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スープ リンゴ酢と具沢山の野菜のスープ 配膳

「なぁ~、悪かったって。いやほんと、調子に乗って叩きすぎたのは謝るって。だからそんなに怒るなよぉ~、機嫌直せよ、なあなあなあ~」


 腹にしこたま拳と平手打ちをお見舞いしてしまったバシュターナは、不機嫌そうな表情を浮かべながら前方を歩くモラルの背を追いかけつつ、形ばかりの謝罪の言葉を口にし続けていた。

 語尾や声の調子から、本気の謝罪でない事は明らかである。


 こんな奴とは付き合っていられない。

 そうとばかりにモラルは昼寝現場から離れ逃げ出そうとしたのだが、バシュターナはそんな彼をしつこく追い掛け回すのだ。

 流石のモラルも辟易してしまって、妥協の心でバシュターナの謝罪の言葉を受け入れた。


「いいよ、いいよもお。もうはたかないってやくそくするなら、ゆるしてやる」

「マジかっ! ありがとよ、盟友ッ!」


 ――ベチィンッ!


 今度は尻を一発叩かれた。

 早速約束を破られたようなものではあるが、バシュターナはさして気にした風もない。

 どうやら尻は別腹であるらしい。


 モラルは再度ため息をつく。

 もう余計な言葉を言わない事こそが最良の対処法だろうと、あきらめの境地でバシュターナの自由気ままな行動は放っておくことに決めてしまう。

 そんなモラルの内心にも気づかないまま、バシュターナはその背後をひょこひょこしながら付いて回るのだった。


「それで、お前、元気してたか? 随分でっかくでっぷりしてるけど、何喰ってたんだ? ここの村の飯が原因か? にしちゃそこらの住民、お前ほどにゃでっかくねえなあ……ちょいと太り気味ではあるけどよ。というかお前、今日は一体どこほっつく歩いていたんだよ。あたしゃずうっとそこらを歩き回って、お前を探し続けていたんだぞ」

「……ながいながい。ナインティーじゃあるまいし、おもったことぜんぶをイッキにいうんじゃあない」

「おお、わるいわるい。それじゃーまあ、とりあえず、どこに居たのかだけ教えろよ」


 バシュターナは小走りして回り込み、立ちふさがってモラルを通せんぼする。

 じゃらじゃらからからという装飾品が立てる音色と共に、またもやきわどい部分がちらりとする。

 モラルは相変わらず無頓着だなあと思いながらも、質問に答えた。


「ムラのはたけのてつだいをしてただけだ」

「畑ェ!? お前、冒険者が、第二級の戦いの魔術師サマが、畑仕事って……あひゃひゃひゃひゃ、お前、あたしを笑い殺すつもりかよ、あっははははひゃあ!」

「……そんなにわらえるトコロある?」


 品の無い笑い声をあげるバシュターナの態度に少しムッとしながらも、モラルは彼女の肢体を押しのけて、のしのしと歩き出す。

 一方バシュターナはといえば特に悪びれた様子もなく、ひひひと小さく笑いながらモラルの背を追いかける。

 二人の体格差もあってか、気ままな子猫と散歩している姿にも見て取れた。


「それじゃ、ふたつ目の質問だ。……お前、今ドコ向かってんの?」


 モラルは振り返りもせずに答える。


「シューカクブツでつくったまかないりょーりを食べにいくところだ」

「ああ、メシか。そういやあたしも腹が減って来たなあ。なあなあ、そのまかない料理、仲間のよしみってことであたしにも食わせてもらえる様に頼んでくれねえかぁ? なあなあいいだろーいいだろぉ?」


 バシュターナはモラルの尻たぶをわしづかみにし、もにゅもにゅとこねくり回しながら懇願する。

 モラルの尻肉はとんでもないほど柔らかで張りのある揉みごこちがあり、触っている(バシュターナ)側はその感触を中々楽しんでいる様だが、揉まれている(モラル)側としては歩きにくくてしょうがない。

 おそらく断れば延々と尻を触られ続けてしまうに違いないと悟り、仕方はなしにとモラルは二つ返事で請け負った。

 返事を聞いて、バシュターナは上機嫌になり、携えていた矛槍をぶうんぶうんと振り回す。


 ――ブォウ、ブォウ、ビュンッ!


