ロースト 特製鴨肉の焦がし甘口炙り肉 配膳
アイラが求めた時にソルベを作って提供する代わり、夕方以降の食い放題の権利を取り戻したモラルは意気揚々と飯屋に足を運んでいた。
自分の策がアイラの自制心を上回っていた事に気分を良くしたモラルは、一緒にソルベを作っていた村人全員に夕食をおごると宣言し、彼らを引き連れた状態で歩いていた。
これにはソルベ職人たちも大喜びである。
他人の財布で食べる食事程美味いものは早々ない。
彼らは口々に魔術師の旦那は最高だなあ、流石太っ腹なだけはあると、皆一様に褒めたたえながらぞろぞろと付いてきていた。
そんな村人たちの最後列、アイラは心の内で太っ腹というものは物理的な意味ではないのにと指摘しながらクーラと共に歩いていた。
アイラが同行しているのはもちろんタダ飯狙いという訳ではない。
単に別れる機会を失っていたと言うのが正しいが、クーラに話しかけられたというものもある。
ソルベの試食をしていた村人たちの中で未婚の女性はクーラとアイラの二人のみであり、既婚の女性の方々は皆、家族の食事を作らなければならない為に、モラルの誘いを断らなければならなかったのだ。
そうして既婚女性の方々が抜け出てしまうと、クーラ一人が残されてしまう形となる。
流石に女性一人というのは心情的に嫌だったのか、クーラは素早くアイラに近づいて、当たり障りのない会話から始めながら、逃さないように会話を途絶えさせずに話しかけ続けていたのだ。
アイラはそれに付き合わされてしまった形である。
いわゆる乙女同士の会話がむさ苦しい男たちの最後尾で繰り広げられていた。
「――へええ、都会じゃあ牛の乳を使ったお菓子が人気なんやねえ」
「今の王都ではまろやかな口当たりのものが好まれていますね。もちろんソルベも人気ではありますが、一つのお皿に一緒に添えて出される事が多いですね」
「へぇー、そうならうちも今回のお祭りで、それを真似たら売上上がるかもしんないのね」
二人はここまでの道すがら、流行りの衣服や香水、お菓子の話などで盛り上がっていた。
村から遠方へとほとんど足を運んだことのないクーラにとってどれも魅力的に思えたようで、ほとんどアイラが説明係として話しっぱなしの状態ではあったものの、共通の話題があったおかげで二人の距離はかなり親密なものになっていた。
そんな折、少しだけ会話が途切れた時に、クーラは僅かに逡巡しながらも、意を決しておずおずとアイラに問いかける。
「あのぉ、ちょっとだけ聞きたいことがあるんだけど、ええ?」
「ええ、構いませんよ? 一体何の質問でしょうか?」
アイラは快く応じるが、彼女の予想に反してクーラの質問はとんでもない内容であった。
「そのね、二人ってやっぱ、付き合っとるん?」
「……は? え、付き合ってるって、誰が、誰と……ですか?」
「じゃから、アイラさんとぉ、魔術師の旦那がぁ」
「はぁぁぁぁぁぁっ!?」
アイラの発したとんでもない大声に、男性陣は皆振り返る。
皆一様に何事かと怪訝な顔を向けてくるが、アイラは素早く頭を下げて取り繕い、男衆の興味を何とか逸らす。
そんな態度に誤魔化され、顔を正面に向き直す男たちを尻目に、アイラは声をなるべく潜めながら、妙な事を口走ったクーラに対して問い詰める。
「なんで、そんな妙な事を!?」
「いや、だって、いつぞやの時に妙な性的行為を――」
「違います違います違います、あれは決してそういうものでは無く火傷をしそうになってしまったので水で冷やしていただいていただけで決してやましい事なんて何もありませんから本当ですっ!!」
アイラは誤解を解こうと必死になって否定する。
神に仕える修道女として、貞淑さや純潔性を証明せんが為の言葉にも聞こえるが、実際のところはあんなデブの恋人扱いされるのは死んでも御免だ! という意図を込めての発言であった。
痩せていた頃のモラルならいざ知らず、今の太りに太りまくった人外肥満体型のデブにはさしものアイラも何の魅力を感じてなどいなかった。
「あれを恋人とか、無いです。天が落ち、地が粉々に砕けようとも、それだけは無いです」
「はぁー、そこまで言い切っちゃうんなら、うちがあの人をお婿さんにしちゃってもええって事かな?」
「――んん!?」
アイラは盛大に咽てしまった。
「ちょっと、大丈夫? 何か調子悪そうだけど平気?」
「いや、どちらかといえば貴方の方が頭がおかしいとしか……大丈夫ですか? 相手はあの超々々々々デブの、二十人前はぺろりといっちゃう規格外デブですよ!?」
アイラにしてはかなりの暴言だが、これもまた致し方ない。
彼女は先程脅され弄され口車に載せられてソルベ食べ放題の件で買収されてしまったばかりである。
モラルに対する好感度は真っ逆さまに急降下していて、今やタルタドポスの次くらいには、不審な相手と思っている。
そんなモラルの事をお婿さんにしようだなんて口走る女性の存在は、彼女からしたら頭のおかしな変人奇人にしか思えないのだ。
しかしクーラは割と本気の発言らしく、アイラの顔を正面から見据えながら、しっかりはっきり言い返した。
「田舎で太れるってのは結構すごいんすよ? 収入がしっかりしてるって事の証明だし。それに呪文を扱える人なんて希少だから、将来性もばっちりっすからね。正直優良物件以外の何者でもないかなあって」
「ま、まあ、そういう見方もあるかも知れませんが……アレですよ、あれ?」
アイラは地面を指さした。
