果物 完熟果実の皇帝盛 完食
「ちょっとちょっと、お客さん! 店ン中で暴れるんなら出ていってくれねえかね!? 営業の迷惑になるってんだよ」
モラルとシャレンドラがしこたまタルタドポスに制裁を加えようと叩きのめしていたところ、見かねた店員が駆け付けてきて再度の警告を告げてきた。
騒ぎを引き起こすのは不味いと二人は判断し、何でもない風を装いながらニコニコ笑顔を浮かべつつ、
「ちゅ、ちゅうもん! ついかちゅうもんいいかな? たべほうだいとは別リョーキンの、とくべつ高いやつがあったよな!? それを二つ……いや三つ、ちゅうもんする!」
「――まいどぉ! 先払いで金貨六枚を……っと、ぐひひ、毎度毎度。兄さん、騒ぐのはあくまで程々にしといてくれよな!」
モラルは店員を金の力で黙らせて、なんとかその場をやり過ごす。
振り返ってシャレンドラと顔を見合わせると、あはあは二人して小さく笑い声をあげた。
二人の間には妙な連帯感が生まれていた。
だがそれはそれとしてタルタドポスや皆をそのままにしておくわけにはいかないと、モラルはタルタドポスの脛をもう一度だけしこたま強く蹴りつけて悶絶させ、シャレンドラは皆を揺さぶって無理矢理何とか目覚めさせていた。
そうして五分程が過ぎた頃、寄せたテーブルの上にとんでもない盛り付け方をされた果物の盛り合わせの皿が置かれた状態で、シャレンドラたち勇者パーティの一同は円陣を組んで座り込んでいた。
なお、モラルは丁度良い大きさの椅子が無いため一人だけ地べたに座っていた。
これもまた太りすぎた弊害の一つであった。
「――で、意識を失った仲間に対し、これ幸いと乳を揉みしだくゴミクズ野郎の処分を決める相談を――」
「お、おい、待て、よさぬか! か、軽いふれあいだっちゃ、本気にされたら困っちゃうなあ~って思うんよ」
「殺していいんじゃない?」
「良し」
「決定」
「この村のはずれにちょうど良いぼちがあったから、そこに埋めよう」
「異議なし」
「い、いやぁぁぁぁ淡々と殺人の相談するの止めて欲しいなあっ! 冷たいではないか、某らは仲間であろう?」
たわけた事を口にするも、ぎろりと全員から睨まれてしまいタルタドポスは口をつぐむ。
何かを言えば言うだけ立場が悪化していくことをようやく理解し、彼は沈黙に徹することを選んだ様である。
小さく小さく身を縮こませ、頭も下げて机の縁を眺めはじめたのを見てようやく、モラルたちは会談を始める事にした。
「さて、まずは――そうだな。あまり触れない方が良いのかもしれないが、お前たち、さっきまで尋常ではない様子であったが、一体何があったというのだ?」
まずはシャレンドラが話のとっかかりとして、先ほどまでの不審な態度を問いかける。
するとモラルたちはまたしてもえも知れぬ恍惚な表情を浮かべかけ――皆それぞれに、舌を噛んだり太ももをつねるなどして意識を手放す事を拒絶した。
痛みによって無理矢理思考を維持しつつ、魅惑の果実に関する簡潔な紹介を始めていた。
「あの、伝説の果実であるエンダールマプトゥルマレハスシャジハズを一口だけですが私たちは食べたんです」
「エンダールマプトゥルマレハスシャジハズ? 本当か? あれは国王であれどおいそれとは食せないという曰く付きの代物であるはずだが……」
訝し気な視線を向けるシャレンドラに、皆はほぅ……とうっとりとした声をあげながら返事した。
「エンダールマプトゥルマレハスシャジハズはすさまじい果実だったぞ。嗚呼、思い返すだけであの味が……」
「い、一体、どんな味なのだ? お、教えてはくれないか……?」
ゴクリ、と喉を鳴らしながらシャレンドラは更に問う。
シャレンドラもエンダールマプトゥルマレハスシャジハズを食べたことが無かったのだ、その味には興味を惹かれるものがあったのだ。
