13組合でのバイト初日
その日は疲れていたので、九尾に新しいバイトの子が入って、たまたまその子が私の大学の後輩だと告げるだけで、すぐにお風呂に入り寝てしまった。
「お主、やばい奴に目をつけられたかもしれんな」
次の日、私がいつものように起床する。パジャマから半そで短パンに着替えて部屋から出ようとしてドアを開けたら、そこに九尾が立っていた。
「九尾の言う通りだ。とはいえ、相手がわかっているのなら、対処しやすい」
「今日から、新しいバイトですね」
ひょっこりと九尾の後ろから翼君と狼貴君も顔を出す。三人そろうと、本当にここは天国かと間違えてしまうほどの光景になる。ケモミミ美少年が三人もそろえば当たり前だろう。しかも、なぜか三人とも起きて間もないのか、パジャマ姿で眠そうに目をこすりつつも私を見上げる形なので、破壊力が半端ない。
「ああ、こやつは我たちの言葉が耳に入っていないようだ。まったく、われたちが住み始めてからすでに一年が経つのに、困ったものだ」
「蒼紗さん、そろそろ目を覚ましてください!組合でのバイトがあるんですよね?」
「おい!」
急に目の前が真っ白になり、とっさに目を閉じる。恐る恐る目を開けると、ケモミミ美少年が見当たらない。その代わりに目の前には青年男性が三人になっていた。九尾たちは普段はケモミミ美少年であるが、必要に応じて姿を青年の姿に変えることもできる。イケメンではあるのだが、青年姿ではドキドキするだけで特に興奮することもない。
「はあ。それで、朝から部屋の前で待っていて、私に何の用事ですか?」
すっかりその姿を見て目が覚めた。そして今日の予定を思い出す。今日は土曜日で、雨水君の組合でのバイトの初日だった。
「この姿になると、急に冷静になるのは相変わらずだな。普通はこの姿を見てドキドキして、平静を保てなくなると思うが」
「そこは蒼紗さんですから」
「まあ、正気に戻ったなら別にいい」
何やらこそこそと私のことを話しているようだが、私の耳に届いてしまっている。
「まあ、お主がおかしいのはいつものことだからな。平常運転で何よりだ。用事だが昨日の新たなバイトの女についてだ」
「向井さんのこと?」
どうやら、昨日、少し話した向井さんのことで気になることがあるようだ。そういえば、さっき九尾は何か大事なことを言っていなかったか。とはいえ、今はそんなことを悠長に話している場合ではない。部屋の中の壁時計に目を向けると、雨水君との待ち合わせ時間がすぐそこに迫っている。
「向井さんの詳しい話はまた、バイトが終わったら聞くね。急いで出かける支度をしないと!」
起きる時間が遅かったようだ。慌てて出かける支度を始めると、九尾たちは話をあきらめたのか、自分たちの部屋に戻ってしまった。
私は、先日面接を行った組合のビルの前にやってきた。今日は初日ということで、特別に雨水君も一緒にバイトの手伝いをしてくれるという。そのため、彼とはビルの前で待ち合わせとなっていた。
10時30分に約束していて、何とか5分前に到着することができた。雨水君はすでにビルの前に立っていた。慌てて彼に近づくと私に気付いて声をかけてくる。今日は雲一つない晴天で、すでに気温が上がっていてかなり暑かった。
「おはよう、朔夜。今日からよろしく頼む」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「相変わらず、しけた服装をしているね。大学での奇抜な格好はしないの?」
待ち合わせ場所には雨水君一人ではなく、七尾も一緒についてきたらしい。大学に来る時と同じ青年姿で雨水君の後ろに立っていた。大学での恰好にはきちんと理由がある。大学内でやることに意味があるのだ。普段のプライベートに着る必要はない。
「七尾、私の服は普通です」
今日の服装は黒い半そでのパーカーにジーンズで、しけた格好と呼ぶほどでもないはずだ。それを言うのなら、目の前の雨水君や七尾だって似たようなものだ。雨水君は灰色の無地のTシャツに黒いズボン、七尾は白いTシャツに紺のクロップドパンツだ。とはいえ、彼らは元がいいので、同じしけた格好をしていても、様になるのが憎らしい。
「確かに、服は普通だったな。言い間違えた。中身がしけていたな」
まったく、人外とやらは誰も彼もが失礼なことを言う。いちいち気にしていたら身が持たない。
「七尾、言っていいことと悪いことがある。朔夜は別にしけてない」
「ふん、ただの冗談もわからないとは頭が固い奴め」
雨水君が七尾をたしなめてくれたので、少しだけ気分が良くなった。私たち三人は、ビルの中に入ることにした。
建物内に入ると、受付でバイトの内容を確認する。
「普通は、スマホに連絡が入って、バイト内容を知ることができるんだが、初回だけはここに来て、バイトの内容を確認することになっている」
受付に居たのは、面接を受けたときにもいた女性三人だった。しかし、今回はきちんと対応してくれて、すぐにバイト内容が書かれた紙が入った封筒を私に渡してくれた。封筒をもらった私たちはすぐに建物を出て、すぐ近くのファミレスに入ることにした。
「な、なんで九尾たちがいるんですか!」
ファミレスには、なぜか、家に居るはずの九尾たちが席に座っていた。今日は少年姿ではなく、朝も見た青年姿だった。雨水君と一緒にバイトをするとは伝えたがついてくる様子はなかったので、そのまま家でゴロゴロ過ごすのかと思っていた。
「蒼紗さんだけでは心配だったんです!」
「目を離すと何をやらかすかわからない」
「我の眷属がこう言って聞かなくてな。主人である我も同感だったから、こっそりと様子を見に来たというわけだ」
心配してくれたのは翼君だけのようだ。とはいえ、来てくれたのなら一緒にバイトを手伝ってくれるということだろうか。
「信用されていないんだな」
「お前のとこのガキよりも年上だが、年だけ取っているみたいで落ち着きがないからな」
七尾がぼそりとつぶやいた言葉に反応したのは九尾だった。落ち着きがないとはどういうことかと問いただしたかったが、ここは店内である。私は反論したい気持ちをぐっと抑えて、とりあえず席に着こうと雨水君に目配せする。それに気づいた雨水君が頷く。
私と雨水君は九尾たちと同じ席に座ることにした。七尾もしぶしぶといった感じで雨水君の隣の席に着く。
ちなみに今回は、注文はしていなかったようで、テーブルには店員が最初においてくれた水の入ったコップとおしぼりしか置かれていなかった。




