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果物 完熟果実の皇帝盛 配膳

 二人は非常に困惑していた。

 つい半刻前の頃であるが、ロモニー村に到着したタルタドポスたちは村人たちの目撃証言を頼りに一目散にモラルの元へと訪れていた。

 そこは適正と呼ぶには少し割高であった食べ放題の甘味処であったのだが、その店内は異様な光景に包まれていた。


 席はほぼ満員で、テーブルに着いたお客たちは全員座席にもたれて天を仰ぎ呆けているか、もしくは突っ伏したまま何やらうわごとの様なものをひっきりなしに呟いている。

 かと思えば鬼気迫る表情で、山盛りの甘味にがっぷりと食らい付いている、今にも血の涙を吹き出しそうな顔をしている者たちも居る始末。

 あまりに状況が常軌を逸しているが為、タルタドポスたちも言葉を出せず、ただただ茫然と眺める事しか出来ずにいた。


 そんな中、ひときわ大きな巨体がテーブルを一つ潰していた。

 モラルである。

 ただの人向けのテーブルなどでは規格外のデブであるモラルの体格を支え切る事が当然出来ず、彼の肥大した贅肉によってぺしゃんこになるまで押しつぶされてしまったのだ。

 モラルは大の字になって、砂地の上で大の字の格好でごろんとひっくり返っていた。


「な……なんだ、この有様は……。おい、おいモラルよ! 一体何が……バシュターナ!? アイラ、ナインティー、ココカラまでもが、一体どうして……」


 得も言われぬ恍惚の表情を浮かべ、モラルたちは呆けていた。

 女性陣は兎も角として丸々と太りに太った特大の男がうっとりと悦に浸った顔を浮かべているのは非常に気持ちが悪い光景であったが、他の客たちも似たような表情を浮かべている為、まるで禁薬の類でも吸引したのだろうかとタルタドポスは疑いを持ってしまう。


 ゆさゆさと身体をゆすっても反応が無くて埒が明かないと、乱暴に脇腹を蹴りつけたりなどするのだが、やはりモラルは反応が無い。

 太りすぎた脂肪のせいで痛覚にまで衝撃が伝わっていないのかとタルタドポスは心配になったほどではある。

 彼はため息をつきながら振り返り、同行者に向かって声をかけた。


「シャレンド――うぉっほん! ええと……シャリ、どうにもこやつらは尋常ではない様子だ。どうしたらよいと思うかね?」


 おそらく周辺諸国にまでその名が広まっている本名で呼ぶのは不味かろうと、タルタドポスはペスがよく使うシャリという愛称で、シャレンドラの事を呼ぶ。

 二人は何時もの冒険に向けた鎧装束などではなく、ただの町商人を装った少し上質な程度の衣服を身に纏っている為、傍目からすれば祭を覗きにやってきたごくごく普通の平民だと思われることだろう。

 諸々の事情から、勇者である事を隠してお忍びという体でロモニー村を訪れた訳なので、誰かに気取られない様に名前を伏せる必要性があったのだ。


 その為にタルタドポスは一番聞き慣れているだろうシャリの名前で呼ぶ。

 当然その意図はシャリ――シャレンドラも理解している筈だと思っての発言であったが、彼の思惑は別として、シャレンドラの反応は返ってこない。

 訝しげに視線を向けてみれば、シャレンドラはただ呆然とモラルの情けない姿を見つめていた。


「……シャリ?」


 返事は無い。

 どうにも今のモラルの体格に、シャレンドラは強い衝撃を受けてしまっている様子であった。

 そういえば自分は見慣れてしまっていたが、この様な規格外のデブをシャレンドラが見るのは初めてであったなと、タルタドポスはその内心の動揺に思い至り、こちらもこちらで面倒な事になったぞと途方に暮れてしまっていた。


 そんな彼とシャレンドラの元に、他の客へと配膳を続ける店員がややぶっきらぼうな口調で忙しそうにしながら話しかけてきた。


「ちょっとあんたら、食べ放題先払いだよ! 金はちゃんと払ってくれなくちゃあ困るぜよ」

「む……? いや、某は、いやオレは知り合いを訪ねに来ただけで客では――」

「客じゃないぃ? だったら、とっとと帰ってくんなぁ! 見ての通り店は満員ぎりぎりのてんやわんやなんだ、あんたらみたいな冷やかしは邪魔なんだよ! さあ出ていった、出ていった!」


 店員は空いた方の手で無理矢理押して、タルタドポスを店から排除しようと試みる。

 しかし人並み外れて鍛え抜いた戦士であるタルタドポスを押しやることは敵わず逆によろけてしまう始末であった。


「っとと、危ねえ、危ねえ。何だあんた、抵抗するってか? 邪魔をするなら祭りの衛兵を呼んで追い出して――」

「待て、待て、早合点はしないでくれ! ああ、オレたちも客だ、ちゃんと金も支払うつもりだ。そこに転がっているデブと相席でいいから、今すぐ席に座らせてくれ。二人分でな」

「チッ! 最初からそう言えっての! こっちは忙しいんだから……ったく。二名だな、それじゃあ金貨十枚ね。それと、先着三十名限りのエンダールマプトゥルマレハスシャジハズ付きの小皿は提供終了しちまったから、普通の商品しかもう提供出来ねえからな」


