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12彼女と幼馴染の関係

「向井先生って、朔夜先生と違って教え方が上手だね!」

「向井先生、彼氏っているの?」

「先生って、男からもてるでしょ?」


「ええと」


 今日は三つ子が塾に来る日だった。三つ子の名前は、長男から陸玖りく海威かい宙良そら。中学一年生のころから塾の生徒として見ているが、二年生に上がっても、相変わらず彼らを見分けることは難しい。いまだに誰が誰だかわからないことがあるくらいだ。黒髪を短髪で、部活で焼けた黒い顔。いかにも中学生男児といった風貌である。


 三つ子は、塾に入るとすぐに自分の席に着くが、新しくバイトに入った向井さんに興味を示し、休み時間には彼女を質問攻めにしていた。


「こら、一度に質問しない!向井先生が困っているでしょう?」


「だって、なんだか普通の先生っぽいから、つい気になって」

「この塾って、変な先生が多いから、普通の先生ってなんだか新鮮で」

「別に朔夜先生たちをディスっているわけではないけどね」


 質問された向井さんは、困り顔で私にどうしたらいいかと視線で訴えてくる。私が注意しても、聞く耳持たず。今度は私たちのことを普通じゃないと言い始める。全く困った生徒である。それを聞いた普通ではない先生は大人気なく反論する。

 

「私たちが普通ではないみたいな言い方ですね。いったい、どの辺が普通ではないと言いたいんですか?私ほど、人間らしい普通の生活をしている者はいないと思いますけど」


「ぼ、僕だって普通ですよ。この見た目のどこか普通ではないというんですか。確かに家で

はあれですけど!」


 人外二人は何を張り合っているのだろうか?別に人間ではないのだから、普通でなくてもいいではないか。


「自分で普通とか言っちゃう時点で普通じゃないんだよ」

「そうだよね」

「朔夜先生は反論しないみたいだけど」


「私は自分が普通だとは思ってはいないので、特に気になりはしませんけど、変っていうのは気になりますね」


『ふうん』


 私の言葉に納得したのかしないのか、あいまいな返事をする三つ子たち。さて、そろそろ休憩時間は終わりである。私の塾では一時間に一回ほど、10分程の休憩時間を設けている。それ以外の時間はそれぞれが決められたカリキュラムに沿って、塾で配布されるテキストを進めることになっていた。


 休憩時間が終わりということで、三つ子はしぶしぶと自分の机に置かれたテキストと向き直る。そんな彼らを見ているうちに、つい、無意識に向井さんに抱いていた疑問を彼女にぶつけてしまった。



「ねえ、あなたの親戚に荒川結女あらかわゆめっていう女性はいる?」


 私の発言により、先ほどまでのざわめいた雰囲気が一気に静まり返る。気付いた時にはすでに口から出た後である。とはいえ、気になったことを聞けたので、不気味なほど静かになってしまったことは無視することにした。


「荒川結女は……」


「先生、今日はここまでやればいいの?」


 微妙な空気を壊したのは、三つ子の長男の陸玖君だった。はっと壁にかけられた時計を見ると、確かに休憩時間が過ぎていた。その言葉でようやく周りも動き出す。何か言いかけた彼女も、仕事の場だと気づいたのか、その後の言葉を聞くことができなかった。




「先生、さようなら」


 休憩時間後は、三つ子は特に向井さんに質問することなく、真面目に塾で出された課題に取り組んでいた。まるで、休憩時間がなかったかのような真面目ぶりに違和感を覚える。しかし、真面目にテキストに取り組む姿に何か言うこともできず、なんとも言えない気持ちになりながら、彼らの勉強を見るのだった。


「ねえ、先生。たぶんだけど、あの先生は何かに憑りつかれているよ。下手な言動は避けた方がいい」


「海威の言う通りだよ。先生が誰の名前を言ったのか知らないけど、その人の名前は向井先生の前では禁句かも」


「それって」


「海威に宙良、帰るぞ」


『ハーイ』


 静かだった三つ子は、意味深な言葉を残して帰っていった。彼女に何が憑りついているというのか。まさか、三つ子には幽霊などの霊が見えていて、私に忠告してくれたのだろうか。




