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ソルベ 春待ちの雪解け時に見た七色の雫風ソルベ 配膳

 満腹感というものは、病みつきになるものである。

 胃袋が限界を迎えるまでパンパンに膨れ上がっていない限り、満腹であることに幸福を覚えるものである。

 種族や年齢を問わず、この世に生きとし生けるものは全員共通で感じる事の出来る、唯一無二の快楽に違いない。


 モラルもまた長らくその快楽に浸っていた生活を送っていたのだが、ここ最近はそうもいかない様子であった。

 その理由は、タルタドポスに続きロモニー村に滞在し続ける、アイラの存在が原因だった。


「モラルさん! 何度も何度もおかわりをするのはいけません!」

「このお皿は没収、没収です!」

「モラルさんは意外とお野菜もたくさん食べられていらっしゃいますね。いえ、だからといって過食は許されるべき行いではありませんけれど」

「お酒は一日三杯まで! モラルさんも酒精の毒のお話に関してはよくご存知のはずですよね? 深酒はいけませんっ! タルタドポスさんの様に、お酒の席での失敗なんて、犯したくは無いですよね!?」


 アイラは食事の時間になると何処からともなく現れて、とにかく食事の妨害をする。

 それだけでもモラルにとっては十二分に厄介なのだが、更に問題となるのは、そんな二人の様子を眺めている周りの村人たちの存在である。

 村人たちはモラルとアイラのやり取りに対し、三通りの反応を示していた。


 甲斐甲斐しい彼女じゃないかと、ニヤニヤ笑いを浮かべつつアイラの肩を持つ者。

 露出の激しい乙女(バシュターナ)早食い勝負をした乙女(ナインティー)に続き、純真無垢な修道女(アイラ)をも手籠めにしているとんでもないデブの癖に中々の色男だなと称賛してしまう者。

 そして最後に、アイラに対して自室でいかがわしい行為を行っていた変態デブという噂話を真に受けてしまった者。


 皆一様に、モラルにとっては面倒極まりない相手であった。


「彼女もあんたの健康の事を気遣ってるんだから、注文はここまでにしておきな!」


 (モラル)の注文に断りを入れる店員。


「やるねえ旦那。やっぱ魔術師ってやつはモテるのかい? それとも、都会育ちだからかね?」


 野良作業の最中、揶揄う言葉を投げかけてくる農夫。


「うわ……あいつ、例の異常性癖持ちの男よ……」

「……チッ!!」

「あっちに行きましょ。……死ねばいいのに」


 村の往来を歩くだけで舌打ちをし、陰口をたたいてくるうら若き乙女たち。

 この様に、モラルにとってロモニー村は、かなり居辛い環境になりつつあった。

 しかしモラルはロモニー村を離れることなく、満腹感を得られない苛々と、村人たちの心無い噂話や茶化す言葉に耐えながら、これまでと変わりない生活を送っていた。


 その選択は、少し異常でもあった。

 普通村八分とまではいかずとも、異物として扱われ始めた新参の男がたまたま滞在している村一つに固執する必要性は無いのだが、モラルは他の村や町に逃げ出す素振りは見せなかった。

