27向井さんの家に行く②
「遅い!」
何とか約束の5分前にたどりついた私は、すでにカフェの中で待っていたジャスミンに怒られてしまった。私以外はすでに来ていたようだ。綾崎さんも向井さんも苦笑いをしながら、私を見つめていた。
「す、すいません。雨がひどくて」
「雨を言い訳にしない!今の季節、雨が降るのなんて当たり前でしょう?」
「はい……」
家を出た直後は曇り空だったのに、待ち合わせ場所のカフェに近づくにつれて、大粒の雨が降ってきた。幸い、天気予報では雨だと言われていたので折り畳み傘を鞄に入れていた。そのため、雨に濡れることはなかった。
それにしても、待ち合わせ時間には遅刻していないのに、なぜか私は彼女たちに謝罪していたのが解せない。とはいえ、すでにみんなが集まっている中で、私が最後に到着したので仕方ない。私はそのままジャスミンの隣の席に腰を下ろした。
せっかくカフェに入ったのだからと、少し休憩してから向井さんの家に向かうことになった。窓の外を見ると、雨は止む気配はなく、ザーザーと音を立てて降り続いていた。
「向井さんはどこに住んでいるの?大学近くのカフェに集合ということは、家はこの辺なの?」
私と向井さんはホットコーヒーを注文し、ジャスミンはカフェオレ、綾崎さんはオレンジジュースを注文して喉を潤していると、ジャスミンが最初に口を開いた。
「電車で一駅ですよ。そこまで遠くはありません」
「ふうん。ねえ蒼紗、今日なんだけど、蒼紗は向井さんの家に行かない方がいいと思う」
「佐藤さん!直球過ぎですよ。もう少し、言葉を選んで」
「選んだところで、蒼紗が向井さんの家に行かせないということに変わりはないでしょう?さっき、向井さんとも話し合ったから、来てもらって悪いけど、もう家に帰ってくれる?」
ジャスミンの口から予想外の言葉が飛び出した。それに対して、綾崎さんも向井さんも事前に話し合っていたのか、反論しようとしない。綾崎さんは的外れなことでジャスミンに抗議していたが、それすら私が向井さんの家に行かせないように遠回しに話した方がいいというものだった。
「だったら、どうして最初に電話でもメールでもしてくれなかったんですか?」
とはいえ、彼女たちの指示に「はい」と素直に従うのは無理がある。私は向井さんの曾祖母と直接対面して話したいことがあった。夢の内容を確認したり、彼女の能力についても問いただしたりしたい。
「それは、蒼紗と向井さんのことを思って」
「じゃあ、僕たちが蒼紗さんの代わりに行ってきましょうか?」
「つ、翼君?それに九尾たちもどうして」
ここで、タイミング悪く九尾たちが私たちの席の近くにやってきた。確かに私と一緒に向井さんの家に行きたいとは言っていた。しかし、一緒に行くとは一言も聞いていない。勝手についてきて、外から私たちの様子を観察するとばかり思っていた。
「朔夜先輩!彼らは一体」
「ああ、あんたたち、ちょうどよいところに来たわ。ちょっと面貸しなさい。佐藤さん、向井さん、蒼紗とここで時間をつぶしていてくれる?すぐに話は済むと思うから」
向井さんが驚くのも無理はない。なんせ、彼らはケモミミ美少年。いや、さすがに頭にケモミミは生やしていないが、私に接点のなさそうな小学校高学年くらいの少年たちだ。そんな彼らが親し気に私に話しかけてくるのを疑問に思うのは当然だ。
「構わん。蒼紗、少し、蛇娘と話をしてくる」
「じゃあ、僕もついていくよ。狼貴はここに居てよ」
「わかった」
そんなことを考えているうちに、ジャスミンと翼君、九尾は私たちから離れていく。どうやら、他の席に移動するようだ。店員に話しかけて、私たちから少し離れた席について、何やら真剣な様子で話し合いを始めていた。
「ええと、あなたたちは、朔夜先輩と知り合い、なんですよね」
「まあ、そうだ」
「……」
狼貴君は元々、口数が多い方ではない。他人とはあまり話さない性格である。向井さんの質問に肯定するのみで、その後は沈黙となってしまう。しかし、沈黙は長くは続かなかった。すぐに九尾たちが話を終え、私たちの席に戻ってきた。
「話は終わった。とりあえず、蒼紗はこいつの家に行かないことで話が一致した。我たちが代わりに会ってくることになったから」
「嫌です」
勝手に私のことを決めつけないでほしい。私は会うと決めたのだ。私が否定の言葉を口にすると、九尾にため息をつかれた。ちらりとジャスミンを見ると、ジャスミンも同じようにため息をつく。
「まあ、そう言うとは思っていたわ。とはいえ、蒼紗。あんたは今」
「結局、皆さんが私の家に来てくださるということですよね」
剣呑な空気になっていたところに割って入ってきたのは向井さんだった。
「蒼紗はいかないことにな」
「いいえ、やっぱりみんなで私の家にいらしてください。ひいおばあちゃんも大勢の方が喜ぶと思います」
「何言って」
『私がそう言っているのが聞こえないのか。小娘』
ジャスミンが反論すると、急に低い声で向井さんが脅すように口を開く。今までの口調ががらりと変わり、まるで人が入れ替わったかのようだ。
『私はそこの娘と話がしたい。後は、そこのガキの姿をしている奴らとも』
続けて私たちを指さして用件を告げると、向井さんの身体からふっと力が抜けて、床に倒れそうになる。慌てて身体を支えると、向井さんはスースーと寝息を立てていた。