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37不幸になるとは限らない

 その日はそのまま解散となった。ジャスミンには、脅迫の手紙について詳しく聞きたかったのだが、彼女の方がそれを拒否した。


「今のところ、手紙が来ただけで私の周りでおかしなことは起きていないから、心配しなくて大丈夫よ。それに、私も蒼紗と同じ能力者だから、いざとなったら自分の力でなんとかするから!」


 そう言って、向井さんの電話が終わるとそそくさと私の家から出て行ってしまった。まるで他にも私に隠し事があり、それがばれるのを防ぐかのような急な帰宅である。玄関まで見送ろうとドアを開けると、外はいまだに土砂降りの雨が降り続いていた。ジャスミンは持ってきた傘をさして私の家から離れていく。彼女の姿が目の前からいなくなったことを確認して家の中に戻る。


 家には私と九尾、翼君、狼君のこの家の住人だけとなった。




「九尾たちはジャスミンたちの手紙についてどう思いますか?」


 ジャスミンが帰ってしまったため、私は自分の部屋のベッドでゴロゴロしていた。床では私と同じように転がっている九尾たちがいる。午前中に向井さんの家を訪れたが、すぐに帰ってきてしまったため、今はまだ昼より少し早い時間である。


「お主は西園寺家に目をつけられているからな。差出人は誰かわからないらしいが、わざわざ忠告めいたことを言ってくるということは、組合ではないかもしれないな」


「もしかしたら、彼女たちに最終通告している可能性もあります。ここで蒼紗さんと縁を切らないとどうなるかわからないぞ、みたいな脅しで組合が出したとか」


「どちらにしても、あいつらは手紙のせいで蒼紗と距離を置こうとした」


 私の質問に答えたケモミミ美少年たちだが、最後に狼貴君が発した言葉が気になった。大学でジャスミンたちの様子がおかしかったことを思い出す。あれは手紙のことで私に余計な心配をかけさせまいとの行動だったのだ。隠し事をしていると思い、嫌な気分になってしまったが、差出人不明の手紙が原因だとしたら仕方ない。彼女たちが悪いわけではなかったのだ。彼女たちを責めてはいけなかった。攻めるべき相手は別にいる。


 相手は当然、手紙の送り主だ。


「手紙の相手を突き止めようというのか。まあ、突き止めるというほどのものでもないな。お主も見当がついているのではないか?とはいえ、その予想が当たっているとは限らないが」


「組合ではないのですか?」


 てっきり、組合が私たちをあぶりだすために彼女たちを利用したのだと思っていた。九尾の言い方では、まるで犯人が別にいるかのような言い方だ。他に、彼女たちに手紙を送りそうな相手と言えば。


「手紙の相手を考えるのはいいが、我たちが考えなければならない最優先事項は何か、忘れてはいないだろうな」


 手紙の犯人以外に最優先して考えること。そういえば、大事なことをすっかり忘れていた。


「九尾たちの替え玉を探さなければなりませんでした」


 組合が提示した人探しのバイトの件がまだ解決していなかった。塾に通っている生徒、三つ子に頼むとかいう計画は、車坂の急用でなくなりそうだった。代わりの案を出さなければならない。


 そんなことを言っても、これからのジャスミンたちの動向が気になってくる。もし、今もまだ私と距離を置きたがっているとしたら、そんなことをしなくてもいいと伝えたい。私と一緒に居ても、不幸になるわけがない。ただ、私と一緒に大学で隣同士に座って授業を受けたり、授業がない日にたわいのないことを話したりするだけなのに、それのどこに不幸になる要素があるのかわからない。


「はあ」


 九尾のため息で現実に引き戻される。翼君と狼貴君は会話に参加する気がないのか、二人は床でトランプを始めていた。会話は聞き漏らすまいと、頭の上に生えた耳がぴんと立っていた。


「ヘビ娘たちのことがそんなに気になるのか?お主といると不幸になるというのは、あながちまちがっていないかもしれないぞ」


「どういうことですか?」


 九尾に心を読まれることはいつものことなので、そこは無視して問いかける。すると、九尾は私が目をそらしていた残酷な現実を突きつける。


「お主は能力者の中でも特異な存在だ。己の体質をもっと自覚することだな。我らと出会い、大学に通ううちに自分の本質を忘れてしまったのか。お主は所詮、一般人の彼らと相容れぬ存在であるということを」


「……」


 狐の耳と尻尾を持つケモミミ美少年の言うことは正しくて反論の余地がない。最近、すっかりと自分の体質を忘れていた。どうして忘れていたのだろうか。今までずっと一般人との距離の測り方には気を付けていたはずだ。それなのに、ここ一年でずいぶんと私は変わってしまった。私は、彼女たちと一緒にいる時間を楽しんでいた。いつの間にか、深い関係を築こうとしていた。



「そう、ですね。あまりにも大学生活が楽しくて、彼女たちに普通の人間扱いされて、自分も普通の人間なんだと勘違いしていました。年を取らない、この不老不死みたいな体質の人間が普通の人間と一緒に楽しく生活、なんてあるわけなかったですね。いずれ、彼女たちは私の異常さに気付いて、気味悪がる。それが不幸だと言えば不幸ですね」


 だんだんと気分が落ち込んでくる。私はまた、二度目の大学生活を送る前の日々に戻ることができるだろうか。平穏で誰とも深く付き合うことはせず、ただ毎日を過ごし、ある程度の年月が経ったら、怪しまれないように退職して、次の職場に転々とする。そんな生活に戻るのかと思うと、吐きそうになる。


 私はもう、今までの平穏を望んでいた昔の自分ではなかった、今では目の前の九尾たちやジャスミンたちとの少し非日常が混じるこの生活が、私の中ですっかりとなじんでしまっていた。今更変えることは不可能だ。


「お主が不老不死体質なのは事実だが、それが周りに悪影響を与えるとはだれも言っていない。我が言いたいのは、お主が目をつけられている組織がやばいということだけだ。それが周りの者を不幸に陥れる原因だ」


 私の心が闇の底に沈みかけていたのを見かねたのか、九尾が助け舟のように話しかけてくる。ちらりとトランプに興じる二人のケモミミ美少年に目を向けると、トランプに視線を移したままでこくりと頷かれる。


「一つ言えることは、不幸というのは人それぞれ違うものだから、気にするなと言うことか。今日はもう、休んだ方がいい」


「うだうだ考えているだけなら、たくさん栄養を取って寝るが一番です。しっかりと休養してまた明日からの大学生活に備えるべきです」


「翼に同意だ」


 トランプを投げ捨てて翼君と狼君が突然、私に抱き着いてきた。私たちはベッドにそのまま横になる。九尾はそれを面白そうに眺めている。


「昼ご飯まではまだ時間があるので、少し昼寝でもしましょうか」


 三人が寝るには少し狭いが、眠れないこともない。九尾は私たちが布団をかぶり、寝る態勢になったことを確認すると、部屋から去っていく。


「なんだか、お泊り保育みたいで楽しいですね」


「俺たちは保育園児ではない」


「大のオトナですよ」


 そのまま目をつむると、すぐに睡魔が押し寄せて私はそのまま眠ってしまった。



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