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生野菜 豆と緑黄野菜を中心とした柔らかな味わいの精進定食 完食

 モラルの沈黙は、重々しい雰囲気を放って店内の空気を悪くしていた。

 自分は追放されたんだとしつこい程に未だに勘違いをし続けているモラルからすればペスの問いかけなどとんだ公開処刑の様なものである。

 追い出した側が何を不満に思ってたんだ? と尋ねる態度そのものが、言ってしまえば緩慢な行為としか受け取れずにはおれなかったからだ。


 いまさらそんな事をどの面下げて問いただすのだとモラルは叫んでやりたい気にもなったが、何の関係もない店内の人たちに不快な思いをさせて良いものかと妙な自制心を働かせてしまい、あと一歩踏み出す事が適わずに、沈黙を守り続けてしまう。

 その様な態度をどう捉えたのか、ペスは丁寧に撫でつけられた黒髪を珍しくくしゃりと乱し、窓の外へと視線を移しながらそっと囁いた。


「どうにも、貴様の心の闇には容易く触れられたくはないか。すまんな、ワシは余り深くは悩まぬ性質(タチ)故、その妙な態度の原因に思い至ることが出来ぬ」

「……ココカラ」

「じゃがな、モラルよ」


 乱れた髪をそのままに、そっと右手を離したペスは、再び視線をモラルに向き直すと真摯な態度で言い放つ。


「何かに怯えたり、噤んでいるばかりいては始まるまい。結局口に出してしまわねば全てを理解する事などできんのだ。貴様の悩みは深刻なのかもしれぬし、取るに足らない戯け事なのやもしれん。じゃが、その中身が判らねば、えてして返す言葉の選択肢も狭められるというものだ」


 ペスの言葉の中にはどこか突き放した感じのする優しみが込められており、それがモラルには良く伝わって心に沁み込んでいた。

 いわば距離感の問題でもある。

 他人行儀という訳でもなく、かといってべたべたと馴れ馴れしい所もなく、無理矢理問いただそうとしている訳でもなければ自発的に話せと迫っている訳でもない。


 お前が何かに不安を感じている様に、私たちもお前に対してどう応えてやれば良いのか判らないのだ。

 その意図だけを真摯に伝えた、ペスなりの気遣いの言葉であった。

 流石のモラルもこれには堪えた。

 弱った心に最初に投げかけられた言葉には、どうしても弱い自分をさらけ出してしまうものである。

 モラルはついついその優しさに釣られてしまい、これまで積み重なってきた分厚い脂肪――ではなく劣等感を、思わず口に出してしまった。


「実は――……」


 モラルはこれまでの経緯を話した。

 シャレンドラにパーティから外れるようにと言われた事。

 パーティの傾向が物理主義に偏重していて身の置き場がないと感じてしまった事。

 自らの実力不足にやるせなさを感じ、無意味な事を行っているのではないかと急に馬鹿馬鹿しく思えてしまった事――等々、赤裸々に思いの丈を吐露していた。


 最初の頃はペスも要所要所で相槌を打つなりと反応を見せていたが、次第にその応えもところ少なく減っていき、最後はもはや仏頂面で、呆れた顔を見せながら、モラルの事をじとぉ……と見ていた。


「まあ……こんなかんじなのだ」

「阿呆か、貴様は」


 ペスは即座にピシャリとモラルに無慈悲な言葉を振り下ろす。

 彼女は心底つまらない話を聞いたなあという態度を崩すことは無かった。


「休暇に出てこいと言われただけで戦力外と勘違いするとは、貴様の認識は常識外にも甚だしい。頭が湧いとるわ」

「だが、シャレンドラは我のことをあしでまといだとか、呪文につよいてきがなどと――」

「ンなもの貴様の聞き間違いか何かに決まっとろうが! 貴様、あの日シャリに呼び出された時、何日徹夜しとったか、おぉ?」


 返事の途中にも関わらず、ペスはバッサリ切り返しては、再びの質問をモラルに向ける。

 彼はこめかみ……だと思われる部分に指とは到底思えないほどのぶっとい何かを押し当てて、過去の記憶を追憶しながらようやくその日の前日までの出来事を思い出す。


「ええと、四日か五日……かな?」

「完全に寝不足ではないかあ!! そりゃあ判断力も落ちるわっ! むしろ何故それで平然と生きておれたのじゃ! そっちの方がよっぽど恐ろしいわッ!」


 ダンダダンッ!

