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飲料 汗と涙に捧げる黄金の薬水 閉店

「栄養失調ですな、これは」


 数十人もの人足と、家畜の力を総出して、何とかモラルを村まで運び、医者に見せたところで言われた言葉がこれだった。

 そのあんまりにあんまりな内容に、シャレンドラたちは思わずずっこけてしまいそうになったが、医者は総じて真面目な顔で、モラルの容体を調べていた。


「こらこら、栄養失調を舐めたらあかんよ? 身体に蓄えられた栄養というものは、毒素や病魔に対する抵抗の為だとか、疲労や体力の回復などに使われる大切な力なワケですわ。今の彼の身体には、それらに回されるはずの栄養が尽きかけていて、まるで陸に打ち上げられた魚のような状態とも呼べますなあ。このまま放っておけば、おそらく明日の日の出を迎える前に衰弱死するでしょうなあ」

「は、はああああああっ!?」


 さらっと余命を宣告されて、シャレンドラたちは驚愕する。

 医者の言う言葉を信じていないわけではないが、唐突にそんなことを言われても、戸惑ってしまうのも無理はない。

 だが、唐突に降ってい湧いて出たモラルの死という現実に、シャレンドラたちは顔を真っ青にして、訳の判らぬうわごとを口にしたり狼狽える事しか出来なかった。


「そんな、先生、おかしくなぁい!? モラルちゃんはこんなにデブってるのに、栄養失調で死んじゃうだなんて不自然よ!」


 ナインティーの言葉に対し、医者はぽりぽりと腹を掻きながら立ち上がり、患者(モラル)の周りをぐるぐる歩き回りながら説明する。


「皆さん良く勘違いなされる事柄なのですが、太っていても餓死だとか栄養失調で死ぬ事はあり得る事なのですわ。家畜だって、飲まず食わずで長生きできるはずもないでしょう?」

「それはまあ、理解はしておる。だが、こやつはまだ倒れてから一刻と経ってはおらぬぞ? それなのに、一夜にして死に至るというのはどうにもおかしくなかろうか」


 医者はモラルの肥大した腹を一瞥し、ペシッと一発平手をかまして説明を続けた。


「脂肪というものは確かに栄養素だとかが詰まっている、天然のこぶのような代物ですが、そのこぶの部分から栄養を取り出して全身に巡らせるのにも、ある程度の栄養素が必要なんですわ。しかし脂肪からの栄養抽出には普通に食事をした時よりも、時間がかかってしまう訳ですわ。つまり今、彼の肉体はため込んでいた栄養を絞り出すよりも先に、すべての栄養を使い果たして心肺停止に陥ってしまうという状態なのです」

「そんな……なんて事だ……」


 医者から詳細を聞いてようやく皆が、モラルの容体が深刻な状態にあると理解する。

 バシュターナはモラルの腹に覆いかぶさるようにしがみついてぐずりだし、アイラは神に祈りを捧げ始める。

 ペスは目頭を押さえながら頭を振って悲しみを振り払い、ナインティーは茫然と立ちすくむ。

 タルタドプスとナイントゥーら男性陣は見た目こそ平静を保っているが、内心激しく動揺していた。

 そして、シャレンドラはと言えば――それでも希望を捨てきれないのか、医者に掴みかかって何とか手を打ってもらおうと懇願する。


「先生、先生――どうにか、モラルを助ける手段は無いのか!? 彼は、僕らにとって大切な仲間だ。どんな手段でもいい! 金もいくらでも出す! だから、だからどうか……!」

「いやいや、そこまで深刻にならんでも。別段栄養をぶち込んでやれば済む話ですがな」

「……は?」


 呆れた口調の医者の言葉に、皆がピタッと静止して、まじまじと顔を見つめてしまう。


「おや? 皆さん、どうかしましたかな?」

「いや、いやいやいやいやそれでいいのか医者さんよぉっ!? なんだよ、さっきまでの深刻な空気を醸し出してたのは! 飯を食わせれば解決って、そんな肩透かしがあるかボケッ!」


 怒鳴り散らすバシュターナの態度に肩をすくめ、医者は診察鞄へ近づきながら、呆れたように言葉を返す。


「いやいや、最初から飯を食わさねば餓死するぞって言っただけだしねえ。それに与える食事だって、これでもかと言わんばかりに栄養を詰めに詰め込んだ、濃ゆいスープや薬水なんかでないと衰弱する方が早かろうなあ」

