生野菜 豆と緑黄野菜を中心とした柔らかな味わいの精進定食 注文
次の日の事である。
朝早くに目を覚ましたモラルは馬車に乗り込むアイラを見送ると、農場の現場監督に軽く事情を説明し、その日の仕事を休ませてもらった。
但し、ため池の水量の確認と、仮に不足であれば呪文で真水を補充する事を条件につけられた上での休暇であった。
魔術師の存在は貴重である。
無から様々な自然現象を巻き起こすことが可能である彼らは戦いの場に非ずとも、常に貴重な超常的資源として重宝されるきらいがあった。
モラルもまた、その御多分からは漏れ出ない。
というよりも、行く宛も無ければ何の伝手も持たない突然村に来訪した異邦人が、こうも早くに村人に受け入れられた理由の一つが、年若く経験豊富で数多の呪文を使いこなす才覚があるからに他ならない。
これが普通の風来坊であれば、村人たちから頼りにされる事も無ければ、いちいち休みの断りを入れなければならない立場に収まることも無かったであろう事は間違いない。
モラルがロモニー村で信頼を得られていたのには、このような事情があったからであった。
それ故彼はその信頼を継続させる為にも、ある程度現場監督の注文を受け入れる必要がある。
ナイントゥーの件がどうしても気掛かりではあったのだが、ため池に関する指示を無視するわけにもいかず、渋々モラルは何箇所かに点在している水源地に足を運ぶ事になってしまった。
最早こうなるとナイントゥーを追いかける事は難しい。
朝のいつ頃に宿屋を発って何処へと向かうのかも予想がつかない以上、水の様子を調べたあとは、村中くまなく歩き回ってナイントゥーの姿を探す手段しかモラルには残されていなかった。
「はあ、なんてめんどうなんだ」
思わず愚痴も零れてしまう。
モラルは両腕からジャバジャバと水を呪文で噴出させて池の水を補充しながら、炎天下の中、村のそこら中を歩き回らなければならなくなった事に、軽く目眩を覚えていた。
「まあアイラにああいったてまえ、やるしかないわなあ」
乗り気にはなれないものの、モラルは一定の義理を見せる為にも村中さまよい歩き、ナイントゥーの姿を探し続けた。
もちろん、ただ当てもなく歩き回る訳でもない。
顔見知りの村人や村の商店の店主たち、そこらで遊び回っている子ども達などから目撃証言を求めたり、見つけた時にはモラルが探していたと伝えてくれと言付けを頼み込む等していた。
それでも中々見つからないので、もう既に村から別の地へと立ち去ったのか、あるいは村の外部でもうろついているのかと、モラルはそれを確認する為に馬車駅へと足を運ぶ事にした。
ナイントゥーはかなり目立つ格好の男である。
馬車に乗るような事があれば、きっと駅の係員などが目撃しているに違いないと予想した上での行動だったが、ナイントゥーの目撃情報こそ無かったものの、結果的にこの判断がモラルの無駄な労力を省く結果となっていた。
「むう、あれは……ココカラ?」
モラルの視界の端、丁度この機に辿り着いたばかりの馬車から降りてきたのはシャレンドラの仲間の一人、ココカラ・ペスの姿であった。
ペスもまたモラルの姿には気づいた様で、一瞬ふらりと立ちくらみこそしたものの、ほんの一瞬にて立ち直り、モラルの方へと足を向けて近づいて来た。
「出迎えご苦労……という訳では無さそうじゃな。アイラの姿は見当たらぬの。貴様一人か?」
「ちょうどいれちがいで、シャレンドラのところへもどったかたちだ。おまえもきたということは、やはりこのキンペンでなにかあったのか?」
「フムン? 何かとはまた随分とハッキリせぬ尋ね方をするものだ。いや、待て。ここは往来が激しい。少し場を移して話し合おうぞ」
馬車駅の直ぐ側での会話は人や商品の往来の邪魔になると判断し、二人は比較的人通りの少ない住宅地側の道へと足を踏み入れ、適当な所で腰を下ろしつつモラルは手短にナイントゥーの件をペスに尋ねた。
「あのだんまりつむりがこの村に、のう……」
「そのようすでは、お前たちにとってもあいつの動きはネミミに水のようだなあ」
