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前菜 麦餅の果実と魚卵乗せ 完食

「いや、あのさあ……キミたち、その与太話をボクに信じろというのかい? 二人して、ボクの事をからかっているのかな?」


 パーティの元へと帰還したアイラとペスは、変わり果てたモラルの姿についてリーダーであるシャレンドラに報告していた。

 モラルを連れて戻って来れなかった二人の様子に最初は落胆の表情を浮かべていたシャレンドラだが、その理由と釈明を聞くうちにまずは失望し、次に怒りが込みあがり、そして最後には二人が語るその話の余りの馬鹿馬鹿しさに、すっかり気が削がれてしまっていた。


 ――言い訳が下手すぎる。


 シャレンドラは二人が語る真実を、嘘八百の作り話だと断定してしまっていた。

 別に一度や二度の失敗くらいで仲間を叱責する程短慮な性格をしているつもりではなかったのだが、二人が語る荒唐無稽な作り話に、シャレンドラはちょお~と仲間との信頼関係を改めなければならないかなと考えてしまっていた。

 醒めた表情を浮かべ続けるシャレンドラに対し、二人は至極真面目な顔を浮かべてさらに詳細に語るのだった。


 身の丈は倍以上、胴回りも同じほどに急成長。

 尻のサイズはベッド並み。

 一口で人の頭ほどある食べ物を丸呑みする。

 見た目に合わせて品性も下落。

 生きた食欲大魔神。

 視界の一部に収めるだけでもう不快。

 一瞬で意識を持っていかれる。いかれた。駄目だった。


 語るに落ちるとはこの事かと、シャレンドラは憂鬱な表情を浮かべて黙らせようと手を振った。

 だがその前に、一人空気の読めない馬鹿が腹を抱えて大笑いを始めてしまう。

 その馬鹿の名は、矛槍のバシュターナ。

 山岳地帯の密林で育った女蛮族その人だった。


「あっははははは! おいおいおい、なんだよその話、まるで馬鹿みたいじゃないか、いや馬鹿だ、あははははあ!」


 バシュターナは我慢できぬと言わんばかりに足をバタバタ騒がしく悶えさせ、その身を大げさに反り返らせながらもひときわ大きな笑い声を室内中に響かせていた。

 蛮族の笑いのツボは判らないなとシャレンドラは苛立ち混じりに睨みつけるのだが、バシュターナはそんな視線など一切気にもならないらしく、品の無い笑い声をあげ続けていた。


 ――カラカラカラッ。

 その身にまとった装飾品がかち合って、軽い音色がこだまする。


 バシュターナは少し風変りな装備を身にまとう、風変りな外見が特徴的な女であった。

 仕留めた獲物や魔物の骨や鱗、気に入った鉱石などに穴を開けて紐に通し、それらを肩当てに取り付けたり胸にぶら下げるなどして身を守る防具として活用していた。

 バシュターナ曰くそれらはすべて、戦勝祈願の呪具物であるという。

 しかしシャレンドラに言わせれば、そんな訳の分からない迷信を理由に真っ当な防具を装備せず、半分透けた薄布の上にジャラジャラカラコロ音ばかり立てる装身具だけを身にまとうやり姿は、どう考えても自身の命を粗末に扱う狂戦士の類としか捉えることが出来ずにいた。


 そんなバシュターナとの関係は、意外にも良好であった。

 服装に関しては一家言あるのかまともに取り合ってくれないモノの、それ以外の話題に関しては素直に聞き遂げてくれている。

 作戦には素直に従う。

 野営の準備も率先して行う

 夜の見張りにも文句を述べず、むしろ積極的に名乗り出てくる始末であった。


 防具意識の事さえ除いてしまえば、シャレンドラとバシュターナの関係は極めて良好な仲である。

 しかし今ここに至っては、彼女の陽気な性格が、モラルが戻ってこない事で陰鬱な感情を燻ぶらせているシャレンドラの眠れる獅子の尾っぽの先を、見事に踏んづけてしまったのだ。


 シャレンドラは激怒した。


「笑うなァ!! お前、笑うことは無いだろうが、バシュターナ! ゲラゲラ笑っていられる事態でもないだろう!? それからそこの二人もだ! きっと連れ戻してくれると信じて送り出した筈なのに、手ぶらで帰ってくるどころかおかしな言動ばかりするっ! ボクは……信じていたんだぞッ!」


 訳の分からない嘘まみれの言い訳をする二人に、そしてその嘘で大笑いをしていたバシュターナに、シャレンドラはぐつぐつと煮えたぎる怒りの咆哮を挙げてしまった。


 シャレンドラの本質は激情の人である。

 普段は皆のリーダー役として相応しいようにと感情を抑え、気を乱さず、冷静かつ公平な態度でいる様に努めていた。

 しかしひとたび気をやれば、嵐によって氾濫した大河の様に、そのため込んできた激情をところかまわずぶちまけてしまう悪癖があった。

 年に一度か二度ほどしか起こらない頻度の癇癪ではあったのだが、どうも今日が丁度その日に当てはまってしまった様である。

 竜などよりも猛々しく、シャレンドラは吠えるに吠えた。


「ボクはずっと、真面目に彼の事を心配して、待っていた! なのに君たちと来たら、どうしてそんなふざけた態度が取れる!? 心配じゃあないのかっ!? ボクにはこれが判らない! それともボクの方が間違っているとでも言うのか!? 三か月以上も失踪していた仲間の事を想うのが、間違っていたとでも言いたいかァ!? ええっ!?」

「い、いやシャレンドラ、その、あのですね、少しだけ落ち着いて……」

「ああぁん!?」


 シャレンドラに絡まれるアイラとペスは、内心ではこう思っていた。


 ――いや、あんた、アレを目にしていないからそういう事言えるんじゃないの?

