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前菜 麦餅の果実と魚卵乗せ 注文

「ヒギュグゲァ――――――……うっ! ……はあっ!? わ、私は一体なにを……」


 十七の年月を生きてきた人生の内で一度も口にした事の無い奇声を大音量で発しながら、アイラは勢いよく跳ね起きる。

 寝汗で全身はぐっしょりとしており、息もハアハアと激しく切らしていた。

 未だかつて体験した事の無い過去最悪の目覚めによって、涙まで零している有様だった。


 アイラは垂れる額の汗をぬぐいながら、つい先ほどまで見ていた悪夢を思い返す。

 かつて死線を共に潜り抜けた盟友が、あまりにも無残に変わり果てた姿で出迎えてきた、あの光景。

 ぶよんぶよんにだらしなく肥え太り、醜悪な肉塊になれ果ててしまった男がタプタプ肉を揺らしながら、這いずり近寄り顔を覗き込んでくるという悪夢。

 寝冷えでもしたかのようにアイラは全身をぶるりと震わせて、夢の中身を払しょくしようと試みる。


 ――駄目だった。

 元はベッドであったと思われるものに椅子代わりに腰掛けて、むっしゃむっしゃと食事をむさぼる男の姿が目に飛び込んで、先ほどの悪夢が現実であったことを知らしめてきた。


「ホフッホホフッ! もがぁ……ゴクンッ! お、お、おはよお」

「――――――ふへぁ……」


 アイラ、再びの卒倒。

 乙女の寝起きにデブを通り越した新種の肉型スライム的何かの直視は精神に甚大な被害を起こしてしまい、意識を一瞬で刈り取ってしまう。

 げに恐ろしや! 新型スライムの視覚依存の汚染攻撃ッ!!