「はあ、さすが、あの三つ子には敵いませんね」


「蒼紗さんって、変な知り合いが多いですよね。そういう人たちを呼び寄せる何かを持っているんでしょうか?」


 塾の生徒たちが帰り、私たちは塾の後片付けをしていた。向井さんは最初のバイトということで、先に帰ってもらい、今は私と車坂、翼君の三人しかいない。


「彼女も私と同じ、能力者とでも言うのですか?」


 そんな言い方をするということは、彼女も私たちと同じで普通の人間ではないということだ。いったい、どんな能力を持っているのか。三つ子が言っていた言葉とも関係があるのだろう。


「いえ、向井さん自身はただの普通の人間です。ただ、彼女の血縁の中に能力者がいますね。それも、なかなか珍しい能力の持ち主が」


「彼女の血縁者……」


「そういえば、蒼紗さんが口にしていた荒川結女とはいったい誰ですか?」


 私は彼女について、自分の考えを彼らに話すことにした。


「似ているんです。向井さんと私の幼馴染だった新川結女が……」


 私には幼馴染がいた。家が近所で、幼稚園の頃からずっと一緒に過ごしてきた。よくあるお隣同士の奴だ。彼女の名前が荒川結女あらかわゆめであり、私のように、年を取らない特異体質でなければ、今頃おばあさんと呼ばれる年齢となっているだろう。


 彼女の若かりし姿に向井さんがそっくりだった。彼女が20代の大学生の頃に瓜二つだったことで、私の普通の人間だった時の記憶がよみがえったというわけだ。


「なるほど。向井さんが朔夜さんの幼馴染にそっくりだというのですね。だから、先ほど向井さんに対して、親戚がいるのかということを聞いたのですね」


「気になるのは、私が質問したら、向井さんの様子が変わったことです。向井さんと私の幼馴染はやはり、似ているということだけあって、無関係ではないのかもしれないということ、ですか?」


「気になるなら、直接聞いてみればいいんじゃないですか?同じ大学に通っているのなら、会う機会もあると思いますけど」


 翼君の言う通りだが、自分の昔の幼馴染のことを聞いても、私にはどうすることもできない。もしまだ生きていたとしても、幼馴染が高齢女性として年を重ねているのに、私は年を取っていないのだから、会って話をすることは無理だろう。


 とはいえ、聞いてみて損はない。私がもし、普通に年齢を重ねていたらどのように年を取っていたのか。彼女のことを聞けば、具体的に想像できるかもしれない。それだけでも価値があるというものだ。私の周りには年を取らない人外ばかりで、時間の流れがおかしいので、たまには普通の人間の時の流れを感じるのもいいかもしれない。



 家に帰る途中、翼君は三つ子や死神が言っていたことを詳しく説明してくれた。


「あの死神は、向井さんの血縁者の中に能力者がいると言っていましたが、それは本当でしょう。その血縁者の能力は、他人に憑りつくというものです」


「他人に憑りつく能力?」


「はい。蒼紗さんには見えませんでしたか?彼女の背後に霊のようなものがいたんですよ。あの死神はすぐに気付いたみたいですし、三つ子も蒼紗さんに警告していたでしょう?」


「それって、自分の魂を他人に……」


「おそらくそうでしょうね。彼女に憑りついて何がしたいのかはわかりませんけど」


 いきなり、オカルトじみた話になってきた。翼君と過ごしてもうすぐ一年。彼が嘘をつくとは思えないし、死神の車坂や塾の生徒の三つ子が私に冗談を言うことはないはずだ。


「そういうことは、九尾の方が詳しいと思いますから、家に帰ったら聞いてみたらいいと思います」


 翼君はそれ以上のことは話してくれなかった。空を見上げると、キレイな満月が輝いていた。前を歩く翼君は月明かりに照らされて、なぜだか儚く消えてしまいそうに見えた。


「ねえ、翼君。翼君は……」


 年を取らないで、永遠に近い時を過ごすことに絶望しないのですか。


「なんですか?」


 私の声に振り向いた翼君は、生前の姿の20代前半の普通の青年にしか見えなかった。しかし、その中身が年相応の青年なのかは私にはわからなかった。



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