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ソルベ 春待ちの雪解け時に見た七色の雫風ソルベ 完食

「わぁ……これが移動中に仰っていた、この村の氷室なのですか? 随分とたくさんの小屋が並んでいらっしゃるんですね……これ全部が、本当に氷室で?」


 村で育てている果樹園に隣接した林の中に、その小屋は整然と並んでいた。

 焼き煉瓦と炭塗の木の板で組み上げられた高さの低い小屋ばかりで、反面横幅はかなり広めに造られていた。


 その数、なんと十棟以上。

 覆い茂る木々のせいでその全貌を視界に収めることはかなわないが、かなりの小屋が並んでいる事だけは見て取れる。

 アイラは感嘆とした声をあげ、その建物を眺めていた。


「うちの村は昔っから保存に関しては気ぃ使ってたんで、この手の貯蔵庫は他に二箇所あるんですわ」

「二箇所も!? それはまた……はぁー、さぞかし歴史のある村なのですね、ロモニーという村は……」

「魔術師の旦那にお嬢さん方、そんなところで話ばあせずにそろそろこっちに入りなせえ」


 小屋の入り口の施錠を解いた村人が、モラルたちに侵入を促した。

 アイラはウキウキとしながら、クーラは誇らしげな表情を浮かべ、氷室の中へと踏み入った。

 が、モラルは体格の関係上入ることが出来ない為、外からのぞき込む事しか出来なかった。


 やはり規格外のデブは不便極まりない。

 アイラはその事を再確認したものの、氷室内部の光景を視るや否や、そんな考えも一瞬で吹き飛ばされてしまっていた。


「ひゃあー……涼しいっ! それに、こんなにも氷が並んでいて……私、氷室の中に入ったのは初めてなのですが、こうして眺めてみるとこれは中々壮観ですねえー」

「いやあ、褒めていただけるのはありがてえですが、ここまでキンキンに冷やしていただけてるのはそこな魔術師の旦那のおかげなんですわ」

「えっモラルさんが……? そうなんですか?」


 モラルは入り口に置かれていた木箱に向かって氷の呪文を唱えながら、アイラへ顔を向けつつ頷いた。


「この村じゃ、こおりの呪文をつかいこなせるじゅつしはもう、としおいたじいさんふたりしかのこっていないらしいんだ」

「そうなんですわ。流石に高齢なんでね、呪文を唱えるのも一苦労なんですわ。老体に鞭打ってもらって氷で氷室を埋め尽くしてもらうんは流石に酷ってなもんで、近頃じゃ半分も埋まり切っちゃいなかったんですわ。いやあ、久々に氷で埋め尽くして貰えたのは、そこな魔術師の旦那様様ってやつですわ」

「……村人の皆さんの為に、お力になられていたんですね」


 アイラは関心すると同時に少し悲し気な表情を浮かべてしまった。

 彼女がこの村に滞在している目的は、モラルを自分たちのパーティへと引き戻す為である。

 つまりアイラがやっている行動は、ロモニー村から有能な魔術師を一人引き抜いてしまう事と同義である。

 老いた魔術師しか滞在していない村にとって、モラルが滞在している意味は自分が想像していたよりも重大な価値があるのではと、アイラは今更ながらに気付いてしまったのであった。


「まあぶっちゃけ、はたけしごとするよかよっぽど楽だし、我はこおりとかみずとかほのおの呪文を唱えるしごとがあっているな。それはともかくみなさん、れいのきばこをそとにはこんじゃくれませんかね?」

