飲料 汗と涙に捧げる黄金の薬水 五杯目
無論スカルAも無抵抗のまま打ち砕かれる運命を待っているわけではない。
ひび割れた身体からギシギシとした音をきしませながら、必死の抵抗に打って出ようと振り返る。
否、振り返ろうとしたところでぴたり、動きを止めてしまう。
当の昔に目玉が腐り落ちてしまったはずの眼窩で、先ほど自分の身体に深い致命的な傷を与えた氷塊に向けて首を傾ける。
まるでそれに呼応するかのようにピキピキ、パキパキと音を立てて氷塊にひびが入る。
そして――
「ふんがぁぁぁぁぁ!」
氷片を辺り一面へまき散らし、甲高い盛大な破砕音をかき鳴らしながらモラルが氷塊を割って飛び出した。
不死鳥は自身を焼いた炎の中から再び産まれ落ちるというが、どうやらデブは氷を割ってこの世に舞い降りるらしい。
きらきらと輝く氷の粒を身にまとい、モラルはちょうどスカルAの真正面に尻からどすんと着地する。
揺れる大地、伝わる地響き。
スカルAはその揺れに耐える事も適わずに、思わずよろけて膝をついてしまう。
野生の世界であてはめてしまえばこの時点で格が決まってしまった様なものである。
質量こそ正義。
デブこそ誉れ。
飯をたっぷり食った奴の方が強いのは当たり前の事なのだ。
モラルはそれを証明するかのように、でっぷりと太った赤子の様な丸い手のひらを大きく振りかぶり、スカルAへと叩きつけ、これを張り倒してみせた。
「や、やめろおおおおおお!」
そのまま追撃に入ろうと試みたモラルを妨害したのはルシコフの声と、それに呼応して駆け出してきたスカルBの存在だった。
最初の当たりでは一方的に吹っ飛ばした側のモラルだが、二度目は吹っ飛ばされる側に回ってしまう。
いくら質量で上回ったデブだからといっても不意打ち気味に体当たりを受けてしまえばなすすべもなく転倒する。
巨体同士の戦いとは、体格や質量よりも相手を転ばした方が有利をとれる世界である。
つまり今、スカルBの突進を受けて泥の上を二転三転しているモラルはとても危険な状態に陥っていた。
「も、モラァ~~~~ルッ!」
スカルAを仕留めようと駆け寄ってきたシャレンドラたちには目もくれず、スカルBは目下のところ最大の強敵であるモラルに向けて、さらなる追撃を与えようと跳躍する。
泥の上を転がり続けるモラルにはその対応が出来るのか。
誰もがそんな疑問を抱いた時、彼は全身全霊の魔力を振り絞り、両腕から放出する。
「ウオォォォォォッ! があああああっ!」
モラル、飛翔。
モラルはなんと、空を飛ぶ。
正確には宙返りの様な腕の力で行う跳躍術だが、モラルの場合はさらに魔力を放出する事で再現する。
魔術師たるもの十分な距離があり、相手を真正面からとらえていれば、おのずと対策出来る手段を一つや二つは思いつけくものである。
モラルは小さく詠唱すると、手のひら大の炎を両手で生み出し、スカルBの進行上へと放射する。
当然そんな炎ではスカルBに傷一つ付ける事は出来ないが――酸の雨で冷え切って、ぬるぬるどろどろになった泥の地面に叩きつければ事態は一転してしまう。
ボシュウ、ボシュウ――大地が膨れ、発泡する。
ぬかるみに触れた炎によって、魔力的作用と物理的な反応の双方からか、地面は小さな爆発の様なものを起こしてしまう。
そんなものを足元で起こされてしまえば、如何に屈強な――とはいえ万年単位の劣化はあるが――スカルドラゴンであろうとも、まっとうな速度で走り続ける事は出来ない。
足をもつれさせ踏鞴を踏みながら、勢いを弱めてしまう。
魔術師としての面目躍如。
モラルは恵まれてしまった巨体の性能に甘んじることなく、要所要所で呪文戦に持ち込むことで、うまく立ち回り相手を翻弄していた。
「す――スゲェ! やれる、やれるぜこりゃあ! モラルーッ、こっちの死にかけは任せておけェーッ! 今にバラバラにして援護に向かってやるからよぉ、それまで何とか耐え抜いてくれぇーっ!」
「無駄口を叩く暇があるなら腕を動かせバッシュッ!」
「二人とも、胸へ目掛けて呪文を放つ、少し下がれッ!」
それぞれバシュターナ、ペス、シャレンドラが、ひび割れたままの状態で転倒したまま藻掻いているスカルAへと襲い掛かりながらモラルを激励するかの様に声を張り上げていた。
竜の骨から作り出されたスカルAでも、流石にあの三人にかかればそう時間もかからぬうちに、五体ばらばらに解体されてしまうはずだ。
