甘味 三刻金貨五枚分の無制限甘味天国 完食
まず真っ先に声を発したのは空気の読めない、あるいは何ら衝撃を受けていないバシュターナからであった。
「なんだ、その……エンダーなんたらなんた――」
「馬鹿ッ! あんた、エンダールマプトゥルマレハスシャジハズを知らないの!?」
「うわぁ……バシュターナさん、貴方……エンダールマプトゥルマレハスシャジハズの事を知らないだなんて、正直女の子としての自覚、ありますか?」
「エンダールマプトゥルマレハスシャジハスよエンダールマプトゥルマレハスシャジハズ。人生で一度も聞いた事無かったの?」
「な、なんだよお前ら……まるで息を合わせでもしたかの様に否定から入りやがって……。も、モラル、ココカラ……お前らからも何とか言ってくれよ!」
バシュターナは希望に縋りつくように二人に向かって助けの声をあげたのだが、残念ながらモラルもペスも、皆と同じようにバシュターナの事を見下げた視線で見返していた。
「おまえ、でんせつの果実ことエンダールマプトゥルマレハスシャジハズのなまえを一度もきいたことなかったのか?」
「あぁ? 無えよンなもん」
「……もはや論ずる必要はあるまい。エンダールマプトゥルマレハスシャジハズの価値を知らぬ愚物の事はここに捨て置いて、真の価値を分かち合える者らだけで食しに向かおうではないか」
「異議なし」
「異議なし」
完全に蚊帳の外にされてしまい、慌ててバシュターナは立ち去ろうとする皆の正面へと回り込んで立ちふさがり、エンダールマプトゥルマレハスシャジハズについて尋ねようと口を開く。
「待て待て待て待て、待てっておい! 今まで一度として聞いた事の無えからってよぉ、そんな風に邪険に扱うことは無えじゃねえかよぉ」
しかしモラルたちは互いに顔を見合わせ合い、コイツ何にも判ってねえなあと言いたげにクソデカな溜息をついていた。
「あのねえバッシュちゃん。エンダールマプトゥルマレハスシャジハズは誰かに尋ねてみたり、話していた内容を又聞きして知る様な安易な代物じゃあないの。伝説の果実、エンダールマプトゥルマレハスシャジハズよ? エンダールマプトゥルマレハスシャジハズの事は最初からエンダールマプトゥルマレハスシャジハズとして調べてさしあげなければいけない神聖で尊い存在なのよ」
「……いや、悪い、言ってる意味が判らん……」
一同は再びため息。
妙な連帯感が生まれていて、バシュターナは完全に気分を害していた。
「な、なんだよさっきから人の事を除け者にして……そんなにすごい果実だっていうのかよ、それ」
「それではない、エンダールマプトゥルマレハスシャジハズだ! 果実の中の果実、エンダールマプトゥルマレハスシャジハズを愚弄することはこのワシが許さん!」
「いや、だから……いや、もういい、諦めた。もうその、果実の王様を知らなかったあたしが馬鹿だったって事でいいからさ、食いに行くならあたしの事も連れてってくれよなあ」
急に面倒くさくなり、全てに妥協をしてしまうバシュターナ。
しかし彼女を囲む乙女たちは、バシュターナがなあなあの態度でやり過ごそうとしている事を見逃さず、更なる熱狂的な姿勢を見せてしまうのだ。
「駄目ですよ、バシュターナさん! エンダールマプトゥルマレハスシャジハズの事を良くも知らずに食べようだなんて、天の神様がお許しを与えようともエンダールマプトゥルマレハスシャジハズが許しませんッ! きちんとエンダールマプトゥルマレハスシャジハズの情報を知り、ありがたみを持って食べなければ罰が当たります!」
「おい、修道女が言っていい言葉じゃないだろう、それ」
「大丈夫です。うちの教義ではエンダールマプトゥルマレハスシャジハズの事をないがしろにした者には使い古した便所の底の泥水を当人の体重と同じ量を飲ませても良いという教えがありますから道理的にも問題はありません」
「……嫌な教えだなあ、おい……」
うんうんと頷き合うアイラたちの姿を眺めながら、下手な邪教や悪徳商人などよりもたちが悪いなとバシュターナは考えた。
だがその考えも、即座に思い付いたいやあな予想――邪神の信仰者たちもアイラたちと同じようにエンダールマプトゥルマレハスシャジハズの事を崇め敬い褒めたたえているのではないかと考えてしまい、おのれの思考に吐き気を催しながら口元を押さえていた。
その反応をどう捉えたのか、アイラたちのエンダールマプトゥルマレハスシャジハズに対する説明が続いていた。
「エンダールマプトゥルマレハスシャジハズは、まさしくエンダールマプトゥルマレハスシャジハズとしか言い表せない、他の果実とは味も風味もまったく似通っていない独特の果実と言われているわ」
