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ロースト 特製鴨肉の焦がし甘口炙り肉 注文

 甘味とは、舌に伝わる基礎的な味覚の内、いついかなる時においても脳が欲求してしまう力を持った、最も強い刺激である。

 時間を忘れ、ひたすらすりおろしては口に運ぶを繰り返し続けたアイラだが、太陽の位置が斜めに傾き切った頃、ようやくその手を止めて自分がしでかしてしまった事に気付いてしまう。


 暴食である。

 本能に赴くまま、いやさ味覚に囚われたまま幾度となくお代わりを請求し、ひたすら味わい続けていた自分の愚かな行動に、ようやく気付いてしまったのだ。

 モラルにはあれだけ暴食はよろしくない、節制を心がけろだなんだと言い続けていた当の本人がそれを破ってしまっていた事でアイラに羞恥の感情が浮かんでしまう。


 いいや、まだだ、まだ大丈夫。

 動揺した姿を見せずに誤魔化せば、モラルの瞳を欺けるかもしれない。

 アイラは修道女にあるまじき行い――自らの失態を隠蔽しようと試みるものの、思いついたその瞬間、肩へぽんっとおかれた手のひらの重みと感触に、もはやすでに手遅れであったことを悟るのだった。


「ア・イ・ラぁ~。ずいぶんと、これまたずいぶんとまあ、おかわりしてみせたもんだなあ、これは」

「も、も、もらっモラルさん……っ! い、いえ、その、ええと……あ、あはははは……」


 乾いた笑いに入り混じり、どくどくと、高鳴る心臓が耳の中でこだまする。

 アイラは振り向くことも出来ず、冷たいソルベを食べ終えたばかりの冷え切った肢体にも拘わらず、脂汗を浮かべながら視線をあちらこちらへ向けつつなんとか言い訳をつこうと思考回路を巡らせていた。

 だがすでにモラルの手はアイラの肩に掛けられているのである。

 まさしくすべてが手遅れの、詰みの段階に入っていた。


「いやぁ、すごいなあ。まさかひとりでこんなにもたべてしまうだなんて、きみ、なかなかそしつがあるとおもうよ?」

「そ、素質……って、なんのことですかねあはははは。ちょっと私には意味が判らないですねうふふふふふ」


 もう片方の肩へも手を置き、モラルはアイラを押さえつける。


「いやだなあ、きみもわかっているんだろう? お・お・ぐ・い……だよぉ」

「――――――ッ!!」


 ねっとりとした脂増し増しギットギトな料理を思わせる粘着質な声を耳元でささやかれ、アイラはビクンとその身を跳ねる。

 ごまかしはもう効かない。

 アイラは追い詰められていた。


「ひとにはあれだけ過食はいけない、ボーショクは罪だ、なぁんていってるわりには、きみもなかなかやるじゃない?」

「い、い、いけ、これはたまたまと言いますかですねなんていうか若気の至りといいますかぁ……」

「ソルベってさあ、ごはんというよりも、ただのおやつってかんじだよね? 君はおやつなら、いくらたべてもいーんだよって考えなのかあ、おどろいたなあ」


 アイラは人を諭したり正論で問い詰めるのは大の得意であるのだが、人をだましたり言い訳をしたるするのはひどく苦手としていた。

 それ故モラルにこのような問い詰め方をされてしまうと頭が働かなくなってしまい、しどろもどろになってしまった。

 これぞまさに、モラルの狙い通りの展開だ。

 モラルは一気にたたみ掛ける事にした。


「ひとにはさんざんたべるなっていっておいて自分はかまわないとか、君はずいぶんと良いごみぶんなんだなあ。あれかな、我も君みたいに神につかえる身になれば、すきなものをすきなだけたべてもいいのかなあ?」

「や……やめ……! そんな問い詰め方は、卑怯です……っ!」

「ひきょおだあ? ふぅーん、へぇぇー……そういうこと言うんだなあ。だけどなアイラ、ほら、あっちを向いてごらん?」

「あっちって……?」


 モラルはソルベを作る道具を片付けたり、モラルが追加で作った四角い氷塊を氷室にしまい込む村人たちを指さした。

 彼らとは小声で話す分には声が届かない程度の距離が開いているが、ほんのちょっぴりでも声を張り上げれば間違いなく届くだろうという絶妙な位置にモラルとアイラは座っていた。

 

「大声をだせばまわりのみなにもきかれてしまうんだろうなあ。アイラがじつは、ヒトにセッキョーをたれておきながらもじぶんもかげで大食いをするオンナだったんだってコトがさあ」

「うっ……! モラルさん……貴方、私の事を、脅しているつもりなのですか……?」

「おどすだなんて、そんなそんな」


 モラルは頭を振って否定はするが、その顔はとても清廉潔白とは呼べない表情を浮かべている。

 その意図は明らかである。

 我の食事に口出しするな。

 さもなくば、判っているだろう?