モラルはこのままスカルBに対し、逃走と妨害、遅延行為を繰り返し続けるだけでも確かに勝てる見込みはあっただろう。
とはいえそれは、あくまで相手が勝負に応じ続けてくれた場合での話である。
戦況は不利とみて、死霊使いルシコフがスカルBに跨って空を飛び、何処かへ逃走してしまう可能性も高かった。
実際彼は卑死操団への大襲撃から、一度逃れて見せた実績がある。
屈辱に塗れる思いはすれど、生き延びる為に逃げ出す事も厭わないはず。
それを思えばモラルはここで、真正面から立ち向かう必要性があったのだ。
だがそれは、別段王国の為だとか、卑死操団の犠牲になった人たちの弔いの為の行動という訳ではない。
あくまでモラルは田畑を汚され食物を台無しにされたことに関する怒りによって、奴をぶちのめしてやるという妄執に囚われてしまっているだけなのだ。
「ウオォォォッ!」
なのでそもそも相手をぶっ殺す事しか考えていない。
スカルドラゴンもルシコフも、彼にとっては田畑を荒らす熊やイノシシと同列なのだ。
「ああっモラルくん、なんで地面に降りて攻めに出るのっ!?」
「……ッ! や、やれ! 我がしもべよ! そいつさえ……そいつさえ倒せば後は雑魚しかいないはずだ! 確実に噛み殺せぇぇぇッ!」
ナインティーが、ルシコフが、再び攻勢に出るモラルに向けて声を出す。
お互いモラルの行動理念は全く理解できていないが、彼がやる気だという事だけは察していた。
「うおおっ……ダァラッシャァ――――――ッ!」
鳥類が陸を歩く時の様に首を前後、前後と動かしながら間合いを測りかみつこうとするスカルBの頭蓋骨に、モラルは単調なその動きを把握して、格好の機会と思える瞬間に、力強く張り手をお見舞いする。
激しい打撃音。
馬の尻を鞭打つ時の音を何倍にも何十倍にも膨れ上がらせたとてつもない打撃音が辺り一面にこだまする。
スカルBの首の骨はその衝撃を抑えきれず、頭部を大きく横に振ってしまう。
しかし頭蓋骨というものは当然脳を守るためにより頑健に作られているものである。
モラルの必殺の張り手でも、粉砕することは適わない。
「ええい、何をやっているか! たかが素手での一撃で、よろめいておる場合かぁーっ! 相手をよく見て、かみつけ! かみつけぇーっ!」
目玉の無い身体に無茶を言う。
しかしルシコフの忠実なしもべであるスカルBはその命令に従って、再びモラルにかみつこうと正面を向きなおす。
当然モラルは見逃さない。
真正面を向いた瞬間、左の張り手で先ほどと同じ様に顔面を吹っ飛ばす。
見え見えの行動なんぞ警戒する必要も無い。
元の位置へと戻ってきた頭蓋骨へと再三の張り手を振り下ろすと同時に、もう片方の腕も振り上げ――殴打!
殴打、殴打、殴打!
打ち下ろし、雨あられの打ち下ろし!
モラルは一心不乱に執拗に、連続張り手を浴びせっぱなして頭部を前に向けさせない。
怒涛の連打がひたすらスカルBの身体を拘束しつつあったのだ。
「い……行った行ったモラルくんが行ったぁぁぁーっ!」
これにはナインティーも思わず声援を浴びせてしまう。
それに負けじとルシコフも汗ばむ両の手を握りしめ、おのれのしもべに指示を出す。
「何をやっている! 腕だ、頭突きだ、尻尾を繰り出せぇ――ッ!」
黙ったまま魔力を放出して指示を出せばいいものの、ルシコフはついつい声に出して命令する。
行動の変化! だが、大声で指示を出すのであれば、その行動が切り替わる瞬間の隙を狙って大技を叩き込めることができる。
当然、モラルもそこを突く。
「おどらぁぁぁぁ!」
意味不明の掛け声とともに膝が出る。
太った身体でよくも膝蹴りが出来たものだと感心するが、よくよく観察してみると振り上げた膝で腹のぜい肉を押し上げて、そのぜい肉で相手の頭部を強打している。
これはもはや膝蹴りではない、ただのぜい肉攻撃だ。
だがこれが妙にきれいに当たったらしく、スカルBの顎関節が外れてしまい、ぶらんぶらんと下あごを垂らしている。
――好機。
モラルは大きく息を吸い込むと魔力を込めて、吐き出した。
「ウラララァァァ――――――ッ!」
雄たけびに魔力を込めた衝撃波で、外れた顎が吹き飛んだ。
くるくるくるっと宙を舞い、それは遠く飛んで行き、ルシコフ目掛け飛んでいく。
「ぬあっ!? ひ、ひ、ひいいいい~~~~っ!」
あわや間一髪、ルシコフはギリギリのところで何とかそれを避けてみせた。
沼地に鍬を突き立てたようなブチャッとした音をかき鳴らしながら、スカルBの下顎は地面に垂直に突き立っていた。




