら、それに越したことはない。
「お前の能力はかなり特殊なものだ。朔夜が組合に加入するとなると、唐洲は黙ってはいないはずだ。オレと唐洲は今、組合のトップの座を巡ってライバル同士の関係にある。朔夜が組合に入ったら、唐洲にちょっかいをかけられるかもしれない」
「どうでもいいですけど、そんなことを言っている暇はなさそうですよ」
今まで黙っていた翼君が突然、会話に割り込んできた。続けて狼貴君も口をはさむ。
「窓の外にカラスがいる。ただのカラスじゃなさそうだ。おれたちに用事があるんじゃないのか?」
狼の耳と尻尾を生やしたケモミミ美少年の言葉に、一同が部屋の窓の外を確認する。そこには一羽のカラスがじっと部屋の様子を見つめていた。カラスの目は真っ赤に染まり、ルビーのように光り輝いていた。明らかに普通のカラスではなかった。