「じゃあその薬水ってやつを出せやオラァァァァァー!」

「どこにあるんだその薬水というものはぁ――――ッ!」


 バシュターナシャレンドラは二人がかりで医者を揺らす。

 余りの激しさに医者は頭をがくがくとさせ、意識を朦朧とさせてしまう。


「む、いかん」

「落ち着かぬか、二人とも」


 ペスとタルタドポスが無理やり医者から引きはがし、アイラがそっと駆け寄り解放する。

 患者の身内からの突然の暴行に、息も絶え絶え涙少し零しながら、医者は診察鞄を指さした。


「そこの、鞄、中に、金色の……」

「金……ええと、これでしょうか?」


 医者の指示に従う様にアイラは診察鞄を漁り、中から黄金色の液体が詰まったガラス瓶を取り出した。

 アイラはそれを、医者が確認できる様にと振り返って目の前に突き出すと、医者はコクコクと頷きながら、テーブルの上に鎮座された水差しを指差す。


「それを使って、ゆっくりと飲ませてやりなさい。咽させない様に、気をつけながらね。……全く、近ごろの若いやつは話もろくに聞かない乱暴者ばかりが多くて敵わん」

「いやぁ、すみませぬな、ウチの娘っ子たちが」


 首元を抑え不平を述べる医者に対し、タルタドポスは謝罪する。

 下手に悪評を流されるのは困るとばかりに新金貨を数枚握らせて、文句の言葉を飲み込ませる辺りは流石年の功と言ったところか、処世が出来ている。

 医者もまあ患者の身内からいわれのない誹謗中傷を受ける等はざらなので、言葉と共に物理的な謝罪も頂けるとなると文句の方も引っ込んだ。

 不機嫌な様相も引っ込んで、代わりに投与するべき薬水に関する事柄を説明する。


「患者が回復するまでの間は、最低でも朝晩二回は薬水を与えなさい。この村の大抵の飲食店なら、黄金の薬水をくれと頼んでおけば、どの店でも二時間ほどで作ってくれる事じゃろう」

「飲食店で扱っておる代物なのか、それは」


 ペスの疑問に医者は自信と誇りを浮かべた顔で頷いた。


「そうじゃよ。このロモニー村で採れた多種多様な作物と、隣村で釣れた魚介の出汁で作る、数百年来の伝統を誇る薬水なんですわ。栄養失調だけでなく、万病や解毒の類にもよぉく効く。スケルトンと殴り合って勝利した代償に、毒素の類を身体にため込んでしまった英雄殿も、きっと元気になられる筈ですわ」

「重ね重ね、ご申告の程痛み入ります、先生。診察は以上で終わ――」

「――ブハッ! くは、くはははははっ! おいおい、聞いたかお前ら、モラルの事を英雄だってよ!」


 シャレンドラが感謝の言葉を伝え終えたかと思うや否や、バシュターナが腹を抱えて噴き出した。

 どうにも医者がモラルに対し、畏敬の念を感じ取っている事に対しての爆笑らしい。

 ブクブクに醜く太ってしまった滑稽な外形にはとても似合わぬ英雄という単語がどうも、笑いの琴線に触れてしまった様だった。


 あるいは以前の――痩せていた頃のモラルの言動を知っているからこその反応だったかもしれない。

 だが、バシュターナがモラルを揶揄する態度には、困難を退けてもらった村人たちの反感を買ってしまう態度であった。


「何を笑っておるのだ! 英雄殿はその身を毒に蝕まれながらも命を削ってまでロモニー村の為に戦ってくだすったのだ! それを笑うなどとは容赦せんぞ、小娘がー! 爺だからってナメとったら、許さぁーん!」

