32急変
「お母さん、とりあえず、ひいおばあちゃんの言う通りにしよう?10分くらいいでしょう?」
「ふん、勝手にしたらいいわ!」
向井さんが廊下から戻ってきて無理やり母親を部屋から追い出し自、分もそれに続くと、部屋には文字通り、私と荒川結女の二人きりとなった。
「さて、本当に久しぶりね、蒼紗」
「本当にあなたが荒川結女、なんですよね」
「旧姓だけれどね。今は向井結女という名前よ」
二人きりになると、途端に雰囲気が変わり、私の知っている幼馴染の顔になる。彼女は気安い口調で私に話しかけてくる。まるで、久しぶりに町で会ったかのように軽い挨拶をしてきたので、戸惑ってしまう。とはいえ、私の確認の質問には迷うことなく肯定した。やはり本物の私の幼馴染で間違いないようだ。
「むかいゆめ……」
彼女は結婚して苗字が変わった。そして、自分の子供がさらに子供を産んで今ではひ孫までいる。私には縁のない人生を送っているのだ。同じ年に生まれたというのに、この差を生んだ自分の特異体質が恨まれる。
「私の今の名前なんてどうでもいいの。蒼紗、単刀直入に言うけれど、どうしてあんな化け物たちと一緒に暮らしているの?あなたのことを観察させてもらったけれど、あの子たちは」
荒川結女の人生について考えていると、彼女が私のことに言及する。そういえば、夢で彼女が出てきたときも、私に何か忠告していたような気がする。夢の中では何を言っているのかわからなかったが、ようやく理解した。能力を使って私のことを観察していて、彼らの正体に気付いたのだろう。そして、彼女の正義感が働いた。
しかし、忠告するのが遅すぎる。私はすでに彼らを手放すつもりはない。
「九尾たちが危険な存在だって言いたいのでしょう?そんなことは私が一番わかっている。それを承知で、私は彼らを自分の家に居候させているの」
「知っているのなら、どうして。だって、彼らは」
人外の存在なのよ。
最後の言葉はすでに聞き飽きるほど聞いたものだ。今更過ぎて何も思わない。だったら何だというのか。確かに人間の常識に当てはまらないこともたくさんある。だからと言って、人間の方がましということもないだろう。すでに人間の闇の部分もたくさん見てきた私にとって、人間も人外もそこまで変わらない。
「ああ、結局、あなたも私とは違う人種だった。そうよね、だってあなたは自分の子供がいて、さらには孫もひ孫もいるのだもの。違うに決まっていたわ」
急にかつての幼馴染が遠い存在に感じた。所詮、彼女はただの人間であり、少し他人と違った特殊能力を持っていただけだったということだ。自分の特異体質を恨んでいた気持ちも急激に薄れていく。
結局のところ、彼女は長い時を生きていくうちに常識にがんじがらめになってしまった。そう言うことなのだろう。
自分の忠告を聞く気がないとわかった荒川結女は、はあと深いため息をつく。そして、今度はまったく別の話を私に切り出す。
「まあ、あんたもすでに人外に近い存在になりかけているから、いまさら何を言っても仕方のないことだったわね。それはこの際、置いておくとして、あんた、誰かに狙われているのは知っている?」
私を観察していたと言っていたが、自身が狙われていることを知られていたとは驚きだった。相手がだれかを知っているかはわからない。とはいえ、私には尾行がついていたということか。
だとしたら、九尾たちはそれに気付いていて、私に何も言ってくれなかったのだろうか。それとも、大したことはないと、見て見ぬふりをしていたのか。どちらにしよ、相手はあの西園寺家に間違いない。
げほっ。
突然、荒川結女がせき込みだした。そして、急激に顔色が悪くなり、全身が震え始めた。
「だ、大丈夫?もしかして、身体の調子があまりよくな」
バタリ。
「ゆめ!」
そのまま机に頭をぶつけてしまう。慌てて駆け寄ると、顔色は真っ青で苦しそうに息をしている。いくら持病があったとしても、こんなに急激に体調が変化するだろうか。
「と、とりあえず、向井さんたちを呼ばないと」
このまま荒川結女を放置しておくわけにはいかない。いったん部屋を出て向井さんに助けを求めようかと思ったが、そんなことをしている間に、彼女の容態が更に悪化する可能性もある。
先に救急車を呼ぶことにした。カバンからスマホを取り出し、119番通報する。すぐに消防署につながり、担当の女性が状況確認の質問をしてくる。
「こちら119番消防署ですが、火事ですか?それとも、救急ですか?」
「きゅ、救急です。ええと、突然、家の中で倒れた知人がいて」
「救急ですね。では、住所を教えてください」
「住所……。ええと」
いきなり住所を聞かれても、とっさに答えることができない。ここは向井さんの家で、自分の家ではない。
「何か、目印になる建物などはありますか?」
私が答えられないので、相手は質問を変えてきたが、近くにそんな建物があったか記憶にない。どうしたものかと戸惑っていると、かすかに近くで声がした。
「あ、あおさ、はやく、このいえ、から」
「ゆめ!」
荒川結女が私の声を聞いて、苦し紛れに忠告する。自分の命の危機を前に何を言っているのだろうか。
「向井さん!」
なりふり構ってはいられない。私は部屋を出て大声を出す。向井さんでなくても、私の大声に、家に居る誰かが反応するはずだ。