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甘味 三刻金貨五枚分の無制限甘味天国 配膳

 清涼祭はロモニー村における夏の風物詩の一つである。

 むせかえる様に暑い真夏の熱気が訪れる直前に、風土の関係からか一陣の涼やかな風が吹きつける時がわずかではあるものの存在する。

 その日時に合わせてこの村では、風に舞う用の薄い布の切れ端や果物の皮などを吊るし、それらが風にはためく様を眺めながら菓子や冷たい食事を楽しむ文化を形成していた。


 清涼祭は通例であれば三日間行われる。

 当日のモラルは食物を冷やす氷や器の冷気を維持させる為に、いくつかの出店を見回る予定が入っていたものの、冷気に関わる呪文を一つ二つ唱えるだけで済んでしまうので比較的自由な時間を有することに成功していた。


 つまりは出店めぐりが出来るという事である。

 そう、姦しい乙女たちが訪れてからの数々の困難に耐え忍んできたすべての日々は、全てこの日を迎える為の試練であったのだ。


 痩せさせようと行われた理不尽極まる過剰な運動。

 朝昼における食事の制限。

 早朝まだ日も照り出すどころか畑の世話を始める前から行われる座禅と荒行。

 贅肉に対してのありとあらゆる困難に、モラルは全力で耐えきった。


 胴回りこそ僅かに細くなっていたが、それ以外は外見上特に変化は見当たらない。

 相変わらずの過剰デブで、汗をかけば肌の潤いが強烈なテカリを生み、食べる量も出す量も人の十倍二十倍、いやさ五十倍に届きそうな勢いだった。


「結局全然痩せてねーじゃねーか!」


 と、呆れ顔で言ってのけたのは、強烈な運動を強いていたバシュターナ。

 他三人の乙女たちも、同じような顔でモラルの事を見上げていた。


「やかましいっ! あんなごうもんとしか思えないウンドーさせられつづけてたら、夜にとことん食べておかねばとっくの昔にしんどるわ!」

「いやぁ、お前のその体格じゃあ、あんくらいはやっとかないと痩せるのなんて無理だろ……」

「だからなんでおまえたちは、やることなすことキョクタンなんだよ……」

「それ、モラル君にだけは言われたくないよねぇ~」


 痩せる為の極端な努力を強いる乙女たちと、それを強要されて不満と疲労と体力の低下を補うためにひたすら暴食に走るモラル。

 はたから見ればどちらも無茶苦茶な道理を押し付け合っている関係だが、贅肉の方は両者の暴走に丁度釣り合いを持たせてしまっていた。

 何事も、どんなに極端に思えたとしても、どこかで必ず調律が取れているという事である。


 さて、以上の様な不毛な会話を続けているモラルたちだが、今いる場所は彼が住んでいる小屋の中ではない。

 この日は清涼祭の一日目、食い物関係の出店が並んだ表通りのすぐ脇道、せっせと氷や水、火の呪文で食材の鮮度を保ったり、逆に程よく解凍したりとする為に、モラルは店ごとに適した呪文を唱えて下準備に励んでいた。

 村人の中にも当然それらの呪文を扱える者も少なからずは居たものの、モラルほどに卓越した使い手という訳では無かった為、術の扱いが不慣れな者たちはモラルや他の熟練者たちに指南してもらいつつ、なんとか使い物になる様にと努力している最中であった。