 彼の表情はは如実にそう語ってる。


 ごくごく普通の人間であるならば、こんな脅しは効かないだろう。

 それはそれ、これはこれというやつである。

 そもそもモラルの様な酷いデブ中のデブに食事に関する誹謗中傷の類を向けられたところで、お前が言うなという話である。

 まず間違いなく、それがどうした、で済んでしまう。


 しかしアイラはそうもいかない。

 生来の生真面目さが仇となり、責任や問題を問い詰められると自罰的な思考になりがちな部分が出てしまう。

 これは戒律の厳しい孤児院で生まれ育ったという経緯もあるが、アイラもまたモラルと同じで自分に自信を持てないでいる性格がある事も起因しているのであろう。


 これが仮に脅されているのが丁度その場にいるクーラあたりであれば、甘いものは別腹だし、あたりで押し切るのだろうが、アイラにはそのような開き直りを行う事が出来なかった。

 それ故に、彼女はモラルの術中から抜け出すことが適わない。

 すべてがモラルの予定調和の中にあった。


「我もなあ、夜ごはんくらいはなあ、やっぱりおなかいっぱいたべたいなあとおもっておるのだがなあ」

「い、一体どの口で脅しているつもりは無いなどと……!」

「だってなあ、そもそもいきなりしょくじの量をへらしても、それだけでいっきに痩せられるワケではなかろう? そのまえにからだがまいってしまうだろうなあ。アイラよ、たとえふとっていようがいまいがな、無理をつづければ餓死するんだぞ」

「う、うぐぐぐ……!」


 悩んでいる悩んでいる。

 モラルは首と顎の見分けのつかない顔の下半分を擦りながら、ここでもう一押しと、最後の切り札を切った。


「ところではなしは変わるが、あそこのひむろで氷漬けにされていた果実だがな、あれはことしの春にとれたものや去年の秋冬にうれのこったものなどを凍らせたものらしい」

「……それが、何か? 突然話題を変えるだなんて、一体何のつもりですか?」

「いや、なあに」


 モラルはもったいぶりながら話す。


「我にまかせればいつでもそこらへんで買った果実で、すきなだけソルベがつくれるだろうなあって話だよ」

「わ、わわわ私をた、食べ物で懐柔するつもりですか貴方は……!」

「別に、いやならかまわんさ。ただにどと、凍らせたてつくりたてのおいしいおいしいソルベが食べられなくなるって、それだけのはなしだしなあ」

「う、ぐ……」

「あーあー、やっぱアジが落ちかけた果物よりは、しんせんなやつのほうが飛びきりンマいんだろうなぁー。我も食べたかったなあー」


 現在のモラルがとれる、これが最後の切り札であった。

 行き過ぎた食事制限――あくまで本人談――と、より蠱惑的な甘味の誘い、自分も食べたかった等という同調の言葉を織り交ぜる事で、ガタガタになったアイラの心に揺さぶりをかける計画だった。


 もちろんこれが確実に通るものだとはモラルも信じてなどは居ない。

 勝算は三割にも満たないだろうと思っていた。

 だが今すぐとれる説得の手段となればこれくらいしか思いつかず、仮に言いくるめに失敗してしまったとしても、第二の計画を用いてこの危機的状況から脱出するつもりでいた。


 その第二計画とは、商人たちへの儲け話の相談である。

 清涼祭で出したソルベの売上金の一部をもらい受け、それを種金として商人と交渉するのがモラルの考えた次善の策である。


 数か月から半年以上前に凍らせて作ったソルベでもこれだけの売り上げを出すことが出来ました。

 ならば新鮮な果実や野菜で作ればもっと売り上げを期待することが出来るでしょう。

 そして自分は、食物を凍らせる呪文に精通した魔術師です。

 そのように持ち掛けて、この村で買った果実や野菜を凍らせる係として自分を売り込むつもりでいたのだった。


 この場合、モラルは自分用の食事を商人から荷車の一つでも借り受ける事で、自分で運ぶ労力を免除することが可能となる。

 この方法であればモラルは強要された食事制限で痩せることなく、太ったままでもロモニー村を脱出することが出来るのだ。

 よしんば無料で借りることが出来ずとも、モラルには借料を支払う覚悟はできていた。

 要は商人に対し何の伝手も持ってない状態で話しかけるのは難しいため、利益につながりそうな実績を積んでおこうと考えていたのだ。


「な、何を言われても、誰に私の二律背信を言いふらされたとしてもですね、その様な欲望に屈するわけにはいきません」


 果たしてアイラは、否定の言葉を吐いてしまった。

 第一計画は失敗かと、モラルはちょっとだけ残念に思っていた。


「そうか。クッしなかったかあ、しかたない。なつのよるのフロ上りとかに、つめたいやつをキュッといくのが、さいこうにうま――」

「――ですが私も性急すぎたことは認めますので一日三食の内一食くらいでしたら今までの食事量に戻しても良いと考えました仕方ないですねこれから暑くもなりますしモラルさんが体調を崩されたら元も子もありませんからええ本当に仕方ありませんあーしょうがないなーしょうがないですねーんもーモラルさんはー」

「………………」


 右耳から左耳へと滂沱と流れ込んでくる言葉の羅列を聞きながら、モラルは自分の負け惜しみの言葉が最後に効いてしまったのか、それともハナから折れてしまっていたのかが判らずに、少し呆れた視線でアイラの顔を見つめていた。

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