「木に成るでもなく蔓状のものに生えるでもなく土の中に育つわけでもないという特徴も兼ね備えているらしいな」
「皮は手で剥き取るのは難しいとされているが、刃物を使えば容易く切り分ける事もできるって話よ」
「かわをむくまでは匂いはしないらしいな。ただしカンソーさせてお湯でせんじると、どくとくのかおりがただようだとかはきいたことがあるなあ」
皆それぞれにエンダールマプトゥルマレハスシャジハズに関する事柄をあれやこれやと口にする。
対して興味も無かった事柄を無理矢理教え込まれているバシュターナは、つまらない話だなあと半分聞き流してはいたのだが、彼ら彼女らが語る言葉の端々に、らしいだとかみたいよなどという文句が付いている事に気付いてしまい、愕然とした。
そして空気の読めないバシュターナは、終ぞその言葉を口にしてしまったのだ。
「……お前ら、ひょっとして実物を見たことも食べたことも無いからしらばっくれて適当言ってやしないかい?」
瞬間、言葉が破裂した。
「ななな何を言っておるのだバシュターナよ突然その様な世迷言を口にするとはさては貴様気が狂ったかあ?」
「そそそそうですよバシュターナさん少なくとも私は昔預けられていた孤児院で院長様から詳しくエンダールマプトゥルマレハスシャジハズの事を教えていただきましたから間違いはありません」
「ばばばバシュターナちゃんさあ仲間外れにされたからってそういう不和を生み出す様な言葉を口に出すべきじゃあないと思うなあ」
「わわわ私は少なくともぉ村の中で育てているおじいさんから昔々からこの村では密かにエンダールマプトゥルマレハスシャジハズを育ててきたって話を聞いてますからねえ本当よぉ本当」
「わわわ我もシショーから呪文のついでにいろいろなめずらしい草や宝石のはなしと共にエンダールマプトゥルマレハスシャジハズのことがらもことこまかにおしえてもらっていてだなあ」
しどろもどろの言い訳を前に、バシュターナは頭が痛い思いをしていた。
偉そぶっていた連中どもが、結局のところは全員知ったかぶりであると知り、そんな奴らに言い詰められていたのかと思うとなんだか悲しい気持ちになってしまう。
結局ここに居る者どもは、誰一人として正確な情報も知りえていない、所謂にわかの集いであったのだ。
自信満々に憶測と伝聞でしか語れない連中を、バシュターナは腐った果実を前にした犬の様な顔で、ただただじいっと見つめていた。
その視線が痛いほどに沁みているのが、一人また一人と顔を背けてバツが悪そうな言い訳ばかりをごにょごにょ小声でつぶやいていた。
「……伝説の果実を食べられる機会なんてある訳ないし……」
「……我も、むかしは食にあんまりキョーミなかったし……」
「……院長が週に一度は自慢話してきたので……」
「………………」
終いには無口な弟の真似までしだすナインティーの様子に憐れみも感じながら、バシュターナは仕方ねえなと言いたげに髪を乱暴にかき乱し、手にした矛槍の石突で地面をガッと強打すると、迷いを振り切った晴れ晴れとした顔で皆に向かって宣言した。
「お前らッ! 知ったかぶりの出鱈目を口にした事は許さないが……その、エンダーワンダーナンタラとかいう果物について強いあこがれを抱いていた事だけは理解してやるッ!」
「……違います、エンダールマプトゥルマレハスシャジハスです。エンダ――」
「細けぇこたぁいいんだよぉ!」
ガッガッガンッ――。
三度石突を打ち鳴らし、そして今度は矛槍の尖端を表通りへ突き出して、バシュターナは力強く吠え立てる。
「大事なのは空想の中の果実じゃねえって事だ! ぐちぐち言い訳するとか変な妄想を繰り広げる事じゃねえ、今のあたしたちがやるべき事は、もう判りきってる事じゃねえか!」
その言葉に皆は同時にはっと気づく。
そうだ、やるべきことはひとつだった。
大切な事は自分が知り得た知識をひけらかす事ではないと悟ったのだ。
「そ――そうじゃ! 今ワシらがやるべき事、それ即ち――」
「エンダールマプトゥルマレハスシャジハスを、食す事ッッッ!!」
この瞬間、皆の意識は一つとなり、まさに解き放たれたばかりの矢かと思わせる様に、人波を押しのける体格を持つモラルを先頭に、彼ら彼女らは猛然とその場を走り去って、お目当ての甘味食べ放題の店へと向かっていった。
後にはモラルが直前まで作り置いていた氷の山と、それを仕分けしながら呆れた顔で見送る出店の人たちの姿だけが残されていた。