しかしその答えはシャレンドラの期待を満足させることが出来ない、とても抽象的でつかみどころのない説明だった。
「エンダールマプトゥルマレハスシャジハズはまさしくエンダールマプトゥルマレハスシャジハズとしか呼べない妙なる魅了の味であった」
「ああ、あのような薫りにも、お目にかかった事はない。それどころか食感も、色味も、舌触りも、滴る果汁の一滴に含まれた瑞々しさも、エンダールマプトゥルマレハスシャジハズは他の果実の追随を決して許す事のない……唯一無二の皇帝であったわね」
「皇帝? 違うな。あれは、神だ」
「ああ、そうだ。まさしく神味だったといえる」
食べたものにしか決して理解できない例えを持ち出されてしまい、シャレンドラは途方に暮れた。
エンダールマプトゥルマレハスシャジハズを食した事の無いシャレンドラでは決して共有することの適わない、めまいを覚えるような会話内容の連続であった。
呆れて辺り一面を見渡せば、未だに恍惚の表情を浮かべたまま伸びている客もいれば、無謀だとしか言い様のない有様でガツガツと泣きながら甘味を食らう客もいる。
なるほど、あれがエンダールマプトゥルマレハスシャジハズを食す事が出来た客と、そうでない客との差であるか。
シャレンドラは得心すると共に、食べられなかった事に関する少しの後悔と、あのようなみっともない有様を誰彼構わず披露するような魔の食材は口にしなくて良かったなと、心の中でつぶやいていた。
シャレンドラはそれなりに規律と清楚というものを愛する若者である。
偶然食してしまうなどして、みっともない醜態をさらけ出さずに済んだ事を感謝していた。
「そ、そうか……。まあ、皆の食了報告は良いとしてだ、今度は僕がこの場に訪れた理由を説明せねばなるまいな」
仲間たちの様子がどんなにおかしくなっていようと、一人だけ正気を保ち説明を続けなければならない事も勇者の務めの一つである。
目の前に置かれた果実の一つを口に含んで喉を軽く潤わせると、シャレンドラは事情説明を開始した。
「この格好を見ればわかるとは思うが、今の僕はお忍びという形でこの村を訪問している。勇者が滞在しているとなればほぼ間違いなく狂乱状態になるからな」
「フムン。シャリよ、一つ尋ねるが、やって来たのはお主とそこの色魔だけであるか?」
色魔は兎も角シャレンドラは頭を横に振って否定する。
「いや、他の冒険者パーティも二組ついでにやって来ている。パダーノとセルシントスのパーティだ。僕の護衛……という意味もあるのだろうが、半分は慰労だな」
「あのヒゲまみれのおじさんばっかりのパーティと、戦士中心の脳筋モリモリパーティじゃないの。えぇ~、おじさん軍団が一挙に村にやって来てはしゃいでるなんて……正直気持ち悪いわね~」
「そういうこといってやるなよ、ナインティー……」
辛辣な事を口にするナインティーを、モラルは軽く諫めていた。
もぐもぐと大盛の果実をうさぼり続けていた彼だが、流れ流れてこの村にたどり着いた身としては思うところもあるのだろう。
すっぱいものを食べてしまった時の様に少し口をとがらせて、文句を言痛げな顔で訴えかける。
その顔を見て、シャレンドラは発作的にテーブルをバンと両手で叩き、立ち上がりながら声をあげる。
「よそのパーティの事などどうでもよい! なんだ、なんだ、なんなのだっ! その余りに太りに太った見るに堪えない醜悪な肥満体はッ! 病気で死んだ豚の死体を積み上げたかのような肉塊ではないか! モラル、モラル、お前は昔はもっと痩せ型の、見てくれは兎も角それなりに見られる男だったじゃあないか……なのに今では……何なのだ、その有様は……」