 ペスは店への迷惑も考えず、怒鳴りながら机を叩く。

 座敷と呼ばれる半分個室の様な場所で話し込んでいた二人だが、流石に騒がしくし過ぎているなと、あわててモラルは宥めすかす。

 しかしペスは余りにも納得がいかないようです、ますます湯気が漂っている。


「……正座」

「……えっ? せ、せいざ……?」

「いいから正座ァ! 早くせんかッ」

「はっはっはいいいいいっ!」


 モラルは飛び上がるように後退し、あぐらを組んで座っていた姿勢を正して足の甲を無理矢理ドでかい尻の下へと仕舞い込む。

 ぎりぃ、めりめり……とした音を僅かに響かせながら、モラルは何とか正座する。

 牛や豚が正座するする格好よりもよっぽど不可思議で珍妙な格好を眺めながら、ペスは立ち上がりモラルの顔を見下ろ――せなかったので仕方なく見上げながら、事実確認を再開する。


「それで、モラルよ……貴様がドの付く阿呆で徹夜をしたがる体調管理の儘ならぬクソのたぐいであることはよおく知っておったがのう……確か、ワシが記憶しておる限りでは、前日も、そのまた前日も、細かい依頼で貴様は呪文を幾つか唱えておったよのう?」

「アッハイ、おっしゃるとおりに……です、ハイ」

「呪文を操るれば操るほどに、魔力がすり減り精神が刻まれていくんじゃったかのう、確か」

「……オ、オッシャルトオリデス、ハイ」


 圧倒され、丸く丸くと縮こまりながら、モラルは片言に返事をする。

 その態度にますますペスは青筋をたてながら、モラルにきつく詰問する。


「貴様……実は魔力が枯渇して、意識が朦朧としておらんかったか?」

「………………ナイデスヨォ……」

「おう、ワシの眼を見て言うてみぃ? たっぷり睡眠をとっておって、魔力も漲るほどに充実しておったとなぁ」


 モラルは更に丸くまあるく丸まって、どこからどう見ても脂肪だけで作った肉団子か何かにそっくりな風貌に変化していた。

 それを見て、ぺすはますます不機嫌になり、はぁぁと長ったらしいため息をつきながら腰を下ろした。

 彼女は最早怒りを通り越して白けた気分になっていた。


「もう今更だがなあ、ワシの考え……聞くか?」

「………………オネガイシマス」


 脂肪の塊の内側から、くぐもって消え入りそうな声でモラルはペスへと言葉を返す。

 ペスは再びため息をつきながら、おおよその顛末を口にする。


「つまり貴様は意識もあやふや人の話が真っ当に聞けない状態にも関わらず、シャリに呼ばれ聞かされた休暇の内容を中途半端に曲解し、一晩眠るなり再度問いただ等の行為も行わずに一人勝手に飛び出した……と、そういう事になるんじゃな?」

「………………」


 返事も出来なくなるほど気を滅入らせているモラルを見て、ペスはもはやため息すらもつけなくなってしまっていた。

 まあるくなったモラルの背中側へと移動して、べちんと一発背に平手打ちをお見舞いし、再び正面の位置に戻ってどかりと座るとペスは、もはや何も言う事はないとばかりに口を噤んで見据えていた。


 しばらくして、モラルが一切姿勢を変えずに丸まる中、葡萄亭の店員がおずおずと料理を持ってやって来た。

 怒鳴ったり叫んだりとはた迷惑な客ではあるが、追い出そうものならどの様な態度を取られるのかも判らない為、店員はびくびく怯えたままに注文された品物を提供する事を選んでいた。

 これもある種の処世術である。

 ペスは特に言葉も返さず、食事を並べる店員に対しては頷き返すだけに留めていた。


「で、で、でわぁ……ごゆるりと」


 震える声でそう言い残し、飛ぶように去っていく店員を眺めながら、ペスは指先でチョイチョイとモラルをつつき、幾分穏やかな声でこう言った。


「では、飯にしようぞ」

「……うん?」


 その言葉は予想外だったのか、怪訝そうな顔を浮かべてモラルは球体を維持する事を辞めにした。

 頭を上げて彼がペスを見つめれば、彼女は目を料理に向けながら、少し呆れ果てた様な口調で諭すように話しかけた。


「飯は温かいうちに食べるものであろう? それに、空腹であるとろくな事も思いつかなくなるもんだ。貴様も、これからの事を考えるのであれば、一度腹を埋めておくべきだとワシは思うぞ」


 そう言ってペスはいただきますと最後の最後に付け加え、箸入れを懐から取り出しながら、口の橋だけを少し吊り上げて笑みを浮かべた。


「……そうだな。おまえのいうとおりだよ、ココカラ。考えるのは、おもいなやむのは食事をおえてからにしようか」


 少しだけ元気を取り戻したモラルは、まずは一皿手に取って、まるで器ごと食べようとしたかのように、ぺろりと一口で平らげた。

 その顔には、今まで分厚い脂肪の奥底に秘められていた葛藤や悩みの色が、全てかき消えてしまったかのように清々しいものだった。

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