「先生、先生、落ち着いて! うちの小娘はフリ……モラル殿の活躍をよくよく理解してはおらぬのですわ。何せほら、馬鹿なので」

「ああ? 誰が馬鹿だこのやろー! 表ェ出ろ、久々にしめ落としてやろうか、ああ!?」

「だまらっしゃい! これ以上事態をややこしくするな」


 バシュターナに対し医者はカンカンになって怒りの文句を並べたて、そんな医者を宥めすかせようとタルタドポスがとりなそうとし、今度はバシュターナが文句を述べる。

 消耗激しく寝込んだままの患者の事など歯牙にもかけず、三人で言い争いを始めようとしてしまう。

 ペスはおっくうそうに、ナインティーは不承不承、そしてナイントゥーは相も変わらず仏頂面を浮かべたままで、三人をどうにか引きはがし、どうにか諍いを止めさせる。


「医師殿、我らはみな貴方に大変感謝しておる。かけがえのない友をお救い頂けたのであるからな。それはそうとして、まだ村の中に居るであろう他の患者もお救いに向かわねばならぬと思いまするが? ……アレに構うよりも先に、やるべき事をなされる方がよろしいかと」

「むうう……ええ、仕方のない! 許しを与えるのは今回限りじゃからな!」

「では、見送りいたす。診察鞄はこちらに」


 どうにか怒りを落ち着かせ、ペスは医者と共に小屋を出る。

 すぐさま部屋に戻ってこないところをみると、そのまま食事処などに向かって、モラルに与える薬水の調達にでも向かったものと思われた。

 騒乱の場を収めると同時に効率を優先して薬水まで調達に向かったペスの配慮に胸をなでおろしつつ、シャレンドラとタルタドポスはバシュターナを叱責した。


「バシュターナ。お前、もう少し他者に対する配慮や慎みというものを持て」

「なんだいなんだい、シャレンドラも小言を言ってくるのかよ」

「小言ではない。事実や外見、言動がどうであれ、彼らにとってはモラルはもはや英雄なのだ。……今までの某らは、すべての功績を勇者シャレンドラという()()に集中させてきた。そのせいで、お前は余りピンと来ぬのであろうが……此度のこやつの働きは、勇者やそれに等しい称号を与えられ、百年は語り継がれる所業なのだ」


 ――村を襲う二匹のスカルドラゴンと、数百にも及ぶスケルトンやゾンビたちをたった一人で倒した男。

 タルタドポスが言う通り、一地方の民話に収まる所業ではない。

 まず間違いなく吟遊詩人などの手によって、王都や近隣諸国に至るまで、華々しく風聞される英雄譚になってしまうのは確実だった。


 そして同時にその事実が、タルタドポスを悩ませていた。


「……ああ、もう! 此奴は何故あの様な目立つやり方でことを納めたのやら! あれでは此奴ばかりが目立ってしまい、勇者シャレンドラの名が世に響き渡らぬではないか!」

「あー……空に打ち上げたり飛んだり跳ねたりしてたから、村の中からでも目撃できたりしたのね」


 なまじ人の二倍はあるという巨体のおかげもあって、ばっちり目立ってしまっていた。

 お陰で事件が解決してからまだ日が落ちていないのにも関わらず、村中モラルの話題で持ちきりだった。

 四半日と経過していないのにもかかわらず、だ。


「すごかったよねー、村人たちが押し寄せてきて、モラルちゃんに感謝の言葉を寄せようと押し掛けようとしてきたり、看護を申し出てきたりで」

「まったくだ。邪魔になるからと仕方は無しに勇者の名を出して人避けをする必要もあったからな。はぁ……これではお忍びできた意味がないわい」

「お疲れ様、おじいちゃん」

「よさぬか! オレはまだ三十代ぢゃ!」


 いつもの冗談ではあるが、タルタドポスの返事に張りが無い。

 こりゃあ本当に参っているなとナインティーは判断し、これ以上疲れさせるのも酷だなと、もう少し生真面目な態度を執る事にする。

 そして、チラリ斗モラルとシャレンドラへ交互に視線を向けながら、これからの事を問いかけた。


「まあ、装備を誰かしらに運ばせて、しばしこちらの警備を固める他にあるまい」


 方針を尋ねらられるとタルタドポスはそう答える。

 おやとシャレンドラも疑問を覚え、二人の会話に混じってきた。


「良いのか、タルタドポス。いや、僕としてもモラルの側に居てやれる事に異論は無いが、貴族の連中が不満を口にしだすではないか?」


 シャレンドラは暗に、王都に住まうお偉方の不評を買うのでは無いかと言っていた。

 卑死操団の生き残りによる奇襲行為があったのだ、警戒の為にも勇者パーティを呼び戻せと言ってくるに違いない。

 そうなった時、特にお目付け役であるタルタドポスの立場が悪くなるのではないかと口にしたのだが、彼は吹っ切れたような表情で、大笑いしながら哭いていた。


「ふはははは! こうなりゃもう全部ヤケクソじゃーい! 国内の経済の保全と地方商団連合に対する安全保障と信頼の為に、敵に狙われた農村を守る義務があるって無理矢理飲ませたるわい!」

