飲料 汗と涙に捧げる黄金の薬水 六杯目
「ひっひっひぃぃ~~~~……」
突然降ってい湧いて出たおのれの死の予感にルシコフは腰を抜かしてへたり込む。
涙まで浮かべて大の男が情けないが、誰もその事には指摘しない。
皆が皆、スカルAを取り囲んでいたはずのシャレンドラたちも含め、モラルとスカルBの戦いに注目しているからだった。
「あおうっ!」
またも独特の掛け声で、モラルは次の攻撃に打って出る。
スカルBの両の前腕部をつかみ取り、大きく背を後方にそらし、勢いよく前に倒れて強烈な頭突きをお見舞いする。
不用意にそんな事をしてしまえば当然噛みつかれるなり頭蓋骨で受け止められるなどして手痛い反撃をもらってしまうものなのだが、今のスカルBには下あごが無い。
するっと頭部を潜り抜け、首の付け根――すなわち頭蓋骨とのつなぎ目に、その眉間を打ちつける。
果たして首はどうなるか――
「あ……ああ、そんな……あああああ~~~~~~~っ!」
一瞥としなくとも、悲鳴だけで結果が判る。
――破損、破損、大損壊。
衝撃と損傷に、上あごと頭蓋骨がもろに外れ、モラルの頭の上から背中にかけてゴロゴロ転がり後方へと落下する。
伝承では竜の顎の下には逆鱗と呼ばれる逆さ向きの鱗があるという。
どんな刃物も通さないといわれる竜の鱗もその逆さまの鱗の部位を突き刺せば、何の抵抗もなく刃が肉を引き裂いて、致命的な傷を与えられると言い伝えられている。
モラルの容赦ない一撃は、丁度その逆鱗のあたりに突き刺さる様に繰り出され、見事スカルBの頭蓋骨につながる首の骨の部位を破損させたのだ。
いわば、竜殺しの鉄槌。
もはや象徴的な竜の頭を失ったスカルBはスカルドラゴンと名乗るのもおこがましい状態だ。
以降は尻尾の生えただけのジャイアントスケルトンと蔑称する。
「オガアアアッ!」
モラルは追撃する。
前蹴りで脛を打ち、倒れ掛かったところに今度は人でいうところの鎖骨に似た部位へと頭突きを決める。
しかし巨大な体躯と両腕や翼を支える役目を持ったその部位は、人の鎖骨に比べるとあまりに強固でモラルの頭突きも通じない。
さて、どうしたものかとモラルが少し攻撃の手を緩め思案し始める。
するとジャイアントスケルトンはパラパラパラと赤黒い結晶体を、長く伸びた首の先端からまき散らしながら、必死に藻掻いて抵抗の意思を見せつける。
尻尾も翼も乱暴に振り回す。
これにはモラルもたまらず拘束を解いて後ろへゴロンと一回転し、ひとまず距離を置いてしまう。
「尻尾だ、尻尾でそいつを近づかせるな! その鋭い骨の突起で無駄なぜい肉を引き裂いてやれ!」
ルシコフは自身では的確だと思っている命令を下し、ジャイアントスケルトンはそれを忠実に施行する。
ビュウン、ビュウンと風切り音を鳴らしながら興奮した猫の様に尻尾を激しく振るい、そしてぐるりと大きく身を回転させながら横薙ぎの一撃を放つ。
モラルはさらに後方へと転がって、なんとかこれを回避する。
「良お~~~~しよしよしよしそのまま攻めろぉ! 攻めて攻めて攻め続けて、相手に攻勢の機会を与えるな! 攻め続けてさえいれば! 絶対に負けはしないのだぁーっ!」
まるで駄目な博打にはまった時の様なペスの言動に似通った状態で、ルシコフはさらに追撃を命令する。
ジャイアントスケルトンはそれに従い何度も何度も身体を横回転させながら、尻尾を振り回しモラルの接近を許さない。
脳みそを持った生き物ならば、このような勢いで回転を続けていると三半規管が狂ってしまい意識が混濁してしまうものだが、生憎ジャイアントスケルトンは元白骨死体のため脳みそが無い。
おかげで気兼ねなく何度も尻尾の回転攻撃を繰り広げる事が可能となっていた。
この猛攻に、モラルはなすすべもないのか。
皆がそのように固唾を飲んで見守る中、モラルは大きく横に飛んだ後、ジャイアントスケルトンの横を走り抜けようとでもするかの様に、前方へと駆け出した。
「モラルさん、そんな動きは危険です! ……ああっ!?」
アイラの警告も無視し、モラルは全力疾走する。
今度はジャイアントスケルトンの側が機を合わせて尻尾の一撃をお見舞いする。
