飲料 汗と涙に捧げる黄金の薬水 三杯目
だが、残念なことにスカルドラゴンは二匹いる。
先ほど蹴り飛ばされたスカルAが起き上がり、モラルに復讐しようと距離を詰める。
モラルの巨体や異常な身体能力に一番見慣れてしまっているバシュターナがいち早くこれに気付き、邪魔はさせまいと立ちふさがる。
「おおっと、てめえの相手はあたしらだ! ココカラァーッ、踏ん張るぞ、気合入れろやァァァーッ!」
叫ぶや否や、矛槍を横に大きく振るい、しこたま強くスカルAの脛を打つ。
生憎転倒させられる程の威力を発揮する事は無かったが、ザリッと半歩下がらせると共に相手の注意を惹く事には成功する。
目障りなやつめ。
そう言いたげにバシュターナへと標的を改めたスカルAの膝の裏を、滑る様に地を駆けてきたペスが勢いそのままに双剣を叩きつけ、巨体をそれなりによろめかせる。
「――まったくっ!」
ぺっと唾を吐きながら、ペスは続けて言葉も同様に吐き捨てる。
「どいつもこいつも無鉄砲よの! 戦術を組み立てずに動きよる!」
「へっ、グチャグチャ考えるよりもぶん殴った方が早い時もあらぁーな!」
「……まあ、否定はせぬ。しかし……呆れるほどの巨体よ……これは骨が折れるわ」
軽口を叩き合う間にスカルAは態勢を立て直し、その凶悪な鋭い爪を二人に向けて振り下ろす。
二人は当然、これを避ける。
受け止めるだなんて無茶はしない。
それが出来るのは装備が万全の状態であるタルタドポスか、規格外の肉体を持つモラルくらいのものだろう。
当たれば即死。
その事をよく理解しているバシュターナとペスは、息の合った連携で、互いに向けられる攻撃の範囲に相方の身体が引っ掛からないように気を付けながら、左右に分かれてスカルAを包囲する。
「骨が折れるって、そりゃあ駄洒落のつもりですかい、ココちゃんよぉ~」
「……む? 何の事だ?」
「完全無自覚な発言かよ……――っとぉぉっ、危ねえぇっ!」
スカルAはペスの側を向きながら、長い尻尾を横薙ぎに振るいバシュターナを襲う。
縦横無尽に走る長い尻尾はバシュターナのすれすれを打ち払い、激しく土砂を撒き散らす。
まともに食らえばほぼ間違いなく致命傷。
迫りくる死の予感にバシュターナはぴゅうと口笛を吹きながら冷や汗を拭い、お次は自分の番だと言いたげに矛槍を振るう。
骨の表面がほんのささやかに削れるが、当てた部位の直径から計測すれば、その千分の一にも満たない量だ。
これではらちが明かないと、涙が漏れてきそうな思いを味わった。
「ええい、ちょこまかと動きおって……」
死霊使いは苛立ちげにバシュターナたちを睨みつける
不動のまま力比べを続けているモラルと異なり、こちらは常に移動回避と反撃の応酬という、入れ代わり立ち代わりの一撃離脱戦法で立ち向かっていた。
いわば顔の周辺に、コバエや蚊が集ってきているような感覚である。
総統に、猪口才でうざったいことだろう、次第にいらいらと怒りを募らせている。
このまま放っておいた場合、何らかの攻撃呪文を唱えて邪魔をしてくる危険がある――その可能性を危惧したナインティーは再び弓矢を射掛けるが、またもや盾の呪文に弾かれる。
男はそれを見て、嘲笑った。
「クハッ無駄な事を! その程度の矢術で我の加護を破る事など敵わ――むぅっ!?」
自賛する男に構わずナインティーは矢を放つ。
効かぬと判っているだろうに一体何故その様な無駄な行為をと、男の脳裏に疑問が浮かんだ瞬間、突如足元がせり上がり、鋭く尖った石の槍の如き物が男の体を包み込む。
一体何処に隠れ潜んでいた事やら、何時の間にやら忍び寄っていたナイントゥーが、姉の放った矢を隠れ蓑に石術を使って男を強襲していた。
完全なる不意打ち。
勝った――誰もがそう思った瞬間、男を取り囲んでいた石が弾き飛ばされ、中から無傷の男が何事もなかったかのように佇んでいた。
強固、圧倒的強固。
呪文の類も受け付けない、理不尽極まる圧倒的な力の込められた盾の呪文に男は全身を守られていた。
「無駄無駄無駄ァ! その程度の技ではびくともせんわ! このルシコフ・ポルスター、そこな二匹のしもべのチカラによって、絶対不可侵の防御呪文に包まれておる。つまりは我を殺すには、先にしもべ共から倒さねばならぬという事よ!」
「……どう思う、アイラ」
男――ルシコフの言葉を聞いたシャレンドラはアイラに向かって問うてみる。
呪文は扱えるものの他者の魔力を感知する能力に劣っている為、得意な彼女に問うていた。
ルシコフの言葉は虚偽のものか、真実か。
