スープ リンゴ酢と具沢山の野菜のスープ 注文
ロモニー村は、付近では一番栄えている大きな村の一つであった。
主な生産物は穀物と野菜、それと林業。
気候も穏やかで治水も安定している理想的な環境の村だった。
隣近所の村々との関係も、まったくもって良好。
特に半島の様に突き出た立地に居を構えているシャクトンという名の漁村とは、収穫された野菜類を提供する代わりに漁獲された水産物を預かり受け、商人へと売りつける窓口係を任されるほどの信頼関係が結ばれていた。
その結果、ロモニー村はこの規模の大きさの村としてはかなりの流通の良さを発揮している。
冬場を除き日に何本もの馬車が行き交うほどには発展している様だった。
そしてもちろん、その村を訪れる業者は商人だけとは限らない。
例えば猟師、狩人の類。
畑を狙う害獣の駆除目的に、臨時働きにやってくる。
傭兵、冒険者、派遣兵。
時折湧き出る魔物の退治や盗賊団除けの為、定期的に派遣される。
魔術師、薬師、錬金術師。
薬の素材を採取する為だとか、何等かのポーションを売りつける為にやってくる。
人の往来の激しさが経済の規模を決定付ける。
その一点でのみ語れば、ロモニー村はもはや村と言うよりは、一つの町と呼称してしまっても問題の無い、とても大きな経済力を持った村であった。
おかげで多少奇抜な恰好の人間が訪れても、ちょいと風変りでやんちゃな輩が来たもんだなあで通してしまえる大らかな面も持ち合わせていた。
バシュターナもまた、その恩恵を受けた異邦人の一人である。
痴女同然の薄布衣装の上からジャラジャラとした民族装飾を身にまとった格好は、のどかな村では明らかに浮いていた。
だが奇異な視線で見られる事はあっても格別身柄を抑えようなどと試みる排他的な住民はいなかった為、バシュターナはのびのびとした気分で村をうろつく事が出来ていた。
見知らぬ土地で一人、あるいはごく少数の仲間と共に出歩いても、異端の扱いをされないのは久方ぶりの事であった。
そんなとても良い気分のまま馬車駅からモラルの住んでいる小屋まで散歩気分でぶらついていたバシュターナだが、今現在はとても不機嫌な様子であった。
尋ねた小屋はもぬけの殻で、モラルの姿は影も形も残されてはいなかった。
小屋に居ないという事は食事にでも行っているのだろうかと宿屋や食事処に赴いてみるも、アイラやペスが散々口にしていた驚くべき程の巨体は見つからない。
はておかしいなと依頼所や村の薬師、魔術師の家などにも赴いてみたが、モラルと思しき人物はただの一人として見つからない。
段々とイライラしながらバシュターナは何とかこらえつつ隣村のシャクトンにまで赴くが、そこにもモラルは存在しない。
「あーっ! あああああああーっ! うがぁーあっ!」
とうとうこらえ切れなくなって、バシュターナは爆発した。
元々辛抱強い性格ではない方だった。
どちらかと言えば短慮で浅はか、おのれの気分が優先で、直情的な傾向がある。
そんな彼女がここまで我慢できたのは、モラルに会うという目的と、変わり果てたという外見に強い関心があったからだった。
しかしロモニー村に訪れてみたもののウワサの姿は影一つとして見つけることが出来ずにいる。
これを食いしん坊で例えてみるなら、とても旨そうな薫りに誘われふらふら町を彷徨っていたのに、いざ匂いの発生源にまでたどり着いてみたところ、実は食べ物とは全く関係のない加工品の生成現場であった様なものである。
いやさ、見つけられた分だけまだましである。
この場合、モラルはおろかただの巨漢デブでさえ見つけられていないのが問題であった。
バシュターナはモラルと再会する事を楽しみにしていた。
はっきりと口に出した事は無かったが、モラルの事は憎からず想っているところもあった為、久々に会えるという事実に少なからず胸を高鳴らせてもいたのだった。
だがそれ以上にバシュターナは、アイラとペスの語るクソデカデブの大巨漢男を見聞できる機会を、心の底から楽しみにしていたのだ。
だというのにモラルの姿は見つからない。
どこへ出歩いてもまるで見つかる気配がない。
あまりに空振りが続いてしまい、怒り心頭不満は沸騰、火にくべられたやかんの如く、彼女は甲高い奇声をあげた。
