ロースト 特製鴨肉の焦がし甘口炙り肉 完食
「……あれ? モラルさん、他のみなさんは?」
店の中に入ってみると、同行していた氷室管理の村人たちが辺りにおらず、アイラは首をかしげてモラルに疑問を投げかけた。
するとモラルはふんすと鼻息を吹き出しながら、何を妙な事を言っているんだ、とでも言いたげな表情を浮かべ、アイラに向かって返事する。
「我とはべつのせきにすわってもらったぞ? なぜなら、テーブルのうえにのせられる料理のかずにはかぎりがあるからなあ。どうせきしてたら、我がくえる飯のりょうが、へってしまうではないか!」
とことん自分の胃袋の事しか考えていないモラルは、それだけを告げるとのしのし店内を練り歩き、丁度良い空きテーブルを探し始めていた。
腕に絡みつけられず腹にでも抱き着こうとしていたクーラの事は歯牙にもかける様子もない。
飯に意識が集中しているモラルにとって、他人とはもはやその辺に転がっている石とそう大差がない。
クーラはずるずると半分引きずられそうになり、慌てて両手を放して態勢を整えていた。
流石にここまで無視を決め込まれていると、アイラもクーラに同情する。
と同時に、心の内ではひっそり馬鹿にもしてしまっていたし、ある種の優越感も抱いていた。
彼は異性には全く興味は無くて、食事の事しか頭に無いが、友人であり戦友でもある自分に対しては自ら話を振ってくれている。
そこらの有象無象の村人よりかはよっぽど気にかけてもらっている事に、アイラは少しだけ満足感を得てしまうのだった。
しかし表情にはおくびにも出さず、アイラはモラルの斜め後ろに付いて回り、今までと変わらない態度で彼に向かって話しかけるのだった。
「夜は食べてもいいとは許可しましたけど、加減はしてくださいね。流石に何時も何時もおなか一杯食べていたら痩せられないですよ。せめて腹八分目で抑えていただけませんか? もしくは週に一度か二度までに抑えるとか――」
「おい、まて、おい」
アイラの忠告に被せる様に、モラルが口を挟んできた。
忠告がそんなに気に食わなかったのかとアイラは頬を膨らませて抗議の意を示すのだが、モラルが不自然に指さすさまを見て一体何事かと表情を改めながら、指の先へと視線を向けると――
「ああっ!? な、ナイントゥーさん!?」
ここらでは珍しい白装束に身を包む、ほとんど禿頭の若い男の姿が目に付いて、アイラは小さく叫んでしまった。
名前からも察しがつくが、ナイントゥーはナインティーの弟である。
姉と同じ白髪のくせ毛を彼は何故だか丸めていて、もみあげの部分と首周りの毛を残して頭髪を剃り上げていた。
それでいて顎髭の方はしっかり蓄えているものだから、見知らぬ人が彼を視界に収めれば、異様に肌の若い老人にも見えなくも無いだろう。
そのような奇特な風貌である為、ナイントゥーの姿は飯屋では非常に目立っていた。
「よ、よくわからんが、おまえにあいにきたんじゃないのか、アイラよ」
「い、いえ……理由が無いですよ? ……あっ、こっち見てきました!」
モラルとアイラの話声を聞きつけて、ナイントゥーは二人……とクーラを合わせた三人の側へと顔を向ける。
「おいおい、てまねきしてるぞ……? やっぱりお前にあいにきたんじゃあないのか?」
「待って下さい。彼、どう見ても貴方の顔を見ながら手招きしてますよ? モラルさんに会いに来たか、何か一言物申しに来たんじゃあないでしょうか?」
「わ、我にだあ? あいつが、一言ぉ?」
モラルは大層困惑していた。
ナイントゥーは姉のナインティーとは異なり日がな一日無言で過ごす、全く無口な変人奇人の類であるからだ。
時には必要最低限の説明ですら省いてくる有様なので、彼とは会話を成立させること自体が難しいと、モラルはとても苦手意識を持っていた。
そんなナインティーがおいでおいでと招いている事態に、モラルは一層不気味さを感じていた。
「あ、なんかお邪魔そうなんで、あたし別の席に座りますね?」