 そう言いながら差し出された金貨を受け取り、立ち去る店員をタルタドポスは呆然と眺めながら、この状況の真意をようやく正しく理解することが出来ていた。


「エンダールマプトゥルマレハスシャジハズ……だと……? この無茶苦茶な光景は、それが原因だというのか……」


 再び寝そべるモラルの巨体に視線を向けると、タルタドポスは苛立ちげに脇腹へ、先程よりも幾分本拠地に近い容赦のない蹴りを連発してしまった。


「きさっ貴様ぁ! オレもまだ一度も食べた事の無いエンダールマプトゥルマレハスシャジハズを食っただとぉ!? くそっくそっ、ここで呆けている連中みんなエンダールマプトゥルマレハスシャジハズを食べたのかっ! 糞がっ、オレも、オレもっ……食べたかったぞコンチクショウッ! あああああああ羨ましい悔しいいいいいいいいっ!」


 盛大な八つ当たりという名のつま先が突き刺さる度、モラルはビクンビクンと跳ねるように痙攣する。

 その内穴でも開くんじゃないかと思われる程に容赦のない連撃を加えられ、流石のモラルもエンダールマプトゥルマレハスシャジハズがもたらした純白の楽園から転落し、重力と苦痛をもたらす現実という名の世界へと帰還しつつあった。


「うっ……あっ……? いてっあいたっいたたたたたたっ、な、ななんだあ、やめっいたい、やめるのだっ!」

「ええい、こなくそ、こなくそっとんでもなく羨ましい奴らめ! オレだって、オレだってなあっ!」

「わっ、タルタドポス!? なんでおまっぐえっ、いたい! やめろぉ!」


 完全に正気を取り戻したモラルが余りの痛みに悲鳴をあげる。

 タルタドポスはそれに気づくもあえて無視を決め込んで、余計な蹴りを三度お見舞いしてからようやくわざとらしい笑顔を浮かべ、モラルに向かって話しかけた。


「おお、やあっと目覚めたか。まったく、情けない奴め。理性と知性をもってして呪文を制する魔術師が簡単に意識を持っていかれおってからに……まったく、かぁーっ情けない!」

「……なにか私怨がまじってないか?」

「混じっとらんわい、こんちくしょうめ!」


 明らかにバレバレな態度を取っているが、深くは突っ込むまいとモラルは意識的に距離を置く。

 その代わりに別の話題に移ろうと、口を開いたところでようやくタルタドポスの後ろに今一番会いたくない人物が佇んでいる事に気付いてしまう。

 相手は当然シャレンドラだ。

 シャレンドラは随分と呆けた顔で、モラルの姿を見つめていた。


「たっタルタドポスッ!? おまっお前、シャレンドラをつれてきたのか!?」

「シィーッ! やめんかモラル、本名をそんな大声で言うもんじゃあないッ! 偽名のシャリという名で呼ばんか愚か者め」

「す、すまん……って、あやまっているばあいじゃない! どうしてここにシャレン――シャリが?」


 タルタドポスはその問には答えずに、シャレンドラの背後に回り、その背を押す。

 無抵抗のまま二歩、三歩と前に進んだところでつんのめる。

 あっと小さく声をあげてモラルが思わず支えようと手を伸ばすが、身体に触れるか否かという瞬間、急に意識を取り戻したシャレンドラが足踏みでもするかのように小刻みにつま先の位置をずらす事で、倒れかけた姿勢を素早く元へと戻す事に成功していた。


 シャレンドラの意識は完全にはっきりとしている様子であった。

 モラルはほっと一息つく。

 と同時に、不安にも駆られてしまう。

 何を言われるか判らないという恐怖に身を竦めてしまうが、意外にも、シャレンドラは余り怒りをあらわにしようとはせずに、視線をモラルの肉体全体へ向けながら、戸惑うように話しかけてきた。


「本当に、とんでもなく太ってしまっていたのだな、モラル。まさか、アイラやバシュターナが言っていた通りとは、僕も流石に思わなかった」

「お、おう……まあ、その、うん」


 どう返すかが判らずに、モラルは曖昧な返事で言葉を濁してしまっていた。

 シャレンドラもまたモラルの変わり果てた姿に圧巻され、何から話しかけるべきなのか戸惑っている様子であった。

 そんな二人の様子に脇目も振れず、タルタドポスはアイラたちエンダールマプトゥルマレハスシャジハズを食した女性陣たちを無理矢理揺り起こそうとする体を装い、どさくさに紛れて彼女たちの乳房などを揉みくだしながらそれらしく小声で意識の確認を図っているフリをしていた。


「おぉ~い……もしもぉ~し……起きてますかぁ~? むふっ、ぐふふぅっ、これは中々……いつぞや酔い潰れとった時に揉んだ大きさよりも、これは育って……おほぉ」

「……とりあえず、話はまずはあの助平を殺してからとしよう」

「おう、そうだな」


 二人がかりの制裁という名の暴力が、痴漢行為に耽るタルタドポスの後頭部目掛けて見事振り下ろされるのであった。

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