 つまりモラルは呪いを使った調理や保存の現場主任の様な役割を受け持っていたのである。

 勇者パーティの魔術師として長年培われてきた技術と集中力が、モラルをひとかどの職人の地位にまで一気に押し上げてしまっていたのだった。


「モラルさぁ~ん、それそろお祭りが始まりますし一緒に……うげっ!」

「なんじゃ、今の品の無い悲鳴は――ああ、貴様か小娘」

「こっ小娘っ!? わたっ私よりも背が低い癖にぃ……っ!」


 結婚後の付加価値が非常に増し増しになってしまったモラルの元を訪れたのは、結婚願望むき出しにしている村娘のクーラであった。

 彼女はモラルに熱烈な触れあいを行おうと幾度となく近づいたものの、モラルのそばには常に誰かしら仲間たちが付いていた為、思うように事が運べずに悶々としていた。


 もちろんアイラたちはクーラからの魅了攻撃に備えて傍に付いている訳ではない。

 単純に運動をさぼったり、つまみ食いをさせない為に見張っているだけなのだが、それらの行いが巡り巡ってクーラの野望を妨げてしまっているだけの話である。

 クーラはモラルに対する篭絡作戦がろくに進んでいない事にやきもきし、ますます執着してしまっていた。


 普通なら、年頃の乙女四人に囲まれているとんでもないデブ男に対し、何度も何度もしつこいくらいに攻勢に出る者は居ない。

 見た目の悪さもさながらだが、乙女に囲まれているという時点で勝ち目が薄いと判るからだ。

 しかしクーラはモラルが持つ魔術師の才覚というものに目がくらみ、仮に彼の愛妻という枠を手に入れた時の見返りを期待し過ぎて、ますますこじらせてしまっていたのだった。

 なのでクーラは諦めず、しつこいくらいに毎日毎日欠かさずモラルへ絡むのだ。


「……はっ! こんな人達にかまっている場合じゃないんだった。モラルさん、私と一緒に金貨五枚の甘味食べ放題に行きませんかっ?」

「むっ? たべほうだい……?」

「おおとぉ、そいつは待ってもらおうかいっ!」


 クーラが二人っきりでの逢い引きに誘おうとしたところ、真っ先にバシュターナが食って掛かった。

 モラル痩せらせ運動隊の切り込み隊長でもあるバシュターナとしては、食べ放題などというさらなるデブ化待ったなしの行動をとらせてなるかと文句を付けたい様子である。

 バシュターナは二人の間に割って入って、無理矢理クーラを押し退けた。


「お嬢ちゃんよぉ、あんまうちのモラルに餌を与えない様にしちゃあくれねえかよぉ。これ以上太ったら、今に弾けてしまうだろォー!」


 絡み口調で威嚇をするバシュターナに負けじとクーラも身を乗り出して声を張り上げる。


「あーら、誰かと思えば村のおばさま方にペコペコ頭を下げてばかりの痴女さんじゃあないですかぁ。小娘相手でしかイキがれないだなんてブザマですよねぇ」

「あぁ!? なんだぁ……てめぇ……喧嘩売ってんのか、あぁ?」

「きゃーこわーい、モラルさーん、このヒトこわぁーい」

「あってめっ何張り付いてんだクソがっ」


 初めてロモニー村へとやって来た時に村を馬鹿にする発言をしてしまったせいで、村人たちから――特に年配の女性を中心に睨まれてしまっているバシュターナは、殺気の込められた視線で睨まれる度に必死の謝罪をしている姿の事を口に出されてしまい、頭に血が上ってしまっていた。

 普段の彼女であれば、生まれ部族の衣装を馬鹿にされた事に腹を立てたのであろうが、今この瞬間に限れば、村人相手にヘコヘコとした態度をとっている事を言及される方が癪に障ってしまうものらしい。

 バシュターナは顔を真っ赤に染めて、モラルから引き剥がそうとクーラの衣服を掴んで引っ張っていた。


「それからなぁーっ、お前ベタベタ引っ付きすぎなんだよ! いいから離れろ、は・な・れ・ろ・よぉ!」

「きゃー、服を剥ぎ取られちゃう、助けてモラルさーん」

「……いや、そういうちゃばんはいいから……」


 醜い女の戦いの緒戦が始まろうとしているそんな最中でもモラルは相変わらず女体の魅力には興味を示さず呆れた表情を浮かべていた。

 ひょっとしてコイツ性欲も何もかもを食欲に奪われてしまっているんじゃないかと、女性陣はふと心配にもなってしまっているのだが、その予想は半分近く当たっていて、クーラやバシュターナの胸が当たる感触よりも、甘味食べ放題の方に意識が向いている様だった。