空気を読んで、クーラはモラルのそばから離脱した。
状況が判らないというのもあるが、彼女からしても得体のしれない第三者と同じ席について食事をするのは忌避感があるらしく、モラルの返事も待たずにそそくさとその場から離れていた。
ずるい、卑怯だ、部外者ぶって逃げやがって。
モラルとアイラはクーラに対してほとんど似たような逆恨みの感情を抱いてしまうが、事実彼女はモラルたちとは全く関係が無いので逃げ出してしまうもの仕方の無い話である。
むしろいつまでも居座り続ける方が不自然なのだが、ナイントゥーに対して苦手意識を持っている二人からすれば、これ幸いに一人だけ抜け出てしまった裏切者の様なものである。
モラルの中でひっそりと、クーラに対する好感度がわずかに下方修正を受けていた。
「……しかたがない、いくかアイラ」
「はい……って、私もですか!?」
「いやお前、ここはついてくるところだろう?」
「うう、仕方ないですねぇ」
渋々といった感じでアイラはモラルと共にナイントゥーが座る席へと身を運ぶ。
ナイントゥーは少量の野菜とパン類の他に、これでもかと言わんばかりに大量の骨付き炙り肉がこんもりと乗った皿を携えて、二人の着席を待っていた。
「ひ、ひ、久しぶりだなナイントゥー」
「………………」
返事は無く、ただ炙り肉へと手を向けて、ナイントゥーは食事を促した。
「な、ナイントゥーさんも、モラルさんの説得をする為に、ここまで参られたので?」
またもや沈黙。
首すら縦にも横にも振る気配がない。
二人は揃って困惑する。
だがいつまでも間抜けに棒立ちを続けるわけにもいかないので、二人は揃って椅子に座り、ナイントゥーの顔を窺った。
真顔である。
ナイントゥーの顔色を読むことは何人たりとも難しい。
モラルとアイラは早々に、ナイントゥーの真意を探るのを諦めた。
「え、ええと……とりあえず、ご飯にしましょうかモラルさん」
「うむ、そうだな。では……ええと、これを食べてもよいのかな、ナイントゥーよ」
ナイントゥーはうなずき一つ返すことなくモラルに向かって食べかけの炙り肉を突き出した。
「いや、たにんのたべかけはちょっと……」
拒絶をされて、ナイントゥーは炙り肉を引っ込める。
あまりに取っ付き難過ぎる。
アイラとモラルは表情を曇らせたまま、炙り肉にかぶり付いた。
「ムッ、これは甘い、甘いなこれは」
「わっ! 本当ですね。このお肉、とっても柔らかくて甘くて……だけど甘すぎるって程でもなく、ほろ苦さも有って美味しいです」
二人が料理に称賛を向けていると、ナイントゥーは咀嚼する口を止めて、ほんのわずかに誇らしげに口の端を吊り上げて、再び肉を頬張った。
ここに他の仲間たちが同席していれば、お前が作ったわけでもないのに自慢げな顔を浮かべるなだの、そういうのはいいから早くしゃべれと頭に一発平手を打ちつけたり等した事だろうが、モラルとアイラは元々生真面目な生来をしている為、ナイントゥーに無遠慮な突っ込みを入れる行為は取らなかった。
代わりに二人だけで会話を始めていた。
「おさないころはこういった骨のついたにくというのは、なんだかとくべつかんがあってごちそうにみえたんだよなあ。あるていど育つとこんどは食べるのにめんどうにおもえてきて、あらかじめ骨はとっておいてくれよって、思いはじめてくるんだよな」
「ああ、判ります判ります。子供の頃って、骨に付いたスジなどをこそぎ落として食べるのが癖になったりするんですよね。けどそのうちはしたない行為に思えてきて、やめちゃうんです」
「そうだよなあ。やっぱ、歯とかでがじがじとかじったりはするよなあ? まあ、さいきんになってまた骨つきがすきになったのは、べつのりゆうだけどなあ」
「骨から旨みが染み出てくるから、ですよね?」
「よおくわかっているじゃあないか、アイラ」
二人が会話を弾ませながら、ちらり、ちらりとナイントゥーが加わって来ないかと視線を向けて様子を窺うも、彼は相も変わらず黙々と、口に食べ物を運ぶばかりであった。