「うむ……きゃつめには、ワシとは別に野外の調べ事を命じておったからの。しかし、この村に来おったか……ふうむ」
「なにか、まずいのか? ……いや、我がたずねてよいものかはわからんのだが」
ボリボリボリ。
首とも顎ともつかぬ不可解な部位を掻きながらモラルはぼやくが、ペスはそんな彼の姿に顔は向けずに、どこか吐き捨てる様にナイントゥーの役割を話してくれた。
「別に、誰とも知れぬ奴に吹聴して回る程、貴様は間抜けという訳でもあるまいて。……きゃつにはな、あの忌むべき者ども死霊使いの残党を調べる任を与えられとる」
「死霊使い……!? 卑死操団かっ!」
モラルが小さく驚愕の声をあげてみせると、ペスもまた憎々しげな表情を浮かべつつ、叫び声に同意した。
「ワシらはきゃつらのアジトを潰した。それは確かではあるがの、その構成員全てを確実に根絶やしにしたとは言えぬでな。シャレンドラが王都に召集され身動きが取れぬ合間にも、奴には動いてもらっておったのだ」
ペスの説明を聞きながら、モラルはロモニー村付近の風景を思い起こす。
森に山々、三本の川と草原、荒れ地、そして街道。
その気になれば隠れられる場所はごまんとある。
卑死操団の生き残りが落ち延びていたとするならば、第二王都の側ではなくロモニー村の方面へと逃げる可能性も大いにあり得る話である。
モラルはゴクリと、喉を鳴らしてつばを飲む。
ひょっとしたらの可能性に、焦燥感を抱いていた。
「だとするならば、ナイントゥーはやつらのいきのこりのコンセキを見つけるか、たどってきたけっかこの村にたどり着いたカノーセーがあるということか」
「……まあ、可能性の一つではあるわな。しかしきゃつは貴様に何も伝えず去ったのだろう? で、あるならば奴らめの残党を見つけた訳でもなく、単に食事や湯あみ、食料調達などの為にこの村に立ち寄っただけかもしれん。腐れ外道どもに用心するのは良い心がけとは思うがの、余り警戒し過ぎる事もあるまいて」
「ふうむ。まあ、この村はオーライもはげしい分、そなえはそれなりだからなあ。負けのこんでいるれんちゅーなら、そしきをたてなおすためにももっとへんぴな村からおそうか」
モラルの分析に対しペスはまさしくその通りだと言わんばかりに強く頷く。
ナイントゥーの寡黙なところは悩みどころではあるのだが、彼が警告の類を一つも漏らさず立ち去っている事に、ある種の信頼を置いていた。
「備えそのものは必要であろうがな。そういう意味ではアイラと入れ違いになった事も、却ってよい方向に進んでおるやもしれんな。何時頃届くかも把握できない手紙よりかは直接足を運んで伝えた方が早いからの」
「あー、てがみやはなあ~、あるていど集荷してからおくりとどけるぶん、おそいんだよなあ」
時代柄、手紙交流という文化にもある程度の理解が及びつつあるのだが、本当に重要な内容を記した手記等においては軍下の伝令役が一部の冒険者などに頼み込んで配達してもらわない限り、隣町に送るのでさえ一週間はかかるのがざらであった。
急ぎの用件があるのなら、まず間違いなく自ら行動するべきである。
特に馬車便が優秀な場所や、自分自身が動くことに問題の無い場面であるのならばの話だが。
「調査する場所が、遺跡や王都の側から離れていっただけとは思うがの、アイラがナイントゥーの事を伝えれば、おそらく誰かしらがこの村に派遣される事になるだろうの」
「そしてこのしゅうへんをジューテンテキにたんさく、か。まあ理にはかなっている、たいへんけっこう」
「……そこまでやるべきか、とは言わぬのだな、貴様は。気も張っていた様子でもあるし、醜くだらしなく太り切った怠惰な奴かと思ったが、案外戦場での勘や心構えは抜けきっておらぬ様だな。……少しだけ、安堵した」
「そりゃあな、どうしたって抜けきれるものではあるまい」
勇者パーティの一員として、様々な敵や障害を数多の呪文で薙ぎ払ってきた経験上、モラルはどうしたって戦いの気配には過敏になってしまうのだった。