 ――見てから言えよ、ばーかばーか!


 しかしそんな言葉を今のシャレンドラに聞かせてしまえば、たちまち怒りの鉄拳制裁が振るわれる事だろう。

 その事を本能的にもよく理解している二人は、吹き荒れる嵐が立ち去るのを待ち続ける幼子の様に、互いの両手を繋ぎ合って震えながらその時が訪れるのを待ち続けていた。

 そんな暴れ狂う自然災害そのものを擬人化でもしたかのようなシャレンドラに対し、先頭に立って立ち向かう乙女が一人存在した。


「まあまあまあ、待て待て待て、どうどうどう……」


 矛槍のバシュターナ。

 彼女が三人の間に割って入り、なんとかシャレンドラをなだめ落ち着かせようと努力していた。

 そんなバシュターナにシャレンドラは噛みついた。


「待て? 待てだと!? 待ってられるか馬鹿野郎! ボクは三か月もの間、モラルが戻ってくるのを今か今かと待ち構えて――」

「まあまあまあ、そうじゃねえって。ここでいくら怒鳴り散らしたところでよ、アイツが戻ってくるわけじゃねえだろう?」

「……まあ、そうだが……そこの二人の態度には、いささか納得がいかんな」


 バシュターナは無理矢理正論を飲み込ませ、なんとかシャレンドラの怒りを鎮静させる。

 少しだけ語調を緩めた姿を確認し、まるでたった今丁度思いついたとでも言いたげに、ポンと手を打ち一つの提案を持ちかけた。


「っつーわけで、あれだ! 次はあたしが迎えに行こう」

「はあぁっ?」

「ええーっ?」

「……本気か?」


 まったくほぼ同時と呼んでいい機に三人の戸惑いの声が交差した。

 言わずもがな声を発した主は、それぞれシャレンドラとアイラとペスである。

 内心思惑は違えど困惑し続ける三人を前にバシュターナはまるで良い提案をしたかのように、弾んだ声をあげていた。


「シャレンドラ、あんたはモラルの事が心配で、心がとても辛い状態だ。アイラとペスは、言ってる内容はともかくとしてだ、連れて帰るのに失敗した。で、あんたはそれに怒ってる。となると、次にやるべきことは何だ? 次に取るべき手段は何だ? 別の奴を送り込んでみるって選択じゃあねえのかい?」

「なるほど……言い訳ばかりが達者なそこの二人に代わって、お前が連れ戻すと言いたいのだな、バシュターナ」

「いや、そこまで二人を罵倒する言葉を使った覚えは無いんだが……まぁ、あたしが行くって提案は変わらないから別にいーけどよぉ……」


 二人にわずかに申し訳なさそうな表情を向けつつバシュターナは頬を掻き、今のシャレンドラには何を言っても無駄かと思い直して気持ちを一新、切り替える。


「ま、そういう訳だから、今度はあたしに任せとけ! よっぽどのことが無けりゃ適当に言いくるめて連れ帰ってやっからよ」

「四の五の言わず確実に連れ戻せ! 実力行使も厭わない、例え張っ倒してでも連れ帰れ!」

「お、おう……えらく暴力的だなァ……お前、実はまだ怒ってんなぁ? ……ったく、判った判った、なんとか連れ帰れる様努力すっから、安心して待ってな」


 緑褐色と灰緑色の織り交じった腰ほどの長さの髪をかき上げると、手にした得物を軽めに振って、バシュターナは馬車駅を目指し退室する。

 部屋に残されたアイラとペスは立ち去るバシュターナを見送りながら、これでようやくシャレンドラが落ち着いてくれるだろうと胸をほっとなでおろしたが、背後から伸ばされた腕に淡金色とぬばたまの黒髪をがっしりと掴まれて、凄まじい握力で頭の向きをシャレンドラの方へギリギリギリギリ無理矢理変えられてしまう。


 振り向かされた先にあったのは、柔和な顔をした怒気混じりの歪んだ笑顔という矛盾した表情を浮かべたシャレンドラの姿であった。

 バシュターナの言った通り、シャレンドラの怒りは未だに醒めては居なかったことを悟り、アイラとペスはこれから自分たちに待ち受けているだろう怒号と叱責と理不尽な人格攻撃を予感してしまい、ほんのわずかな量ではあったものの、衣服の股座部分を言語化するには乙女の尊厳の為にも憚れてしまう液体で、僅かに湿らせてしまっていた――…… 

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