 その槍捌きは見事なもので、利き手の指先だけで器用にぶんぶんと振るってみせる。

 握力任せというわけでもなく確かな技術でもって繰り出せる、前衛役としての確かな腕前を誰ともなしに披露していた。

 それを尻目にモラルはそそくさと――そんな言葉で言い表すにはまるで向いていない巨体であるが――目的地に向かう足をほんの少しだけ速めて進む。


 次第にあたりにとても良い匂いが漂い始めた頃になると、次第に人の姿ちらほら多く目に留まるようになる。

 皆服の端々が泥や土などで少なからず汚れている。

 その様子から察するに、それなりに大規模な収穫でも行っていたのかなとバシュターナは予想した。


「おや、フリーガン殿。途中から姿をお見掛けしないと思っておりましたが、まさかかような女性を連れて参られるとは……いやはや、やはり魔術師というものは少し世俗と離れたものがあるようですな」

「……おい、モラル、何だこのオッサンは」


 炊き出し場に張られた簡易調理場の目の前で、二人は髭モジャの男に話しかける。

 じろじろとしたぶしつけな視線には見慣れているバシュターナだが、口の端々からモラルに対する揶揄や嘲笑にも似た気配を感じ取ってしまい、少し険になりながら男の正体を問いかける。

 おのれの格好を棚に上げての質問だが、これはいつもの事なのでモラルは気にすることなく疑問に対し答えを返す。


「ここらのハタケのカントクヤクをしてる、タードナーさんだ」

「どうも、只今ご紹介にあずかりました、春夏野菜の現場主任のタードナーでございます。以後お見知りおきを、お嬢さん」

「……おう」


 少し気取った挨拶をするタードナーに対し、バシュターナは少し横柄な態度で返事をする。

 興味が無いというものあるが、彼女はこの手の相手は余り好きでは無かったのだ。

 モラルはぼりぼり腹を掻きながら、取りなす言葉を口にする。


「タードナーさん、こちらは我の()()()のバシュターナという蛮勇士だ。よろしければカノジョにも、まかないりょうりをふるまってほしいのだけど、よろしいか?」


 タードナーは少し意外だなという表情を浮かべ、二人の姿を見比べる。

 今の姿が余りに印象的過ぎるせいで当初の姿をおぼろげながらに思い出す事しか出来ないが、村に来たばかりのモラルの姿は、もっとひょろりとした痩せぎすの男であった。

 いわゆる冴えない風体の典型的な魔術師らしい体格であった。


 そんな彼の元仲間に、こんな激しく扇情的な格好をした、見目麗しい女戦士がいた事と、その彼女が彼の元へと訪ねてくるとは思ってもみていなかったらしく、浮いた話の無いただのデブだと思っていたが、中々やり手な男なのかと妙なところで評価を改められてしまっていた。

 が、そんな事とはつゆとも知らずにモラルとバシュターナは、二人してソワソワと炊き出し現場の方に視線を向けてしまっていた。


 そんな不自然な様子を見て、タードナーは早く二人っきりになりたいのかな、このデブ色男め!

 とまあこれまた激しい勘違いをしながらも、頭を縦に頷かせ、モラルの要望を聞き入れる。


「構いませんよ。貴殿のおかげで今年の収穫は以前の数倍は望めますからねえ。素敵な女性の一人や二人くらいでしたら、何人連れて参られても構いやしませんよ」

「それは、どうもありがとうございます。まあ、コイツいがいはいませんので、もんだいはないですよお」

「……なあ、おいモラル。お前みょ~にこのオッサンとかに気に入られているみたいだけどよ、一体何をやったん? 豊作だって話だけどよ、そんな呪文が使えたのか?」


 瞬間、ギラリとタードナーの眼光が煌めくと同時に、思考回路がめまぐるしい勢いで動き出す。


 モラルの元を訪れたという事は、二人はそれなりに()()()なのではないかと仮定する。

 彼の呪文のおかげもあって、今年の収穫量はとても素晴らしい量の期待が出来る。

 来年も、そのまた次の年も、その先も、気の収穫量を維持したければモラルに滞在し続けてもらうのが一番のやり方であると判断する。


 ならばとタードナーは一計を案じる。

 ここは彼をヨイショして、彼女のモラルに対する好感度をぐぐぐっと稼ぐ手助けをすると同時に自分に対する好印象も抱かせることで、こんな親切な住民のいるロモニー村になら永住しちゃってもいいかなあ……等とモラルに抱かせる計画を思いついてしまったのだ。

 多くの人はその行為を、余計なお世話だとか親切なる厄介児、他人の恋路に口出し始める有識ぶった理解面、などといった散々な言葉で揶揄するのだが、タードナーはこの考えを最良の行いであると信じて疑うことは無かったのだ。

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