31邂逅
「大学での話を姫奈からよく聞きますけど、その中によく出てくるのが先輩の話で、会うのを楽しみにしていたんですよ」
家の中もやはり、外観と同じく古めかしいつくりとなっていた。廊下を歩いて案内されたのは八畳くらいありそうなたたみの部屋だった。おそらく客間として使う場所だろう。向井さんによく似た面長の顔をした母親は私たちを案内すると、お茶を持ってくるからと離れていく。
「私も、お母さんの準備を手伝ってきます。あと、ひいおばあちゃんを呼んできます」
向井さんも母親に続いて部屋から出て行ってしまう。部屋に残された私とジャスミン、九尾に翼君、狼貴君で、これからどうするかを話し合うことにした。向井さん不在の間にしておくのが妥当だろう。
「本当に向井さんのひいおばあさんと対面することができるのかと思うと、緊張します」
「私からしたら、ただのご老人だけど、蒼紗にとっては特別な人?なのよね。そういえば、あんたたちのことに目もくれていなかったけど、私と蒼紗以外に見えないようにしているの?」
そういえば、私たちのことは快く案内してくれていたけれど、その後ろに続く九尾たちのことを不審がる様子はなかった。
「ああ、それは僕たちが」
翼君が話している途中で、ふすまをノックする音が聞こえた。席を外してからそこまで時間が経っていないように思えたが、向井さんが戻ってきたのだろうか。特に考えることなく返事をする。すると、ふすまを開けてやってきたのは。
「ようやく会うことができた!」
ふすまから顔を出したのは、私の夢に出てきた、向井さんによく似た面差しの高齢の女性だった。
「本当に、あなたは、私の幼馴染の、荒川結女、なの?」
「私の名前をよく覚えていてくれたわね。ずいぶんと長生きしているみたいだから、忘れているかと思ったわ」
部屋に入ってきた高齢の女性は、遠慮することなく、どっかりと私の隣に腰を下ろす。さて、ここから私はどうしたらいいのだろうか。突然の幼馴染の再会に、心の準備ができていない。今日会えるとは思っていたけれど、いきなり本人が目の前に現れるとは思っていなかった。
「戸惑っているところ悪いけど、少し、二人きりで話したいことがあるの。そこのお嬢さんと少年たちは席を外してくれるかしら?時間は取らせないから」
「ふむ。我たちに席をはずせというのか、図々しい奴め。とはいえ、人生残り少ない老いぼれに免じて、言うことを聞いてやろう」
「蒼紗の知り合いっていうのなら、仕方ないわね」
彼女の言葉に九尾とジャスミンは素直に従うつもりのようだ。翼君も狼貴君も異論はないようで、四人は席を立つ。
「あ、あの、お茶をお持ちしました……」
ここでタイミング悪く、向井さんたちが戻ってきた。向井さんは両手にお盆を持ち、その上には私たちの人数分の湯呑みが湯気を立てて置かれている。その隣には目を丸くしている母親の姿があった。
「ああ、姫奈に幸恵さん」
「どうして、あなたがここにいるのですか。今日は予定があるんじゃ」
「こんな大事な日に予定を入れるはずないでしょう?とりあえず、私はこの子と話があるから、姫奈、お盆のお茶を置いて、少し席を外してくれるかい?他の子たちの相手でもしてあげてくれ」
「あなたはいつも、私たちのことを考えもせず!」
なぜか、向井さんの母親が荒川結女を見て叫びだした。二人の関係はあまりよくないのかもしれない。とはいえ、今日は事前に向井さんの家に行くと約束していたはずだ。そして、向井さんは私たちを彼女、荒川結女に会わせることを楽しみにしていた。母親の言葉は矛盾している。
しかし、荒川結女は彼女の叫びを特に気にすることはなく、淡々と用件を告げる。そこに割って入ったのは向井さんだった。
「お母さん、先輩たちをひいおばちゃんに紹介したいって、私、言ったよね。もう、忘れちゃったの?」
「姫奈、あんたまで何を言っているの?」
「気にすることはない。彼女は自分の母親を失くして、私だけ図太く生きているのが気に入らないだけだ。姫奈が気にすることはない」
初めて聞いた情報だが、詳しく聞くのは他人の家族事情なのでためらわれる。
さて、このまま彼女たちの会話を聞いていたら、いつまでたっても荒川結女から話を聞くことができない。しかし、他人の家族の会話に口をはさむのはどうかと思って、なかなか口をはさむこともできない。
そんな微妙な空気を読みもせず、ジャスミンが口を開いた。
「私、お手洗いに行きたくなってしまいました。向井さん、案内してくれる?それと、この子たちがこの場にいるのが飽きてきたみたいだから、一緒に違う部屋で何かゲームでもしてもいい?」
「は、はい!わ、私の部屋でよければ、テ、テレビゲームでも、トランプでも何でもありますよ」
いつも思うが、空気を読めないように見えて、ジャスミンは意外に場の空気をぶち壊すことなく、その場の状況を変えることがある。いや、今回は能力を使っているらしい。瞳がヘビのように瞳孔が細くなり、腕にはうっすらとうろこのようなものが見えていた。よく見ると、ジャスミンににらまれた向井さんはわずかに震えている。なんとなく顔色も悪そうだ
「じゃあ、僕たちは席を外しますね。おばあさん、蒼紗さんをいじめないでくださいよ」
「蒼紗は結構、繊細なところもあるからな」
「では、我たちはお主の部屋にでも行くとしようか」
向井さんの様子を気にすることなく、九尾たちは彼女の言葉をそのまま受け取り、席を立つ。相変わらず自由な人外たちである。
「こ、こちらになります。お母さんもお茶を置いたら、部屋から出よう。ひいおばあちゃんと朔夜先輩が二人きりで話がしたいみたいだから」
「ふん、こんな大学生と何を話すというんだか、この老いぼれが」
ぞろぞろと向井さんに続いて九尾たちが部屋を出ていく中、母親はいまだに荒川結女に対して怒りが収まらないのか、不機嫌そうに部屋の外に立ち、乱暴に言葉を吐き捨てる。
「老いぼれには違いない。その老いぼれにかみついても仕方ないだろう?とりあえず、10分程時間をくれたらそれでいい」
しかし、彼女の方は母親の態度に慣れているのか、特に気にした様子はない。軽く受け流している。向井家の闇を垣間見た気がした。




