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1懐かしい顔

 あなたは、知り合いに似ている人を見かけたら声をかけるだろうか。私は、絶対にその人が知り合いだと確信できない場合は、声をかけない。


 大学構内を歩いていたら、そんな状況に出くわした。たまたま、私の隣を歩く人間はいない。いつもは騒がしい彼女たちが、今は近くにいないことが幸いした。おかげで、その知り合いによく似た女性をじっくりと観察することができた。黒髪を肩まで伸ばし、黒い半そでTシャツにジーパンを履いていた。一重の細い瞳にすっとした鼻立ちの面長の顔。友達らしき女性二人と楽しそうに話をしていた彼女を見かけ、思わず、彼女たちの死角に隠れてしまう。


荒川結女あらかわゆめ


 その女性は、私の幼馴染、荒川結女にとてもよく似ていた。しかし、そんなはずがないのは、私が一番よくわかっている。だって、彼女がもし生きていたとしたら、とうにそんな年齢を通り越して、孫やひ孫がいてもおかしくない年齢だから。




「おはよう、蒼紗!あれ、どうしたの?なんか変なものでも見えた?蒼紗に限って、幽霊みたいなのが見えたところで、驚きはしないかと思っていたけど。それより、今日の服装は一体何をイメージしているの?」


「おはようございます、蒼紗さん!佐藤さん、蒼紗さんに失礼ですよ。確かに蒼紗さんは幽霊を見て驚くような人ではないですけど、蒼紗さんにだって驚くことくらいありますよ。例えば、ドッペルゲンガーを見たときとか。今日の服装も似合っていますよ!」


 女性はすぐに廊下の角を曲がって見えなくなった。その直後、彼女たちが私に気付いて近づいてきた。どうやら、私の女性を見つめる表情がおかしかったらしい。


「おはようございます。ジャスミンに、綾崎さん。今日はもうすぐ夏ですので、浴衣を着てみました。頭のこれは鬼の角をイメージしています。それと、別に変なものは見えていませんよ。ただ」


『ただ?』


「いえ、大したことではありません。私の知り合いによく似た女性を見かけたものですから、少し驚いただけです」


 二人の妙なところで息ぴったりのハモり具合に笑えてしまう。先ほど見た女性に抱いた複雑な思いは、胸の奥にしまいこむ。服装については、納得したのかスルーされた。黒地にアジサイ柄の模様が入った浴衣に、頭に鬼の角をつけてみた。すでに大学に入って二年が経つ。私の目立つ格好に注目する学生や教授はいなくなっていた。


 ちなみに、ジャスミンと綾崎さんは、今日は私に合わせてコスプレはしていなかった。ジャスミンは黄色の七分袖のTシャツに緑のロングスカート。綾崎さんはクリーム色の半そでのブラウスに紺色のクロップドパンツで、普通の大学生の格好だった。



「知り合いかあ。その知り合いって、いつ頃知り合った人なの?知り合った時期によっては、確かに驚きかもしれないわね。だって、蒼紗は」


「ジャスミン、それ以上は」


「佐藤さん、言っていいことと悪いことがありますよ。蒼紗さんがいくらコミュ障で知り合いが少ないからって、それを口にしてはいけません」


「えっと」


「コミュ障でミステリアスな雰囲気の蒼紗さんに、知り合いが少ないのは仕方ないです。でも、今は私たちがいるから心配いりません!」


私がつぶやいた「知り合い」という言葉にジャスミンが反応した。ジャスミンの言いたいことがわかったので、慌てて口をはさむ。しかしそれを遮り、綾崎さんが予想外の言葉を口にする。どうやら、私の特異体質がばれていないようだ。しかし、ばれなくて安堵している場合ではない。コミュ障で知り合いが少ないとは失礼な話だ。私は別に、好きでコミュ障でミステリアスなキャラになったわけではない。



「ハハハハハ!」


それを聞いたジャスミンが大声で笑い出し、私の肩をバンバンと容赦なくたたいてくる。いったい、何がおかしいのだろうか。いや、コミュ障でミステリアスというキャラというが笑いのツボに入ったのかもしれない。


「ああ、おかしい。そうよ、そうだった。蒼紗のことをよくわかっているじゃない!蒼紗はコミュ障の人見知りのミステリアスキャラだった。だから、知り合いに似ている人がいるなんてないでしょ。きっと、他人の空似だわ」


「そうですよ。そんなに深刻そうな顔をしないでくださいよ。ほら、早くしないと授業が始まりますよ!」


 二人が急いで講義室に向かおうと歩き出す。私が立ち止まっていると、二人は振り返り、不思議そうに私を見つめてくる。


 ちらりと廊下の窓から空を見あげると、梅雨の季節らしく、どんよりとした雲が広がっていた。雨は降っていないが、いつ雨が降ってもおかしくない空模様だった。


「あなたたちはもう少し、私に気を遣ってもいいと思います」


 失礼な彼女たちの言葉に地味に傷つきながらも、振り返った彼女たちを通り過ぎ、次の授業が行われる教室に向かった。その後ろを二人は楽しそうについてきた。



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