「おっといけねえいけねえ、自慢しとる場合じゃねえか」

「木箱……これのことですか?」


 板状に切り分けられた氷を積み重ねた柱と柱の間に、同じように積み重ねられた木箱へアイラは手を伸ばす。

 が、不用意に触れられて倒されてしまっては困るとばかりに村の男連中が割って入り、その木箱をよいしょと重たげに数人がかりで持ち上げて氷室の外へと運び出していた。

 日陰に並べられていく木箱の一つをモラルが開ければ、中からツンと鼻に香る酸味の強い薫りが辺り一面へと広がった。

 箱の中身を覗き込んだアイラは、詰まっていたものの正体を知る。


「これは……ひょっとするとすり潰した果物、ですか?」

「当たり。まあ、箱によってはカコウがちがうらしいけどな」


 続々と運び出された箱を開けると、丸ごと凍らせた柑橘類や、煮込んでジャム状にした上で凍らせたものまで千差万別の有様だった。

 アイラは怪訝な顔でそれらを眺めていたが、村人の一人が金タライと工具やおろし器を持ち出したのを見て、思わず歓喜の声をあげてしまっていた。


「ああっ! まさかこれ、ソルベットですか!?」

「おおあたり。ただしこの村じゃソルベってよぶらしい」


 にやり、モラルは笑みを浮かべる。

 ソルベット、あるいはソルベと呼ばれる食べ物は、その昔シャルベット子爵という大規模な果樹園を経営していた貴族が考案した、夏の風物詩とも呼べる食物である。


 その調理方法はいたって簡単。

 複数の加工を施した果実を氷結させた後、それぞれを解凍させたりすり下ろすなりした後に、お好みの組み合わせで器に盛りつけるだけで完成する。

 果実を凍らせる技術と氷結した物体をすり下ろすだけの根気があれば、庶民でも容易く口にすることが出来る氷菓子として、貴族王族平民を問わず愛され続けた食物である。

 当然氷室を多く抱えるこのロモニー村でも、組歌詞から長らく愛され作られ続けた魅惑の氷菓子だった。


「モラルさんモラルさん! ソルベットですよソルベット! ひょっとしてこの氷室に入っている木箱は全部、凍らせた果実なんですかっ!? うわあ……っ!」

「うん、だからソルベな、ソルベ。そしておまえ、こうふんしすぎだ」

「だってだってソルベットですよソルベット! 第二王都じゃ人が多すぎて、食べる機会に恵まれないんですもん! なのにこの村じゃあこんなにも……うわぁっ、私、興奮を我慢しきれませんっ!」

「うん、それはみてればわかる、うん」


 モラルは少し引き気味に、アイラの事を眺めていた。

 ()()の上ではあるものの、ここまでの反応を示してもらえるとは思ってもみなかったのか、普段はあげない喜色の声に戸惑いを隠せずにいた。

 だが、これは却って好都合。

 モラルはほくそ笑みながら、アイラに悪魔の誘惑を囁くのだ。


「まあ、それはそうとアイラよ、ちとてつだってはくれんかね?」

「手伝うって……何をですか?」


 モラルは箱の一つをぽんぽんと叩きながら、アイラに向かって説明した。


「じつはな、我の氷のじゅもんでまつりの日にソルベをひやすかかりをたのまれたのだが、どうもつよいじゅもんをかけてしまうと、ガチガチになりすぎて食べづらくなってしまうらしいのだ。かといって、れいきが弱すぎるとこんどはどろどろになって、あじみが悪くなってしまう。きょうはその、ちょうどいいれいきがどれくらいかをたしかめるために、じっさいにつくりながらためしてみようと、お声がかかったのだ」

「ええと……つまり私は何をすればよいのですか?」


 モラルはすのこが敷かれた場所に氷の粒を撒きながら、凍った果実をヘラで掬いつつこう言った。


「なあに、ただ、試食をしてくれればいいだけさ」

「えっ……え、ええっええええええええ!? 良いんですか、食べていいんですかっそんな……ここが、天の園……?」


 アイラは喜びの声をあげた。

 甘味、試食、食べ放題。

 程々に暑い夏の午後に、冷たい氷菓子を食べられる機会に、彼女は木箱に目をくぎ付けにしてしまう。


 モラルはそんなアイラに向かって満面の笑みを浮かべる――のだが、それはかつてない邪悪な笑みであったとアイラは後に語る。

 だがしかし、今は、今この瞬間に限るならば、彼女にとっては天使の微笑みに見えてしまうのだった。


「それじゃみなさん、我はこうかなと思うこおりのりょうをばらまいておくので、おのおのソルベをつくってみてたべくらべてみてください」


 箱からさらにそれぞれ陶器へ小分けに移し入れ、それぞれ量の異なる氷を撒かれたすのこの上へ移動させると、後は皆一丸になって凍った果実を砕き、削り、すり下ろし始めていた。

 特にクーラとアイラの乙女二人の鬼気迫る表情には男性陣も腰が引けてしまう程の様相で、これがめったに味わえない甘味を前にした年頃の娘たちの姿なのかと、妙な空気も漂っていた。

 とはいえ、その様な感慨も、冷たくて程よく甘いソルベを一度口に含んでしまえば、甘やかに蕩ける果実の薫りの様に、あっという間に溶け消えてしまうものだった。


「あっまぁぁ~~~いっ!」

「薄めたはちみつと冬に採れた木の氷雫を溶かしたものを混ぜると、もっとうんまくなるよぉお嬢さん」

「もっと!? 甘くっ!? ぜ、ぜ、是非……っ!」


 ぺろり、ぺろりと誘いに乗せられ、アイラは立て続けにソルベを食してしまう。

 まるで節制という言葉をどこかに置き忘れてしまったかの様に、彼女は目の前で作られ続ける魅惑の甘味へと手を伸ばし続けてしまっていた。 

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