悲しんでいるのか怒っているのか判断のつかない曖昧な表情を浮かべるシャレンドラに、モラルはこれまた微妙な顔を浮かべつつ、手にした果実を口に放り込む寸前で止め、唇を開いたり閉じたりと何かを言おうとしているのか、はたまたシャレンドラの言葉に反論しようとしているのか判らない、どっちつかずの行動を取っていた。
この雰囲気はよろしくない。
咄嗟にアイラが間に入り、取りなす様にモラルの最近の努力をシャレンドラに説明する。
その内容は最近の食事量の減少具合とか、痩せる為の運動をバシュターナと共に行っているだとか、案外綺麗好きで毎日呪文で作ったぬるま風呂に浸かっている豚野郎である事だとか、あまり関係ない事柄まで説明しながら必死になってモラルの弁護をこなしていた。
だがしかし、言葉による説明よりも、目の前にある肉塊の方が如実に現実を語ってくる。
どんなに痩せるための努力をやっていると言われても、今シャレンドラの前に立っているのは馬数頭分はあるかと思える肉々々々肉達磨の肉塊である。
説得なんていう言葉を聞きいれるには、余りにも肉の塊に過ぎていた。
「これで? 痩せようとしている? 冗談だろう? 邪悪な悪魔が豚と交わって生まれたこの世の醜悪さ全てを詰め合わせたような化け物にしか僕には見えない! 何故だ、何故なのだモラル! どうしてここまで太ったんだ! そんなに僕の事が嫌いになったのか!?」
「ちょ、ちょっと……声が大きいって、また店員さんがこっちの事睨みつけてきちゃうよぉ……」
だが意外や意外、店員はモラルたちのテーブルに、怒鳴り散らして駆け寄って来ようだとはしてこない。
きっと忙しいのだろうか。
激昂しているシャレンドラを除いて一同はほっと安堵の息をつき、冷静さを取り戻させるためには何を話せばよいだろうかと知恵を絞り始める事にした。
が、しかし――
「ん……?」
「あら~、バッシュちゃん、どうかした……はっ!?」
最初に気付いたのは店員を観察していたバシュターナで、それからほんの数拍置いてナインティーも言葉にならない衝動的に息を呑む悲鳴をあげていた。
何事か、と怪訝な表情を浮かべるのもつかの間、シャレンドラたちは鼻に薫る死と荒廃と何かが燻ぶり焼けようとする不穏な気配を嗅ぎつけて、キリリと即座に表情を改め戦士の面構えで敵意の先へと睨みつける様な視線を向けていた。
村のはずれの墓地の方角に、いくつもの黒煙が立っていた。
一体何事かとその煙を見上げていた店員たちだが、遠くから聞こえる微かな悲鳴と叫び声を耳にして、そわそわと不安そうな表情を浮かべていた。
喧嘩か、火の取り扱いの失敗か、それとももしや魔物の類の襲来か。
ざわざわざわ、村人たちの喧騒が激しくなる中、戦いの気配を察知したシャレンドラたちは立ち上がり、各々武器を手にして目線を合わせ、頷いた。
「――敵だ」
「敵だな。シャレンドラ、まさかとは思うがお前、恨まれてた連中につけられたか?」
「判らんが、ありえない話だとは言い切れない。なにぶん、悪党どもには大層恨まれているからな」
冗談とも取れない事を口にしながら一同は手ごろなテーブル・椅子類を破壊して、簡易の木製盾を用意する。
その蛮行は流石に店員も見過ごす訳にもいかなくて、慌ててシャレンドラたちに駆け寄り文句を言おうと口を開く。
が、その寸前、ペスが店員の胸倉に掴みかかり、食って掛かるような勢いで端的に状況を説明する。
「たわけが! あれが見えんか!? 何者かがこの村を襲撃しておる! ワシらはそれを食い止める為にこれより向かうでな、貴様はそこらで伸びとる客を叩き起こすなり水をぶっかけるなりして正気に戻し、状況を説明してからひとまとめに避難しろ! よいなッ!」
「な……しゅ、襲撃だって? そんな、馬鹿な……うわっ!?」
馬車駅のあるらしき場所からも黒煙が上がり、ようやく店員にも事態の深刻さが理解でき、慌ててペスに言われた事柄を実行しようと辺り一面を駆けずり回り始めていた。