モラルとアイラはその後も幾多の話題を振ってみるも、ナイントゥーは一度して乗ってくることはなく、黙々と食事を続けるうちに話題もだんだん尽きてきた。
気付いた時には三人とも、黙々と黙ったまま骨付き肉を齧るといった、奇妙な光景が訪れていた。
微妙な雰囲気がずうっと続いてしまっていては、流石のモラルも食事を楽しめない。
更に言えばずっと同じものばかりを食べているせいもあり、次第に舌にも飽きが訪れ始めていた。
さてどうするかとモラルが一計を案じ始めたその時、まるでその機を狙っていたかのようにナイントゥーが立ち上がり、懐から取り出した財布から数枚金貨を抜き取ってテーブルに置くと、二人に挨拶も交わさずすたすた歩き去ってしまう。
あまりにも他人の都合を考えない、傍若無人ともいえる態度にあっけにとられながら、モラルは遠く離れていく禿頭姿をただ茫然と見送るにとどめていた。
「……なんだったんだ、あいつ……? アイラ、ナイントゥーのこうどうに、ほんとうに心あたりが……アイラ?」
モラルの問いかけにも反応を示さず、アイラはテーブルに向かって完全に突っ伏していた。
「おい、どうした? なにかのジビョーか? くすしやいやし手のたぐいをよんだほうがいいか?」
背を擦り、不安そうに体調を気遣うモラルだが、アイラは僅かに顔を横へと傾け片目だけをモラルに向けながら、
「……い、いえ……大丈夫です……ちょっと、食べすぎと、肉の脂で胸やけが……うっ」
「お、おう、そうか……いや、食べすぎにかんしてもんくを言ってたお前が食べすぎでたおれるとか、ホンマツテントウというかなんというかだな」
「うっうっ……もそっと優しくお願いします。振動で、お腹が……」
モラルは可能な限りアイラの背中を優しく擦り上げる。
ついでに水差しからコップに中身を移してやり、それをそっと手に握らせてた。
アイラはよろよろと妙にのろい動きで起き上がるとそれをちびちび舐める様に飲み、左耳の後ろを片手で押さえながら胃もたれと嘔吐感をこらえていた。
やがて体調が戻る頃、アイラは何やら思いついたらしく意を決してモラルに向かい、一つの考えを打診した。
「モラルさん、私、明日朝いちばんの馬車で皆さんの元に戻ろうと思っています」
「それは、ナイントゥーがやって来たジジョーをたずねる、ということか? わざわざもどらずとも、あいつをといただせばいいのではないか?」
「いえ、ナイントゥーさんと会話を成立させるのは困難ですし、問いただそうにも間違いなく苦労するのは目に見えていますから……それでしたら、いっそのことシャレンドラさんやタルタドポスさんに尋ねた方が、間違いなく早いですし、何より楽です」
「……まあ、それもそうかもしれんな」
両者共に、ナイントゥーが訳もなくロモニー村を訪れたとは考えてなどいなかった。
ナイントゥーは口数こそ少ないどころじゃなく無言だが、無口すぎる点を除けば無駄な行為は何一つ行わない、効率的かつ誠実な性格をしていた。
彼がやって来たからには何らかの理由があるに違いない。
モラルをパーティに復帰させる為の説得役として派遣した――とは、モラルもアイラも考えすらしない。
どう考えても一番説得役に向いていない事は、二人ともよく理解しているからだ。
故に、アイラはもとよりモラルですら、ナイントゥーがロモニー村に訪れた理由が気がかりになっていた。
その理由を知るためにも、モラルは久々にアイラの事を頼りにしていた。
「ならば、まかせた。こっちのことは、我にまかせておけ。村ののらしごとのてつだいもあしたは断って、ナイントゥーの様子をうかがうことにするよ」
「そうですね、お願いします。単に貴方の顔を見に来ただけという、平穏な理由であることを願いますよ」
「そうだな。そうであれば、あんしんなのだがなあ」
二人は賑やかな飯屋の中で、一組だけ深刻な表情を浮かべ合ったままため息をついた。