 そしてそれは、同じく甘味に目が無いアイラも同様であった。


「甘味の食べ放題ですかぁ……いいですねぇ」

「我は甘いものばかりというものには、そこまで食指はうごかんが……行くか?」

「ええ、是非にッッッ!」

「あああちょっとそこぉ、何を二人っきりで行こうとしてるんですか駄目です私も一緒に行くんですからねといいますか貴方は邪魔なんでできれば別のテーブルに座ってくれやしませんかね!?」

「うわ……必死だ。必死だなぁこいつ……」


 クーラの事はほとんど意識せずに、アイラの様子に対して反応を示している時点で最早は決した様なものではあるが、それでも諦めきれずに必死になって食い付く姿に、バシュターナは半身引いて呆れていた。

 一方で、甘味に目がないアイラはともかくそこらの女子並みには甘い物が好物であるナインティーや、肉類さえ使われていなければ何で食すペス等も、甘味の食べ放題という単語には惹かれるものがあったらしい。

 ちらり、ちらりと目配せし合い、言葉では無く視線のみでお互いの意識を疎通して、その店に向かうという決意を共有し合っていた。


 この場で甘味に執着心を見せていないのはバシュターナくらいのものである。

 森で生まれ、森で育った蛮族である彼女にとって、果物の類はかなり食べ飽きてしまった食物であった。

 幼き頃から散々酸味の強い、あるいは甘味ばっかりで他の味がしない果物ばかりを与えられてきた反動から、苦みや塩気を好む傾向があったのだ。

 ほとんど一人だけ蚊帳の外の様な有様であるが、その様な経緯がある為に、甘味の食べ放題という乙女たちの楽園に対し憧れの感情を抱くことが出来ずにいた。


「しっかし甘いモンか……あたしゃ苦手だから抜けるわ。同そこらの店で売ってる程度の安い果実とかばっかりなんだろ?」

「――はぁ? 何、喧嘩売ってるんですかねこの痴女は」


 バシュターナの迂闊な発言に、クーラは眉尻を上げて声を荒らげた。

 本来であればモラルを囲む女の影が一人抜ける事に感謝するべき所であるが、彼女はどうにもバシュターナの物言いに対し強い不満があるらしく、胸元の飾りをむんずと掴んでその場から離れようとするバシュターナの動きを阻害した。


「おい、こら、何だこの手は。掴むなって」

「……訂正を」

「あん?」

「訂正をっ……してくださいよ! うちの村の甘味に掛けた情熱を、馬鹿にしないでくださいよォォォ!」

「うぉぉぉ!? 急に叫ぶな、こんにゃろぉ」


 突然の剣幕に戸惑いを隠しきれないバシュターナ。

 そんな彼女に対してクーラは更に檄を飛ばす。


「ロモニーの甘味は最高なんですよ! 昔から木の蜜や家畜の乳なんかにもこだわって最良の甘味を作り続けてきたんですから、ぽっと出のよそ様にああだこうだと言われる筋合いはありませえええん!」

「お、おう……いやに噛みつくなお前」

「いやぁ、今のはバッシュちゃんが悪いと思うなあ。口は禍の元だよ」

「む、むうぅ……」


 口が過ぎたと言いよどむバシュターナだが、そんな彼女の態度を意に介さずに、クーラはさらに甘味の自慢を続けてしまう。


「それに、今回の甘味食べ放題には目玉商品がありますからね! 先着三十名様に限り、伝説の果実エンダールマプトゥルマレハスシャジハズの実が乗った特製乳果が一皿付いてくるんですからね!」


 エンダールマプトゥルマレハスシャジハズの名を聞いた瞬間、辺りは一面しいんと不自然なほどに静まり返ってしまっていた。

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