生野菜 豆と緑黄野菜を中心とした柔らかな味わいの精進定食 配膳
「しかしココカラ、ナイントゥーに呼び出されたワケではないということは、お前はどうしてこのむらにやってきたのだ?」
モラルは首をかしげながら、ようやくペスがロモニー村へ訪れた理由を尋ねていた。
ナイントゥーが呼び寄せたという訳では無いのであれば、ペスがこの場に居合わせているというのは不可思議な事である。
当然の疑問を浮かべていたモラルだが、それに対してペスはといえば、仏頂面の上にも二色の表情を浮かべつつ、一通の手紙を突き出してきた。
「……これは?」
「シャレンドラが貴様に向けてしたためた文に決まっとろう」
さも当然とばかりに突き放すような態度でペスは答えた。
憤りと冷笑の入り混じった絶妙な顔ではその真意を探り出すことも適わない。
モラルはペスを探るのは諦めて、素直に手紙に目を通すことにした。
その絶妙な表情の答えが手の内にあるのであれば、態々彼女に問いかける必要性も無いのである。
ぺりぺりと蝋付けされた封を切り、モラルはその中にしたためられた文に向かって目を通し始めた。
「――なんだこりゃ?」
モラルが素っ頓狂な声をあげたのは、手紙に目を通してからまだほんのまばたき数度ほどの時間しか経過していない頃。
つまりは視界に入れた瞬間に、モラルはそれが怪文書である事を理解してしまっていたのだった。
「これは、なんというかだなあ、全文、我へのわるぐちでうめつくされているのだが……」
「……なぬ? それは真か?」
「いや、お前てがみのないよう知らんのかい。ほれ、みてみろ」
モラルから返された手紙をペスが眺めてみると、そこに書かれていた内容は、すべからく幼稚な暴言・悪口の類であった。
「こいつはまた……中々ひどいものだな、ククク」
「わらうなよ。お前だって、こんなわるぐちばかりの手紙を我におくりとどけにやってきたまぬけだってことになるぞ」
「ムッ……それもそうか。だがしかし、この内容はなあ……ククッ」
歯を閉じたまま唇だけを楕円に開き、ペスは額に左の甲を当てながら笑う。
笑いと呼ぶには少々はしたない……というよりも、狂暴極まりない表情の為モラルはペスの笑いが苦手であったが、久々に彼女の笑い顔を見ると、なんだか少し懐かしい気持ちに襲われてしまい、思わずそっぽへ顔を向けてしまう。
そんなモラルの様子には気付かずに、ペスはシャレンドラからの手紙を折りたたんでモラルに返した。
「くふっ。シャリも中々どうして不器用な奴じゃの。タルタドポスの阿呆がやらかした事への侘びとして、きゃつが蓄えこんでおった金の一部を貴様に送り届けに向かうと伝えた時になあ、文でもしたためておるならついでに届けてやると言ってみたのじゃが……よもやこれほどまでに笑える内容だとは思っとらんかったわ」
切れ長の瞳をきゅうと絞り、ペスはけらけら笑っていた。
当事者であるモラルからすれば全く笑える内容などでは無かったのだが、手紙に記されていた罵詈雑言を思い出し、態度にこそ出さなかったが心の底では傷ついていた。
やはり自分は、シャレンドラにとっては不必要な存在であったのか。
彼はますますその様に思いこんでいた。
「さて、後はこの金を渡せばワシの役目は終わりであるが――フウム」
「……なんだ、どうかしたのか?」
ペスは腕組をしたままの格好で少しだけ考え込むそぶりを見せると、口の端だけ吊り上げながらさも良い事を思いついたかと言わんばかりに掲げた金貨袋をじゃらじゃら鳴らしてこのように言い放った。
「ここにこれだけの金があるのだ、少しは奢れ」
「……この村にはあいにくち、トバのたぐいはおかれてないぞ」
「戯け! 賭け事の話などしとらんわっ! 賭場ではなく飯屋の話じゃ、飯屋の」
「めしやぁ? おまえがぁ?」
「……なんじゃ、その反応は。まあ良い、いいからワシをもてなせ、接待しろ」
予想外の提案に、モラルはばちばちと厚ぼったい太りきった瞼を瞬かせ、ペスの顔を見下ろしていた。
何の冗談かと顔色を伺っていたがどうにも本気の様子らしく、モラルはボリボリ頬を掻きながら思案した。
ペスは魚は食らうが肉は嫌い、菜食寄りの好みをしている。
肉は脂が少しでも混じっていると不機嫌になりやすく、上品な味わいを好む通ぶった気質もある。
この様な条件下では選べる店も限りがあり、この時間からでも開いている店を頭の中で思い浮かべながらモラルは再三確認を取る。
「じゃあ、ほんとうにメシでよいのだな? トバはほんとうにないからな?」
「くどいわっ! ワシは当面賭け事には手を出さんと固く誓いを立てたのだ。……あの時、あの四番目の勝負で手を切っておれば今頃はのう……」
