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飲料 汗と涙に捧げる黄金の薬水 四杯目

 モラルに対する奇妙な共感を抱いた二人はさて置き、シャレンドラがバシュターナ達の側へと救援に向かったのには考えがあっての事だった。

 酸と連撃によって足場をぐずぐずにされ、その結果苦戦を強いられているという事は、逆にいえば地面をしっかり補強してやることが可能であればまともに立ち向かえるという話である。


「ナイントゥー、判っているな? ……頃合いを見て、仕掛けろ!」


 ――そう、勇者パーティの中には大地に関して他の追随を許さない、石術使いのナイントゥーが居る。

 彼の呪文にかかれば汚泥と化した地面の状態を整える事など朝飯前の事なのだ。


 無論、スカルドラゴンたちが今も詠唱し続けている酸の雨の影響をねじ伏せなければならないのだが、地面に対して直接呪文を唱えたのでは無く、副次的効果として汚泥を作っている以上は、ナイントゥーの術の冴えの方が上回るはずだとシャレンドラは予測していた。

 そして事実ナイントゥーは、見事地面を()()()事に成功する。

 それだけでなく、シャレンドラが言語化していなかった意図も汲み取り、副次的な効果も加えた上での援護を十二分に果たしていた。


「ッ!! ありがてえっ! これでまともに戦える!」

「……ふむ? きゃつの足場は泥のまま……なるほど、にくい事をしてくれる」


 石術により付近の地面は安定しているが、スカルAの足元は、ぐずぐずのまま泥にまみれている。

 当然それは狙っての事。

 より一層液状化する呪文を唱え、モラルよりは軽いとはいえ、人と比べるまでもない体積を誇るその巨体を、自重で身動き一つ取れなくなるまで沈めてしまおうという作戦だった。


 全身埋まり切ってくれればといった贅沢まで言うつもりもない。

 胸から下、あるいは膝から下の部分だけでも構わないので、それだけでも泥に沈んでくれれば幾分討伐が楽になるとシャレンドラたちは考えた。

 機動力と身体の向きを変える機能を奪うだけでも、討伐難度は激変する。

 反撃を繰り出せる距離や角度も制限すれば、自分たちであればほぼ無傷で倒せるはずだと予測していた。


 ――いける!

 無様にもがけばもがくほど、ずぶりずぶりと腰のあたりまで泥に囚われていくスカルAの巨体を眺めながら、シャレンドラたちは勝利の確信を得ていく。

 確かにその作戦は、成功をおさめつつあったのは事実である。


 しかしシャレンドラたちには一つ失念している要素があった。

 相手は、竜の骨であるという部分である。


「――な、な、何ぃ!?」

「しまった! くそっ、やられたっ!」


 竜とは、空を飛ぶ存在である。

 膨大な魔力を全身から放ち、大地の束縛を断ち切って天を泳ぐ生き物である。

 骨になり、皮膜を失い竜としての面影がどんなに薄れていようとも、竜とは空を舞うものなのだ。

 その事を、遭遇時に見ていたのにも関わらず失念していたシャレンドラたちは、泥を弾き沼から飛び出し、天へ昇った姿を見て、この作戦が失策であった事を悟るのだ。


「クハハハハ、愚かなり、勇者どもよ! 我がしもべは天地海の全てにおいて無類の機動力を誇っておるわ!」


 傍観に徹していたルシコフが滑稽とばかりに馬鹿にする。

 シャレンドラは反射的に炎の呪文を唱えて丸焦げにでもしてやろうかと考えたが、あの強靭な盾の呪文には阻まれてしまうに違いないと、その衝動を自制する。


 普段の武器防具を纏っていないシャレンドラは、今はいつも通りの戦法を取ることが出来ずにいた。

 防御に不安が残る以上は前衛としての役割を捨て、どうにか呪文で戦う必要がある。

 魔力の無駄使いをする訳にはいかないからだ。

 なのでルシコフの挑発は、不承不承だが無視する事を心掛ける。


「不味いですね、あんなに高く飛ばれていては呪文を当てるのも一苦労ですし、何より炎の息(ヒートブレス)で攻撃されたら防戦一方ですよ」

「いや……それは無かろう」


 アイラはバシュターナたちの微細な怪我の治療を行いながら空を見上げるが、ペスはそれを否定する。


「火種を生み出す臓腑が無いからの、恐らく火を吹く事は出来まい。かといって、高度な呪文戦を行えるほどの知性も残っているとは思えぬな」

「とすると……再び大地に降り立ってからの近接戦闘か、飛翔と突撃降下を繰り返しての強襲戦法のどちらかで仕掛けて来そうですね」

「うむ、その通り。厄介な事には変わりがないが、近寄って来ぬよりはマシであろうな」


 大地を闊歩してきた人間に、空中戦闘は難しい。

 果たしてどのようにしてこの困難を乗り越えるべきかとシャレンドラたちは思案する。


 だが深く考え込むという事は、攻撃の手を完全に止めてしまったという事でもある。

 (シャレンドラたち)の攻撃が途絶えたとみるとスカルAは、スカルBを相手取り、長らく抵抗を続けているモラルを新たな標的として認識してしまっていた。

 ふわり……と軌道を変えたなと思ったときにはもう遅い。

 体躯をぶわあと翻し、モラルに向かって一直線に降下する。


「ま……不味いッ! モラルーッ、逃げろォーッ!」


 逃げろと言われてもがっつり組み合ってしまっているモラルは身動き取れず、とても回避が間に合いそうもない。

 ルシコフの近くで棒立ちしていたナインティーは、思わず彼の方へと振り返り、非難の言葉を浴びせてしまった。


「ひ、卑怯者ッ! 身動き取れない相手に対して袋叩きにするような目を!」


 だがルシコフ、これを高笑いで返答する。


「フハハハハハハッ! 訳の判らぬ不気味な存在から先に潰すのは立派な戦術であろうがっ! やれっ、我がしもべたちよ! その得体のしれぬ肉だるまから、先に息の根を止めてやれ!」


 ルシコフの声に反応して、スカルAは返事とばかりに咆哮する。

 そしてさらに加速を付けて、組み合う二匹の巨体に向けて急降下突撃す!