「まー確かに、田畑を焼かれたせいで復興に時間のかかるこの村をほっぽり出して、中央に戻ったら何か色々言われるだろうし、村の方にも復興費用を出したりとか、今年は免税・減税するなんて判断、してくれないだろうしねー」


 ナインティーの推測に、タルタドポスも同意する。


「うむ、全くもってその通り。この大地農耕地帯を中心に、地方経済が完全に終わってしまう恐れがある。そうなってしまえば国が衰え自分たちが飢えてしまうというのにのう」

「貴族というものは、自分たちの目先安全の為なら未来をすり潰す事も厭わないって事だよねえ」

「嘆かわしい事にな……」


 二人は同時にため息をつく。

 貴族諸侯のわがままに、何度もつきあわされてきた疲労の色が見て取れた。


「なので、ここは勇者の名前を使います。何だったら、竜骸殺しを果たしたモラル・フリーガンの名前をも。いくつもの困難を打ち払ってきた勇者が二人いると知れ渡れば、臆病な商人達も安心して商売を続けたり支援を申し出てくることでしょう」

「生活基盤をしばらくこちらに移すという事か。だが確かにその様に運べれば、この辺一帯の経済難は回避できるし飢饉の発生も防げるか。しかし、第二王都の連中は、どうやって黙らせる?」


 そこが問題とばかりに、三人は頭を悩ませてしまうものの、馬鹿が横から解決案を持ち出してくる。

 手持無沙汰に矛槍を抱いているバシュターナの言だった。


「ンなもん倒した竜の骨でもくれてやりゃあいいんじゃねえか? ありゃあ、素材としてはモラルにバラバラにされちまったせいで価値は暴落モンだろうけど、勇者が討伐した竜の残骸だなんだってふれこみゃあ、やっこさんら血眼になって奪い合う事に夢中になるんじゃねえかなあ」

「バシュターナ、それだ! 採用!」


 バシュターナの何気ない発想にタルタドポスは賛同する。

 実際の価値のほどは予測不能の代物であるが、摩耗の件を差し引いたとして、討伐逸話を挟んで売りさばくというのであれば、価値はあちらが勝手に釣り上げてくれる事だろう。

 むしろ取引の一切合切を商団連合に噛ませてしまえば商人誘致も望めると踏み、復興の速度も早まるどころか却って大きく発展できると予測される。

 何の気は無しに呟かれた案にしては最良のものだと判断し、タルタドポスはバシュターナの背を叩――撫でまわしながら彼女の提案を遂行する事を決定する。


「うむ、うむ、う~むうむ! 機嫌は取れるし商人は喜ぶしで地方は潤い村人たちも感謝する! 四方万時万全といき、不平の類も引っ込むこと間違いなし。その手で行こう、すぐに書簡を発行し、竜の残骸もかき集めてしっかりとした管理下に置かねばな」

「おう、それ以上下にまで手を這わせてみろ、右腕と今生の別れとなるのを覚悟しろよ?」


 尻に届く寸前で釘を刺され、流石のスケベ親父も手を放す。

 変わりに財布を取り出しながら小屋の出口へ向かいつつ、部屋に残される五人に対して声をかけた。


「ではこれより某は、竜骨専売の策を執る。しばらく忙しくなる故そやつの面倒は看れぬので、そなたら四人とココカラを加えての六人で、誰が看護をしてやるのか決めておくのだぞ。よいな」


 最後に特大の火種を残し、タルタドポスは小屋を出る。

 後にはモラルに大変固執しているシャレンドラと、皆を無視して甲斐甲斐しく看護を続けていたアイラ、それなりの好意を抱いているバシュターナに義理の姉面をしているナインティーが残されて、長い長い沈黙が続く中、誰がモラルの看護を執るかで優位を示すべく、苛烈な言い争いが勃発する予感を醸し出していた。


 なお、ナイントゥーは我関せずを突き通し、一人部屋の隅っこで煙草なんぞを燻らせていた。

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