そこにはくっきりはっきり人外な大きさの足跡が残されていて、当然それはモラルが残したものであった。
「アレな体重の持ち主とお付き合いとか……正気とは思えませんけれど……」
「それはアイラさんが都会育ちっていうところが大きいと思うっすよ? あの人の事、狙ってた女子は結構いるんですよ」
「結構!? あれを!? しょ、正気とは思えな……」
アイラは無自覚に村の少女たちやモラル当人を否定してしまうが、クーラは気にする事なくうっすら余裕の笑みを見せた。
彼女にとってアイラがこの様な態度や発言を繰り返す度、自分の敵にならないという事がはっきり判明してしまうからだ。
もやは恋の好敵手だとは思えない。
クーラはモラルと夫婦になる上で最大の敵になりえた相手が相手にもならないと知り、より一層満足げな笑みを浮かべるのだ。
「まあ確かに容姿は直視し続けていると段々気味悪くなってくるけど、慣れればちょっとおっきい家畜みたいなもんでしょう?」
「あ、やっぱり見た目は良くないんですね」
「まあね。けど見た目よりは甲斐性だから」
結婚相手として捉えている女性にも、その様にしか思われていないモラルの事を、アイラは少しだけ同情していた。
もっとも、アイラもかなり酷い言葉を吐いているのでお互い様だった。
「そういう訳なんで、結婚とか考えてないならあんまり干渉してほしくないんスよね、正直言って」
「……言いたい事は判ります」
「だったら――」
「ですが」
アイラはクーラを制する様に言葉を被せる。
「彼を待っている人が居ます。その人の為にも、私は彼を説得し続けるつもりです」
「……ふぅぅーん、そういう事言うんだあ。へぇぇー……」
クーラは敵対心とも対抗心とも取れるものを燃やしながら、アイラの事を睨みつける。
アイラもまた負けじとクーラの威圧的な視線を受け止める。
苛烈なる視線の争いは、ほぼほぼ互角の様相を表していた。
「他人の為に身を張るなんて、随分とお人よしなんスね」
「……仲間ですからね」
「へえ……そういえば、魔術師さんのトコに何人か女性が尋ねてきた事がありましたっけ? 痴女同然の激しい恰好の人とか、飯屋で騒いでいた人とか。そのどっちかが待ち人なんですかね」
おそらくバシュターナとナインティーの事だとは理解しつつもアイラは答えを返さない。
相手が誰であろうとも、当人がこの場に居ないのであればクーラにとっては何者であろうと変わらないのだ。
もっともその待ち人が勇者シャレンドラその人であると知ってしまえば彼女は驚愕すると共に身を引く事も予想が出来るが、いたずらに勇者という称号を振りまく行為はしたくないと、アイラたちは自制していた。
事は政治的な部分にも関わっている。
タルタドポスの計略により勇者パーティに所属している者たちの名前は一般的には伏せられていた。
名声をシャレンドラに一極化させる為の措置でもあるのだが、貴族や派閥の横やりを避けるための回避策でもあったのだ。
名を庶民に知られ、広められてしまえば、そこに彼らなりの理屈を絡めて必ず口出しを始めてくる。
その為シャレンドラの仲間たちは自分たちの名前や立場を態々明かす事はなく、またシャレンドラの名前を大っぴらに出すことも無かったのだ。
もちろん国に仕える者や同業者などにはある程度知られてもいるが、彼らも派閥間の勢力争いに関わり合いにはなりたくない為積極的に広めるような行為は取らない。
故に勇者パーティに所属している魔術師の事はモラルという名ではなく、青いローブを羽織った魔術師という外見的特徴で庶民たちに伝えられていた。
もちろんモラルがシャレンドラの元を飛び出してこの村に訪れた時も、彼は間違いなく青いローブを羽織っていた事だろうが、その様な衣装をまとった魔術師は数多く存在する為勇者パーティの一員だったことは間違いなく知られていない。
勇者パーティの武勲にあやかりたいと思っている魔術師たちが、こぞって青いローブを好んで身にまとっているのが原因だ。
なのでモラルがその青いローブを羽織った魔術師その人だという事は、おそらく誰も気づいていない。
モラルが仲間の元に戻る事を諦めるにせよ説得するにせよ、勇者シャレンドラの名前を出すリスクを知っている為アイラたちはモラルの出自を口にする事は出来なかった。
「……おぉーい、ふたりとも。いつまでたちどまっているんだ? きょうの飯屋についたんだ、なにをはなしているのかはしらないが、さっさと店のなかにはいってこおい!」
アイラとクーラは気付いていなかったが、いつの間にやら今夜の飯屋に到着していたらしく、何時までも店内に足を踏み入れてこない二人にしびれを切らしたのかモラルが声をかけてきた。
二人はしばし顔を見合わせる。
先に言葉を発したのは、モラルの女房役を狙うクーラの方であった。
「では、この話は一旦ここで終わりという事で」
「クーラさん、貴方は……」
「はいはい、終わり終わりッ! 魔術師さんが待っているんスから、さっさと入るっすよ」
そう言って、クーラはアイラの返事も待たずに一人先に躍り出て、モラルに駆け寄り腕に手を絡めようとたくらんだ。
しかしモラルはクーラの事など意にも介さず、アイラに向かって手招きした。
予想外の強敵――お嫁さん志望の村人登場という事態にアイラは気を動転させてしまったが、あの様子を見る限り、愛だの恋だの夫婦だのといった事柄には一切目もくれていない事を理解し、目下のところ最大の敵はやはりモラル自身の食欲だなと、アイラはしっかり理解を深めながら、店の入り口へと一歩足を踏み出した。