何事にもまずは疑ってみるべしという考えからの探りであったが、残念な事にアイラは首を横に振る。
「おそらく真実でしょう。あの男と二匹のスカルドラゴンとの間には、強力な魔力の繋がりを感じます。どちらか片方だけでも倒さなければ、あの防御壁は破れそうもありません」
アイラの説明にシャレンドラはほぞを噛み、逆にルシコフは高笑いする。
そこには驕りと慢心が見て取れたが、頑強な盾に守られている以上は必然とも呼べる余裕の姿でもあった。
「片方だけでも、だってぇ? フハーッ無駄無駄無駄ァ! 不可能だよ! いくら勇者シャレンドラでも、今まで竜を倒した事は無いだろう? お前たちでは無理さ、くははっ。それに……ほおら、見てみろよ」
ルシコフが指差す先を見てみれば、いよいよバシュターナとペスの二人がスカルAに追い立てられる側に回ってしまっているではないか。
回避を優先してしまう以上、打撃力に深く力を込められず、どうしても態勢を崩してしまえるほどの一撃を与えることが出来ずにいる。
一方のスカルAはといえば、しっちゃかめっちゃか暴れまくる大蛇のような尻尾のおかげで、あたり一面の地面を無茶苦茶に荒らしている。
その様な足場では、力を込めて踏み込もうにも思う様にはいかなくなる。
その上先程から降り続ける酸の雨の影響もあり、靴裏も次第に焼けていく。
どころか、飛び散る泥に触れるだけで、次第に生命も削られる。
時間をかければかけるだけ、ますます不利になっていく。
ルシコフ率いるスカルドラゴン二匹との戦いは、まさに時間との戦いでもあった。
「ご覧の通りさ、シャレンドラァ……、貴様らはすでに詰んでいるのさ。無駄な抵抗は諦めて、大人しく造死神ヒビュ=イコラ・カシムの大いなる腕に抱かれて、我のしもべとして永遠に仕えるがよい!」
「……アイラ、ナイントゥー! バシュターナたちの援護に向かう、ついて来い!」
ルシコフの誘いを無視し、シャレンドラは仲間に指示を与える。
ナイントゥーはあいも変わらず何を考えているのか判らない無表情のまま頷くが、アイラとナインティーは戸惑った。
「も、モラルさんの援護はよろしいのですか?」
「モラルは――」
ちらりと様子を伺うと、両者は拮抗した体勢のままだった。
脂汗を流し、少し苦しそうな表情を浮かべてはいるものの、後数分はそのままの状態を維持できるのではないかと見て取れる。
ならば安心。
そう判断し、シャレンドラは即決する。
「今、妙に手を加えて体勢を崩す方が後々面倒になりかねん。ならばそのままにしておいて、先にあちらのスカルドラゴンから始末した方が確実だ!」
「シャレンドラさん……」
噛み締めた唇の跡から苦渋の決断を汲み取り、アイラもまた覚悟を決めて頷いた。
そして二人は共にバシュターナたちのもとへと駆け出しながら、同時にナインティーにも指示を出す。
「ナインティー! そいつを見張っていろ! 何も手出しさせない様に気を配れ、いいな!?」
「んもぉ、無茶な命令出すんだからぁ」
堅固な盾に守られている相手にどう邪魔をすればよいものか、頭を悩ませながらも不承不承承知する。
とはいえルシコフはケタケタ笑うばかりで、自身で積極的に襲う気配は見当たらない。
もっとも状況次第では何をしでかしてくるか予測もつかない為、予断を許す事もできない。
自然と二人は一定の距離を持って、睨み合う形となっていた。
「クッククク……たかが数人、加勢に向かったところでどうにかなるものと思っているのかぁ?」
ルシコフは挑発する。
しかしあまり人と会話をしたり、からかう経験が乏しかったのか、表現は直接的すぎるし言い回しにも芸がない。
ナインティーはため息一つ漏らしながら、せめて口喧嘩だけでも相手を叩きのめしてしまおうと、そっとモラルの側を指さし口をはさむ。
「いや、あんたの自慢のしもべだけどさぁ、一匹完全に抑え込まれているようなもんじゃん? それで威張られてもねえ、なんだかなぁって気分だけどねぇ」
「………………」
ルシコフは押し黙る。
彼の中でもその事は疑問に思ってしまっているのだろう。
長い長い沈黙の中、ようやく絞り出したその言葉は、なんとも間に抜けた台詞であった。
「……いや、というか、その……あのだな。……なんなの、あれ……?」
「……うちに聞かれても、その、なんていうか……困る……」
非常識な体格の上に非常識な行動を繰り広げるモラルの存在に対しては、両者ともに何かで言い例える事も出来ず、顔を見合わせ困惑することしか出来なかった。
ある意味、善と悪の心が一つになった、奇跡的な瞬間だった。