生まれついての欠点というものは誰しも一つや二つ備えているものだが、ペスは生来より持ち合わせている最大の欠点は、向こう見ずな博打好きという実に厄介な病であった。
例の如くタルタドポスが軽く触れさせてみたのが原因なのだが、それがきっかけで完全にペスは目覚めてしまっていた。
元より勝負事にはムキになってしまう性格をしていたのだが、そこが妙な感じに絡み合って、今では立派な博打狂いとなり果てた。
一応理性でその衝動を押さえつける事も出来るのだが、時に限界を迎えた際に有り金すべてを握りしめ、賭場に繰り出してはスカンピンになって泣きべそをかきながら帰投するという情けない姿を披露していた。
ペスの言う二度と賭け事をしないという宣言は、賭けに使えるお金が無いと言っているようなものであった。
「良いから、店まで案内せよ」
「……しかたがないなあ。すこしあるくぞ?」
その言葉通り、かなりの距離を歩いた先に、その店はひっそりとたたずんでいた。
店の名前は葡萄館。
まだ若く小さな緑白色の粒が実った葡萄の木を玄関に植えたその店は、名前の通り葡萄の薫りに包まれた風変りな飲食店となっていた。
モラルが幾分前から目を付けていたこの店は、葡萄や潰した豆類などで味付けした料理が絶品と評判の、隠れた名店として知られていた。
肥満化する以前から肉や油が大好物であったモラルからすると、少しさっぱりとしすぎているきらいがあった為これまで足を運ぶことはなかったが、ペスの好みに合わせて店を選ぶのならば丁度よいと、珍しく採食限定の店を選んだのだ。
「ほお、良い店ではないか。存外に気が利くな」
「ぞんがいとはなんだ、ぞんがいとは」
「言葉通りの意味以外に何がある? ふむ、ではワシはこの精進料理とやらを頼んでみるか」
「我もそれをたのむか。あと、このにくふうみの豆りょうりの合わせ皿もついでにな」
「疑似肉というやつか。ワシはそういうものは好かんが……まあ、大目に見てやろう」
人の注文に口出しするとは何様のつもりだ――とは思ったものの、最大限に譲歩はしてくれているのだなと理解をし、モラルは言葉には出さず飲み込んだ。
ペスは文句をつける時には誰彼構わずきっちりはっきり口に出す女である。
ここで妥協して見せたという事は、ペスはペスなりにもモラルに幾分理解を見せていたのだ。
だからこそ、モラルは食事のもてなしを求めてきたペスの態度に訝しげなものを感じてしまっていた。
「それで、ほんとうのもくてきはなんだ、ココカラ。ただメシを食べにきただけということは無いのだろう?」
「当たり前だ。貴様の様な気色の悪い肥満体と、態々相席してやるのには理由があるわ」
「……わるかったな、太っていて。いやまて、おまえ、我の顔をみてもそこまで気分をがいしてないな? いぜんは口にきつけくすりを含んでいたとはいっていたが……」
「服用薬と、衣服の締め付けを少しきつめに整える等と処置を施したのでな。それでどうにか誤魔化して居る。それに、なんだかんだで少しは慣れたわ」
「おう、そうか……」
直視をするのに努力を有するという事態に対し、モラルは困惑の表情を浮かべてしまう。
彼自身は自分の外見に快も不快も感じていない。
その為ペスが陥る唐突な気絶や嘔吐感などに、彼は理解を示すことが一切できずにいた。
とはいえ薬の服用などで押さえられるのであれば、大したものでは無いのだろうと高を括り、モラルはしばしペスの体調の事を気遣う必要性は無いなと手早く判断した。
なのでこの件に関しては深く問い詰めず、話を本題に進める事にした。
「まあ、我のみためのことなどどうでもよいか。それよりも、何がもくてきで飯にさそったのだココカラよ」
ジロリ、と顔をのぞき込む。
きっと何か思惑があるに違いないという確信をもっての問い詰めだったが、ペスはこれを涼しい顔で流しつつ、まずは一杯水で喉を潤わせてからその真意を口にした。
「なに、ご執心のシャリはもとよりアイラは貴様を説得するのに随分気を吐いている様でな。あればかりに負担をさせるのは忍びない。よってワシも手を貸してやろうと思っただけじゃ」
「フムン。まあ、我はせっとくなどされるつもりはないが、いいたいことがあるのならきいてやろう。ただし、飯のあいだだけな」
「いや、話をするのは貴様の方だ、モラル・フリーガン」
「……なに?」
手のひらを上に向け、モラルの側へと差し出しながらペスは言った。
「貴様が、貴様の事情を話せ。誰も彼もが気様に対し、戻って来いとしか言ってはこなんだ筈だ。偶に尋ねる側が現れても良かろう? 貴様の本心を言え。何が不満で、どうして出ていったのかを」