その様子を傍目で見送りながら、ペスは一同を振り返りこれからの方針を定めようと試みた。
「さて、どう動くかの?」
「では某から推察を。馬車駅の襲撃は恐らく足をつぶす為の別動隊と思われますな。恐らくはこの村から人を逃がさぬための布石でしょう。それなりに統率の取れた部隊を向かわせているとは思われるものの、数に限ればさほど多くは割り振ってはおらぬでしょうな。駅としての役割をつぶす事を主軸に置けば、あそこを責めの要にするとは思えませぬ」
「なるほど。捨て置くわけにもいかないが、優先すべきは敵の本隊という訳か」
タルタドポスの説明にシャレンドラは大きく頷き、そこにバシュターナが説明を引き継ぐ形で言葉を紡ぐ。
「ついでに言えば、駅にゃそれなりに駐在兵が居るはずだしなぁ。こんな村じゃあ大して練度も高く無ぇだろぉけど、居ると居ないじゃ大違いだ。商人どもが雇った私兵だって雇い主の大事な商品を守るために、今頃駅に殺到している事だろうなぁ」
「なるほど……では、何処を守るか、あるいは本隊を見つけ出してこちら側から攻めるかの判断であるが――」
再びタルタドポスが仕切り始めようとした、その時。
「う、ううう、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「なっ!? も、モラル!?」
「待て、よさぬかフリーガンッ! 一人で駆け出すんじゃあ……あああ、畜生ッ、あの馬鹿モンがッ!」
ぶるっぶるっぶるるっ。
全身の贅肉を醜悪に震わせていたモラルが沈黙を破り、奇声をあげながら猛然と駆け出してしまっていた。
突然の暴走故に誰一人として制止することが適わずに、遠く小さく――と呼ぶにはあまりに巨体過ぎるその肉体を見送る事しか出来ずにいた。
「あんの馬鹿っ!」
「おい、よさぬかバシュターナ! 貴様まで勝手に行動しては戦略が……」
「言ってる場合ではありませんよタルタドポスさんっ! 早く二人を追いかけましょう」
「しかしアイラよ、闇雲に戦場を駆けずり回ったところで事態を早期に沈めることは――」
突然の事に皆が半狂乱になりつつある中、意外にも冷静さを保ちつつあるシャレンドラがモラルの向かう方角を指さして、皆の注意の矛先を集中させる。
見ればその指の先、黒煙のすぐ隣、色味に負けてかき消えてしまいそうになっているが、三条の土煙が高く高く天へと昇っている様子が目に留まる。
あっと皆が驚きの声をあげると同時にその意図を察する。
「あれはもしや……!」
「弟の石術よ! あの子、一人だけこの場に居ないから何やってるのかと思ったら、あんなところに!」
「いや、問題なのはそこではない。あの土煙の立ては、ナイントゥーの煙信号だ!」
「荒くふわりと広がった灰色の土煙が一本と、縦に長い黄土の煙が二本……敵の親玉を指す信号ですね!」
煙信号とはシャレンドラたちが数々の冒険と激戦を繰り広げた最中に編み出した、狼煙替わりの合図の手法の一つである。
天候や風にあまり左右されず、火を付ける手間暇やその勢いを激しくさせる作業が要らず、複数回呪文を唱えるだけで術者の意図を遠方に伝えることが出来る為、シャレンドラたちは二百種類以上にも及ぶ土煙の立ち昇らせ方を考案し、実践でもよく利用していた。
おかげで誰もが一目にするだけでしっかり把握できるほどまで熟知していた。
「よし! 全員、あの土煙を讃嘆で目指す! いいな?」
「……うむ。村の内部にまで討ち入ってきた連中や別動隊等はパダーノとセルシントスの部隊に任せるのが吉か。よかろう、その手で行こうではないか」
「では――」
そして、勇者シャレンドラパーティ一同は、ロモニー村を襲撃している不埒な悪党の親玉を討ち取りに、煙信号が立ち昇る方角へと駆け出したのであった。




