23本来の年齢ならば
「以前お話した、朔夜先輩がひいおばあちゃんの言っている幼馴染かもしれないという件ですけど」
最初に前置きをしてから、向井さんは気まずそうに私に視線を向ける。すでにひいおばあさん(荒川結女)の幼馴染=私、という図式は私の頭の中で出来上がっている。今更驚くことも困惑することもない。気にするなと言う意味も込めて、軽く頷いて話を促す。
「ええと、やっぱり、彼女の中でそれは絶対らしくて、『私が死ぬ前に早く会わせろ』ってうるさいんです。ちょうど塾に行く日も、そのことで少し口論になりました」
老い先短い彼女はどうしても私に会いたいらしい。私としても、会って思い出話に花を咲かせたいが、そんなことは不可能だろう。とはいえ、会わないという選択肢は私の中にはなかった。
ちらりと私の様子をうかがうように視線をこちらに向けた向井さんに、にっこりと微笑みを返す。
「向井さんのひいおばあさんが私に早く会いたいと……。ですが、私は見ての通りのただの大学生です。あなたのひいおばあさんのお眼鏡にかなう相手とは思えませんが」
「ひいおばあちゃんはかたくなに、自分の幼馴染はまだどこかで元気に生きているとばかり言うんです。それが最近、顕著になってきことは、前にも話しましたよね」
「私がそのひいおばあちゃんの言う幼馴染だという話ですよね。さすがにそれはありえません。向井さんも信じていないのでしょう?」
自分と同じくらいの年齢の幼馴染など探すのは困難だろう。結婚して遠くに引っ越している可能性もあるし、亡くなっていることも十分あり得る。それなのに、彼女がそこまで強く幼馴染が生きていると確信できている理由はすでにわかっている。
「そうなんです!私も今回ばかりはひいおばあさんの言動を嘘だと思いました。でも、なぜか、私が大学でのことを話していたら、急に食いつき気味に私の友人関係について聞いてきました。同学年の親しい子とか、先輩たちのことも話しました。そうしたら」
「私に興味を持った」
「なんでですかね。先輩は私より一つ上のただの大学生なはずで、ひいおばあちゃんの幼馴染につながるはずがないのに」
話しながらも疑問に思っているのか、首をかしげている向井さんに、かける言葉が見つからない。そういえば、向井さんのことで車坂や翼君、七尾に言われた言葉を思い出す。
「向井さんは、自分に何か憑りついていると感じたことはありますか?」
無意識のうちに質問していた。
『何かに取り憑かれている』
彼女の後ろに目を凝らすが、何かに取り憑いているかは私にはわからない。幽霊らしき物体が視えるわけでもない。
「幽霊とかですか?やっぱり、この大学に来る人達はオカルト好きですね」
「オカルト好きというか……。まあ、そんなところかもしれません」
私の質問に彼女は少し考えるそぶりをして見せたが、思い当たる節はないようだ。よほど、彼女にばれないように取り憑いているのだろう。もしかしたら、今この瞬間も、向井さんに憑りついていて、私のことを視ているのかもしれない。
「やっぱり、この大学に入ってよかったです。幽霊とかの存在に興味はあったんですけど、なかなか同じように興味を持った人は周りに居なくて、先輩たちもそうですけど、周りの人たちも」
「それで、いつなら向井さんの予定は空いていますか?バイトは向井さんと一緒にやっている塾一つしかやっていませんし。授業も二年生になってだいぶ必修も減りましたから」
いつまでも向井さんの話につき合っているほど、私も暇ではない。とりあえず、早く会いたいと言っている向井さんのひいおばあさんの要望に応えることにした。
「えっと」
「ひいおばあさんに会う日ですよ。老人の願いを聞くのは、私たち若い人たちの仕事でもありますし」
自分の発言した内容に頭を抱えたくなるが、仕方ない。老人と呼ばれるほど生きている私はむしろ、彼女たちに願いを叶えてもらう側なのに、皮肉なものである。
「その、ありがとうございます。ひいおばあちゃんも喜ぶと思います。次の日曜日はどうでしょうか」
「大丈夫ですよ」
「先輩って、大学とバイト以外に何もしていないんですか?日曜日と言っているのに、即答なんて」
なぜか、生暖かい目で向井さんから見られている。何か、変なことを言っただろうか。はあとため息までつかれてしまった。
「私が言うことでもないですが、もしかして、バイトと大学の往復だけではないですよね?せっかくの大学生活、もったいないと思います」
自分より年下の子に説教されてしまう。実年齢ではかなりの年下で、それこそ、曾祖母とひ孫の関係になってしまう。そんなひ孫のような年齢差の少女に人生を語られても困る。
「あの、もしよかったら暇なときは私と一緒に遊びませんか?私が先輩に大学生活の楽しみ方を伝授します!」
「ああ、うん。別に要らないかな」
そもそも、彼女はまだ大学に入学してから一年も経っていない。そんな大学生初心者に教わることなどない。それに、自慢じゃないが、私はすでに大学生活を一度送っていて、現在二回目の最中である。いうなれば、大学生活のプロともいえる。そんな私にかける言葉ではない。
思わず断ってしまったが、別に構わないだろうと反応をうかがうと、思いのほかショックを受けていたようだ。ガーンという効果音が響き渡りそうな落ち込んだ表情をしていた。
「まさか、断られるなんて……」
「向井さんと遊ぶことを断っても、ひいおばあさんのところには行くつもりだから、安心して」
「ワカリマシタ」
「あと、前も会った、私の友達二人にも予定を聞いてみますね」
「佐藤先輩に綾崎先輩ですよね。ぜひ、来てくださいと伝えてください」
こうして私は、次の週末にジャスミンたちと一緒に、彼女のひいおばあさんに会うことになった。
向井さんと話を終えた私がジャスミンと綾崎さんに連絡を取ると、彼女たちは日曜日にも関わらず、即答だった。
『絶対行くから』
だそうだ。日曜日に予定があるのは普通のことのようだ。