否、お見舞いしてみせようとする。
しかしモラルはその行動も予兆している。
強く大地を踏みしめて、大きく跳躍することで尾の攻撃を飛び越えて、ギリギリのところで回避する。
そのままべちゃり、ゴロゴロゴロと泥の上を移動して、先ほどがっぷり組み合っていた元の位置にまで戻ってきた。
「なんだぁ……無駄なあがきをしおって。ええい、逃がすな、殺れ! 殺せ! 確実に息の根を止めてやれ!」
何の具体性もない駄目な命令を下されて、ジャイアントスケルトンは再び尻尾の猛攻を開始しようと身をひねる。
対するモラルはといえば、なんと前かがみになって立ち向かう姿勢を見せていた。
その無謀とも取れる態度にルシコフは勝利を確信し、思わず高笑いを始めてしまう。
これまで散々しもべどもをズタボロにされてきたにもかかわらず、安易に飛びつくその態度は、いっそ哀れさも醸し出していた。
「――要らぬ、ナイントゥー。お前が援護するまでも無いわ」
モラルを援護する為か、呪文を唱え始めたナイントゥーを、ペスは手で押さえつつその行動を諫めていた。
「貴様が変に手を出すほうが、失敗しかねん」
ナイントゥーもその言葉に納得したのか呪文の詠唱を止めて共にモラルを見守り始める。
もはやだれもが巨獣対戦を観戦する側に回っていた。
皆の注目を一身に集め、モラルはジャイアントスケルトンを迎え撃つ。
対しジャイアントスケルトンは馬鹿の一つ覚えとばかりに尻尾を波打たせてからの、鋭い一撃。
その先端がモラルの胴体に吸い込まれるように向かっていく。
当たれば重傷は必死、しかしモラルはこれを避けずに受け止める。
そう、受け止めてしまう。
「な、な、何ぃぃぃ~~~――――――ッ!?」
いつの間に拾っていたのか、モラルは頭突きでもぎ取っていた頭蓋骨を手にしていて、それで尻尾の一撃を受け止めていた。
いや、それだけに留まらず、尾骨が絡みついて外れない。
モラルは頭蓋骨をうまく利用して、一番の脅威である尻尾猛打攻撃を封じ込める事に成功したのだ。
そして今やジャイアントスケルトンは蜘蛛の糸に絡め取られつつ、哀れな昆虫そのものである。
モラルがむんずと尻尾を掴み、ぐいと引っ張る。
堪らずジャイアントスケルトンが引き寄せられる。
モラルは尻尾を掴み直し、更にぐいと引き寄せる。
踏ん張ろうにも泥の地面では踏ん張りが効かず、更に更にと距離が狭まる。
竜の尾骨による大綱引きが繰り広げられていた。
「何を、何をしているのだ! それでも貴様は竜の遺骸か!? たかがデブ風情に遅れをとるなど、あってはならん事態なのだぞ!?」
文句だけは一端に言ってのけるルシコフが怒鳴り散らすがジャイアントスケルトンはそれどころの話ではない。
今や尾っぽの三分の一はからめ取られ、先っぽ部分を頭蓋骨ごと踏み付けにされてしまっていた。
「やれ、モラル! そのまま引き寄せてバラバラにしてしまえ!」
「いいえ、ここは振り回してしまいましょう! 遠心力でいろんな骨を吹っ飛ばしてしまうんです!」
どちらの外野も好き放題言うものである。
当事者たちの苦労も知らず、やいのやいのと巨体に向けて歓声を浴びせていた。
とはいえよほど性格がねじ曲がっていない限り、声援をもらって悪い気になる者は早々いない。
モラルはその期待に応える為に、思い切ってその両手を話す事にした。
「駄目だモラル、手を離しては――」
「いや、上手い! 見ろ、あれを!」
力の均衡を突如破られ解放されたジャイアントスケルトンは、勢い余って逃げ出そうとしていた方向へとつんのめって転倒してしまう。
その上尻尾の先端に絡みついたままの頭蓋骨も、びゅうとすさまじい速度で円弧運動を開始して、シャレンドラたちの傍らでどうにか起き上がり参戦の機会をうかがっていた、スカルAの背中部分に振り下ろされてしまっていた。
同等の硬度を持った、とてつもない加速と振り子の力が込められた頭蓋骨の一撃は、なんとスカルAの背骨を半分へし折ってしまい再びその体躯を大地に落とし込む。
背骨を折られてまともに活動できる動物は居ない。
スカルAはもはや死に体の様相だ。
シャレンドラたちはモラルの勝利を確信した。




