食前酒 ロモニー村名物のタルモニ酒 配膳
そうしてモラルがパーティを外れてから、三か月以上の月日が過ぎ去った。
最初の半月ほどの間は、パーティの誰もがモラルからの音沙汰が無い事をほんの少し気にしてはいたものの、ゆったりと休暇に浸っているのだろうと楽観視していた。
パーティの前衛役であるタルタドポスなどは、冗談交じりに何処かの娼館にでもしけこんでいるんじゃないのかなどと発言し、女性メンバー全員に白い目で見られる事態には陥っていたが、それでも依然として平和な雰囲気が漂っていたのは確かであった。
問題視され始めたのは、大体一ヶ月が過ぎた頃。
安否を伝える手紙も無く、無断で休暇を取り続けていれば、誰もが流石に不安を覚えてしまう。
一・時・的・なパーティ外通告をしたのは確かだが、音信不通のまま姿を晦ませるのはおかしくないかとようやく気付き、モラルの動向を調べ始めた。
しかし方々に行方を尋ねてみても、手掛かり一つ見当たらない。
ものの見事に失踪してしまっていた。
これは妙だ、どうにもおかしい。
皆は口々疑問を漏らしつつ、リーダーであるシャレンドラに向かって詰め寄った。
彼女に対し、矢継ぎ早に疑問をぶつける。
休暇命令の伝え方が悪かったのではないか?
何か気に障る余計な一言を口にしたのではないか?
彼の休暇予定の予定を聞き逃してはいないのか?
しかしシャレンドラはそんな事はない、自分の言葉に非は無かったと、胸を張って言い返す。
シャレンドラはその時モラルに向かって告げた自分の言葉を、一言一句間違えることなく仲間たちの前で声にする。
「最近お前ばかりが活躍し過ぎて戦いの経験を積めないやつが出てきている。このままだと誰かしら足手まといになりかねないから、お前抜きで鍛え直す機会が欲しいんだ」
「物理主体の連携も再構築したい。魔法に強い敵も増えてきたからな。このままお前の呪文ばかりに頼っていては、いざという時に困った事態に陥るかもしれない」
「と、いうか、君はちょいと働きすぎのきらいがある。しばらく避暑地なんかで休暇を取るのも悪くはないだろう」
「まあ、何か美味しいものでも食べて英気を養うといい。君は少し痩せ型過ぎるからな。タルタドポスほどじゃなくていいから、もう少し筋肉をつけた方がいいだろう」
「それでは、退室したまえ。ああそれと、これは休暇用のお駄賃だ。金貨百枚、好きに使うといい」
彼は自分の言葉を聞き終えると、黙ったまま退出したとシャレンドラは自信をもってそう答えた。
文脈に不自然なところは無い。強いて挙げれば金貨百枚は太っ腹すぎやしないかとバシュターナが文句をつけたくらいのものだったが、それ以外の問題点は見受けられない。
まったくもって無問題。
だからこそモラルの失踪に、不気味なものを感じていた。
問題視してからの行動は早かった。
国や組合からの依頼は最低限をこなしつつ、皆一丸となってモラルの行方を捜索した。
人相屋、宿屋、娼館、商人、渡りの吟遊詩人に馬車御者ら。
国や都市、町や村を行き来する商売人を中心に、シャレンドラたちは根気強く聞き込みを行っていた。
しかしどんなに探しても、モラルの行方は見つからない。
ある者は他の大陸にでも渡ってしまったのではないかと口にする。
またある者は他のパーティに誘われて、そのまま加入してしまったのではないかとも口にした。
そんなはずがない、彼は必ず戻ってくると、頑なに信じて疑わない者も現れた。
仮定や想像が錯綜し、パーティの間にはぎすぎすとした雰囲気すら漂い始めていた。
誰もが口にこそしないものの、新しい別の魔術師を迎え入れることも心の中で検討し始めたころ――
――ようやく、彼だと思われる人物の居場所が見つかったと連絡が入った。
そう安くも無い金を人相屋に掴ませて、あちこちの村々へ人相書きを流布してもらった所、記載されていた特徴に似通った一人の若い魔術師が見つかったとの情報が飛び込んできたのだ。
曰く、交易を中心に栄えているロモニーという村の空き小屋に、数か月ほど前から居つき始めているとの事である。
その若い魔術師は黒塗りのズボンの上に藍色のシャツを着こんでいて、その上から真っ青に染め上げられたローブを羽織っているという。
そのローブには複雑な金字模様が描かれていて、フードをかぶるとキラキラと光を放ち、まばゆさに一瞬目がくらんでしまう程だという。
背には二本の杖を背負っている。一つは金属製のワンド、もう一つはカシバミを削って造られた木製のスタッフ。
どちらも年季が入っていて、何度か修繕された痕跡も見受けられたとの話である。
そして最後に、見上げる程に背が高い……との事。
最後の一文以外は見事にモラルの特徴と合致していた。
まったく同じ装備を身に着けている、単独で行動している魔術師はそう多くは無いはずだと確信し、パーティの誰もがモラルに違いないと断言した。