基本は我慢のシャレンドラと違って、バシュターナは常に感情的な面を表に出してしまう気分屋的な側面があった。
良い時も悪い時も、何かがあれば即座に手や声が出てしまう悪癖持ちだったのだ。
しかしその爆発のさせ方には陰湿な部分はまるでない。
夏の日の太陽が如く、湿っぽさの無いカラッとした発散の仕方をしていた。
「あぁーっクソ! クソクソッ! あーあーやぁーってらんねぇーわ! はぁ~あ……もぉええわ、
昼寝でもしたろ」
常日頃から上手に発散できる人間は、案外怒りが長続きしないものである。
バシュターナは道端の丁度緩やかな坂になっている部分に肢体を放り出し、ごろんごろんと草の上で二、三度ほど転がり続けた後に昼寝を始めてしまっていた。
丁度この日は陽気加減もちょうどいい塩梅で、寝つきの良いバシュターナは瞬く間に寝息を立てしまっていた。
そんな彼女の姿は行き交う人々からすると実に目の毒である。
何せ年頃の乙女が半分透けた衣服をまとったまま、道端で無防備に寝入っているのである。どうしたって目に入る。
なまじ下半身は一般的な女性前衛冒険者とそう変わらない、革と合金合わせの脛当てで手堅く装備を固めている分、上半身の露出度合が悪目立ちしてしまうのだ。
いくら外部の人間に対して偏見の少ない開放的な村といっても、昼間っから痴女が道端で居眠りをしていればその噂も広まってしまう。
通りがかる人々は皆ひそひそと、村の住人に痴女が転がっていたと注意もかねて他の村人たちに噂を伝聞し始めていた。
そして、当然ながらその噂話は、つい数か月ほど前村人の一員に加わったモラルの耳にも入るのであった。
「ああぁ~、ウワサのヌシは、やっぱりバシュターナだったんじゃあないかあ。なあにしてるんだ、こいつ」
太陽が傾きかけたころ、噂の主の外的特徴が知人によく似た格好であった為、確認をしにやって来た。
年頃の乙女が覗かせてはならないモノをチラリとさせたまま、スヤスヤ寝息を立てている姿にため息一つ漏らしつつ、モラルはおもむろにバシュターナを揺り起こし始めていた。
「おぉい、おおい、こんなところでねるんじゃあない。おきろ、おきろ、バシュターナ」
モラルは本人的には優しく揺り動かして起こそうと試みたのだが、なにぶん彼の体格は人間を辞めすぎた大きさを誇っている。
ほんのちょっぴり動かしただけでもかなり大げさに揺らされてしまう。
バシュターナの頭はがくん、がくんと、眠っている人間に対して決して行ってはいけない勢いで、激しく揺り動かされてしまった。
「あっ、ぶああっ……なんっ!? ぐあっいでえ! じた、じたがんだ! や、やめえ……!」
無理矢理起こされた事に文句の言葉を放とうとしたのだが、揺り動かされている最中だったので、バシュターナは思わず舌を噛んでしまう。
モラルが手を放すと同時に涙目になりながら口元を押さえてしゃがみこんでしまう。
そんな彼女に向かってモラルは呑気に挨拶などを向けていた。
「お、おきたかあ。おはよう、バシュターナ。なにしているんだおまえさあ」
「おひゃえ、ひゅとがねてっときになに……なに……を……? お、お、おおおおおおお!? おまっホントにでっけぇぇぇぇええええぇえぇぇぇ!」
非道な仕打ちにバシュターナは抗議の声をあげようとしたが、眼前に立つモラルの姿を見るや否や舌の痛みの事も忘れて、驚きの声をあげてしまう。
お互いにかがんでいる格好であるとはいえ、頭のてっぺんからつま先まで、全身全てを日陰にすっぽり包んでしまう恐ろしきその体格に、バシュターナは驚嘆してしまっていた。
「ふはあーっ! まじかよ、マジじゃねーかよあいつら、ホントに別人みてぇにでっかくなっていやがるじゃねえかよおいおいおい! お前、一体何喰ったらそんなにでっかくぶよぶよしちゃうんだよおい!」
「いや、だから、おまえなにしに……いた、いたい、はらをたたくな、やめやめろ!」
あまりの変貌っぷりに興奮してしまったバシュターナは、ひっきりなしにモラルの腹をぶち殴った。
拳で、平手で、脚で、再び平手で、執拗にべしべしげしげしと叩き続け、その弾力とぺっちーん、べっちーんという甲高い打撃音が鳴る度さらにケラケラ大笑いを始めながらモラルの腹を思う存分に叩き続けていた。