 結婚適齢期真っただ中の夢見る乙女が相手するには余りにも刺激が強すぎた様だった。


 モラルはアイラが再び倒れ込んでしまったのを見るや立ち上がるのを止め椅子に座り直し、再び食事に専念する。

 もしゃもしゃもしゃり。


 ごく普通の感性を持った人間であればアイラの事を介抱でもした事だろうが、此処にいるのは生憎デブ一人。しかもとっておきのデブ中のデブ、ドデブ野郎だ。

 常識を超えて肥えに肥え切ったドデブ野郎ともなれば、まっとうな感性を期待することは出来そうもなく、モラルはアイラの事を完全に放置する気になったようだ。

 モラルにもはや普通という言葉を当てはめる事は出来なかった。

 というよりも、まともな部分が何一つとして残っていないと呼ぶ方が正しかったのだ。


 ある意味彼に真っ当な介抱を求める方が間違っていた。

 寝込んだ乙女にふしだらな行為を行う助平な人間の方がよっぽど人間的だと呼べるくらいに、彼は逸脱し過ぎていた。


 ばりぼりばりぼり。

 もしゃもしゃり。

 気絶した乙女の隣で咀嚼する音だけが響き渡る。


 時折食事の音のやかましさに、アイラが目を覚ますこともある。

 しかしアイラはモラルの姿を直視する度に愉快な悲鳴をあげながら同じように気絶を繰り返してしまう。

 食事さえ邪魔されなければ大抵の事は気にしないモラルだが、流石に何度も覚醒と気絶を目の前で続けられてしまうと気にも障るというものである。

 デブの呑気さも三度まで。

 目覚める前の気絶も合わせると四度目の失神を行ったアイラに対し、モラルは無慈悲な電撃呪文を繰り出すことに決めたのだった。


「あんん――――――グギギアガッ!?」


 脳からなるべく遠い場所という事で、モラルはアイラの足首を掴み、なるべく弱めの呪文を唱えた。

 効果はてきめん、アイラはじたばたわたわた超々々々巨大ベッドから転げ落ちるように大暴れしながら飛び起きた。


「なにをば……!」

「うん、つよすぎたかなあ……? まあいいや、おはよお、アイラ」

「うああっ! モラルさんが、モラルさんが化け物になった夢が、夢が正夢にあ痛っ、痺れて足がつって痛い痛いあいたたたたたたたたっ!」

「……げんきそうでなによりだよ」


 落下の際にしこたま強くぶつけたお尻より、電撃の影響で強烈に痙攣を続ける足の痛みに耐えかねて、アイラはじたんばたんと転がり回って苦しみを紛らわそうと努力する。

 モラルはそんなアイラの様子を呆れた顔で眺めつつ、にゅうっと腕を伸ばしてアイラの身体を抱き起し、ベッドの上へと戻してやる。


「うっおおおお……も、モラルさん、もそっと優しく動かして下さい……ッ! つったふくらはぎに響きま……っ!」

「やっぱきみ、せーかくかわったんじゃないかぁ」


 アイラの足をつらせた元凶が、しれっとした感想を述べていた。

 そんな事情も知らないアイラはといえば、ふーっふーっと一定の音程で息を刻みながらふくらはぎを摩りつつ、治癒の術を幹部に向けて唱えていた。


「う、ううううう……痛い、そして痛いってことは此処は夢の中の世界って訳じゃないんですね、ううう……」

「ユメのセカイとか、はっはっは! アイラはそういうオハナシがすきなトシゴロなのかな、はっはっは!」

「……元凶が笑ってる。しかもたぷたぷさせながら……」


 痛みの和らいできた足を揉みほぐしながら、アイラは横目でモラルを睨む。

 しかしその身を大きく逸らして高笑いをあげるモラルには、アイラの冷たい視線も視界に入らない。

 もっとも仮に気付いたとしても、他人から向けられる奇異な視線に慣れてしまったデブに通じるかは怪しい所でもあった。


「まったく、アイラといいココカラといい、ひとのへやにとびこんでくるなりねこみやがって。おまえらサイキンちゃんとメシをくってるか? さいごにスイミンとったのはいつだ、ん?」

「か、顔を近づけないでくださいおぞましいっ! ……って、え? お前ら……?」

「いや、よくみろ。となりにねてるじゃん、ココカラが」


 言われなければ決してベッドだとは気付けない、超々々々大型ベッドの向こう側に、気絶したままうなされているペスの姿がそこにはあった。


「ああっ! ぺ、ペスさぁーん!」


 慌ててペスを抱き起すも、彼女は白目を剥いたまま目覚める気配が訪れない。

 どうにもアイラ以上に心に傷を負ってしまった影響で、より精神の根深い所にまで意識を落とし込んでしまっているらしい。

 ここまでくれば名前を呼んでも身体を揺さぶっても、自然に目覚める事は無いだろう。

 癒しの術による覚醒処置が望まれる。


 だが――


「ココカラはむかしみっかみばんはねむらなくてもダイジョブだってゆってたワリにはナンジャクだなあ。できもしないコトはいうべきじゃないとおもうんだけどなあ」


 仮にペスを目覚めさせたとしても、目の前に居るあの肉塊……幼子が手慰みに泥粘土でこねくり回して作った物体、怠惰を極めたオークよりもだらしないからだ、腐敗の呪いを受けた直後の崩れかけた生肉、神話の時代の邪神の類と見まごうばかりの造形物を再び直視してしまえば、ペスの意識は即座に失われ気絶してしまうだろう事は想像だに難くない。

 相談相手が欲しいとはいえ、幾度となくペスに地獄を見せつける様な拷問行為は、さしものアイラも気が引け行うことが出来ずにいた。

 そんなアイラの内心を知ってか知らずか、モラルは不満不平を口にする。


「まったく、ひとがいいきぶんでタルモニ酒をのんでたっていうのにさあ、いきなりたずねてくるんだからおどろいたよ」

「そ、それはすみませんでした……じゃなくて! 色々突っ込みたいところがたくさんありすぎて何から尋ねるべきか悩むところなんですけどッ!! とりあえずいの一番に質問します! ――その、ありえないほどに変わり果てた体形は一体全体何なんですかぁーッ!?」


 溜まっていたものを吐き出すかのように、アイラは今日一番の大声をあげてしまった。

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