 もはやこれまで。

 そう誰もが予感する中、モラルはイチかバチかの賭けに出る。

 拮抗していたはずの力の平衡をわざと崩し、スカルBが押し倒そうとする力の流れに服従でもするかのように後方へと倒れ込む。

 普通であれば、そのまま地面にべしゃりと叩きつけられ身動き一つ取れなくなってしまうだろうが、生憎モラルの現在の体形はかなり真円に等しい形状をしている。


 ――べしゃあ、ごろんっ!

 泥化しつつある地面に尻をしこたま強く打ちつけたかと思いきや、そのままぐるりとスカルBを掴んだまま後方へと回転する。

 流石にこれはスカルBにも対処の仕方が無い様で、掴まれたまま一緒になって転倒する。

 そして同時に、指の力も緩んでいた。


 好機――モラルはスカルBの両腕を振り払い、その拘束から逃れてみせる。

 ついでに回転から生じた遠心力も利用した両足の蹴り上げを胸骨に叩き込み、覆いかぶさる身体の上から無理やりスカルBを蹴り飛ばし、自由の身へとなっていた。


「無駄なあがきをしおって! だが、これで貴様も終わりだ、死ねぇ! 泥まみれの豚野郎めがぁーっ!」


 予想を超えた脱出劇を披露しても、危機的状況にある事だけは変わらない。

 むしろ逆立ちに近い体勢でいる以上、どうあがいて起き上がって回避するには間に合わない状態だ。

 だが、モラルは――途方も無い大声を上げ、仲間に向かって指示を出す。


「我のからだをどろでつつめええええええええっ!」


 明らかにナイントゥーに向けた叫び声で、当然彼はその指示に即座に従う。

 短く最低限の詠唱で、石術の呪文を行使した。


 ――ジョバババッ!

 まるで沸騰した水の様に地面が波打ち、噴出した泥がモラルの身体を覆い隠す。


「馬鹿め、そんな泥程度で竜の降下を防げるわけが――な、なにぃぃぃぃぃいっ!?」


 そう、当然防げるはずは無い。

 それが、()()()()()であればの話だが。


 モラルは泥に覆われると同時に一つの呪文を唱えていた。

 その呪文の名は大氷結攻撃呪文。

 ちょっとした住宅地であれば瞬く間に凍結させてしまう威力と範囲を誇る呪文である。

 これを至近距離でぶちかまされてしまえば、よほど魔力の通りが悪い代物でも無い限り、一瞬にして凍り付いてしまうだろう。

 そう、例えば今現在、モラルの全身を覆っている泥あたりが、凍らせるに丁度良い対象だった。


「いいいいいかん! 避けろっ避けろォォォォォッ!」


 ルシコフはスカルAに向けて命令するが、最早その勢いをそらす事は間に合わない。

 モラルの唱えた大氷結呪文によって汚泥は一瞬にして氷結し、どころかその呪文の効力は泥を凍らせるだけでは留まらず、凍結した表面から巨大なつららを逆向きに何本も何十本も形成させ、さらにそのつらら部分からも鋭利で無骨な形状をした氷の結晶体が無数に育ち、地にそびえる。


 いわば陸上に生えた氷のサンゴ礁の様なものである。

 そんなサンゴ礁に向けてスカルAは全身全霊の急降下体当たりをお見舞いしてしまう。

 そして、その結果――


「ああっああああああ――――――~~~~~~ッッッ!!」


 より堅く、より質量の大きな氷塊と激突したスカルAは、その巨体をはじき返され身体の一部砕かれてしまう。

 頭部、右腕部は完全に半壊し、胸骨もあちらこちらにひび割れが散見できる。

 翼骨に至っては原型が完全に残っていない。

 生き物でいえば半死半生の状態だ。


「ばっ……馬鹿なぁ……我の、我の無敵の竜の骨(ドラゴンボーン)がぁ……」


 ルシコフは死してなお躯に残されていた絶大な魔力量とその圧倒的な存在感に目がくらみ失念してしまっていたが、数千あるいは数万年にも及ぶ期間、野ざらし雨ざらしのまま置き去りにされていた竜の骨が、満足な強度を誇ったままでいる筈は無いのだ。

 さらに補足を加えるならば、堅固な鱗も柔軟性に富んだ筋肉にも包まれていない。

 これでは生来の強靭度合いを発揮できるはずもなく、同等以上の質量のある物体に突撃すれば破損してしまうのも、火を見るよりも明らかな事であった。


「モラル、流石だ……っ! 昔から、お前はどんな困難であろうとも、たった一人で解決できる奴だとは思っていたが……まさかここまでとは……っ!」

「呆けている場面じゃねえぜ、シャレンドラッ! 攻勢だ、今すぐ攻勢をかけるぞッ!」


 棒立ちのまま称賛の言葉を呟いている背を叩き、バシュターナは無残な姿のスカルAに向けて駆け出した。

 死霊使いはおのれの魔力を分け与える事で、使役するしもべたちの損壊を修復することが出来ると伝えられている。

 放っておけば、ルシコフの奴が気を取り戻してスカルAを修復してしまうかもしれない。

 それを予防する為にも、ひび割れたスカルAをバラバラに打ち砕いてやる必要性があったのだ。

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