 それは何故かと問われれば――彼の体格に問題があるからだ。


 端的に言ってしまえば、モラルは余りに太りすぎていた為普通の馬車に乗ることが出来ずにいる。

 少なくとも、馬車駅に停まる定期便の御者たちにはその様な断りの文句をモラルは入れられてしまっていた。

 となるとモラルが乗れる程の馬車となると、限られたものしか残されていない。

 それこそ国に所属する兵団の軍用荷車や、商人の持つ大型の荷車にでも乗せてもらわない限り、モラルはこの村を出る事すら出来ないのだ。


 だがこの村にはその様な大規模兵団は駐屯していないし、乗せてもらえる伝手も無い。

 かといって商人に頼み込んでもけんもほろろに断られるのは目に見えている。

 馬車での移動は絶望的だとしか言えなかった。


 となると、後は徒歩で出ていくという選択肢しか残されていないだろう。

 しかし夏真っ盛りな陽光が照り付けてく炎天下の中巨漢のデブが、自身で食す十日分の食材を持ってさ迷い歩くという行為は、選ぶ選ばない以前に無謀極まる行為である。

 まず間違いなく干上がってしまうし、荷物をまともに持ち上げる事すら敵わないだろう。

 よってこの方法も、選ぶことは不可能だった。


 つまりは――痩せなければ、決してこの村を離れる事が出来ないのである。

 ここにきてようやくモラルは自身の体格が異常なのかもしれないと、薄々自覚を始めるようになっていた。

 ある意味アイラが言う通り、肥満による害がその身に降りかかりつつある状態であった。


「ええい、ええいええい! うつ手はなしか、ちくしょうめ……だが我はぜったいに痩せん! ぜったいに痩せとぅない!」


 モラルは吠えた。

 悲しくも欲深き咆哮であった。

 その上誰からも理解も協力もしてもらえない、孤独な叫びでもあった。


「何を愚かな事をおっしゃっているんですかモラルさん。はい、今日の食事はここまでです」

「そんなぁーっ!? ま、ま、まだちょこっとしかたべておらんぞ!?」

「ちょっと!? これでですか!? 三人前は平らげているじゃあないですか!」


 テーブルを埋め尽くす皿の数々を呆れた顔で眺めながら、アイラは叫ぶようにモラルをとがめた。

 確かに三人前と考えればとても量が多く見えるものの、現在のモラルの体格と比べてみるならさほどの量には見えてこないのが不思議である。

 しかしアイラはモラルの体格は考慮せず、あくまで健常な成人男性が摂取する一回の食事量を基準に、モラルが食べても良いとする食事量を計算している様だった。


 この程度の量では当然モラルは満足感を得られないのである。

 彼は中途半端な空腹感に、常に悩まされていた。


「アイラ、アイラ、もうちょっとだけくわせてくれ。これではからだがまいってしまう」

「モラルさん、それは気のせいです。十分栄養は取っていらっしゃるでしょう? これでもまだ十二分に食べすぎなのですから、我慢なさってください」

「ひ、ひ、ひどい……! おまえは我をがしさせるつもりか……ッ!」

「そんな大げさな」


 アイラからすれば冗談か苦し紛れな言い訳にも聞こえたのだろうが、モラルは割と本気の発言だった。


「と、いいますか、モラルさん。私たちと一緒に冒険したり、依頼をこなしていらっしゃった時は、確かそんなには食べていらっしゃらなかったはずですよね? どうしてこんなにも、食に関して意地汚くなってしまわれたのですか?」

「いじきたないって、ひどいなお前、なにげに……」


 腹を両手で擦りながら、モラルは過去の自分を思い起こした。


「いやなあ、我はむかしからその気になればジューニンマエは食べられたぞ? もともとおおぐいだったからな」

「はああ!? 十人前ッ!? いやそれ嘘ですよね、私たちの前でそんなに食べてた事なんて……いや……そういえば……」


 アイラは記憶を手繰り寄せて昔のモラルの食事を思い返してみたが、言われてみれば確かに、極々稀にではあるものの、とんでもない量を一人で食べていた時があった事を思い出す。

 あんまりにもたくさん食べるものだから、びっくりしてしまって記憶に蓋をしてしまっていたらしい。

 大食いの片鱗は、思い返せば至る所で見受けられた事をもアイラは思い出してしまった。


「……そういえば、宴会の席などでは、凄く食事を摂られていましたね……」

「だろう? 我はむかしからおおぐいなのだ」

「いや、でも、何時もでは無かったですよね? ごく稀にしか……」

「そりゃあそうだ、呪文書をかいそろえるためにせつやくしたり、ほんをよみふけるため、じゅもんのれんしゅうをするため、しょくじのじかんを……けずったりしてたからな……」


 最後の方はほとんど囁く様な声で、モラルは悲しげにつぶやいていた。

 モラルにとってあの頃の自分は皆の力になりたいが為、個人の時間や欲求を削りに削って努力を重ねていた姿である。

 力不足と断定されて追放された――と、思い込んでいるモラルからすれば、充実していた日々でもあったが、全くの無駄であったのだと勝手に勘違いもしてしまった、悲しき日々の記憶でもある。


 空腹感に続き劣等感も刺激され、モラルはますます気落ちしていた。

 だが他人とは残酷なもので、まるまると太ったデブには全く悩みが無いとでも思いこんでいるものなのか、モラルの様子にはまったく気付かず無遠慮に話し掛けてくる者がいた。


「あのぉ、魔術師さん……食事が終わったんなら、そろそろ例の出店についての打ち合わせしたいんやけど、良かですかぁ?」


 食事が終わるとみるや近づいてきた相手は、スープを全身に浴びてしまったアイラに流水の呪文で作った水をぶっかけていた姿を目撃した三人組のうちの一人、一番年若い娘であった。 


「あー……ケスティさんちのむすめさんか。フウムウウ……まあ、しかたないか。くちうるさいやつもいるし、しょくじはいったんやめるかあ」

「誰が口うるさいやつですかっ! ……ところで、例の出店って何ですか? モラルさん、まさかこの村でお店を開くつもりなんですか?」


 店なんてものを持たれたら永住されてしまいかねないと、アイラは慌てて問い詰める。

 しかしモラルは黙って首を振り、懐からガサゴソと折りたたんだ紙を取り出して、それを広げるとアイラの眼前に文字が書かれている側を突き出して見せてやる。

 そこにはロモニー村大清涼祭と、大きな文字が記されていた。


「セイリョーサイという、なつにむけたおまつりのてつだいをするだけだ」

「清涼祭、ですか……確かに最近はめっきり暑くなってきましたね。打ち水か何かをしつつ、涼もうというお祭りなのですか?」

「ほかにも、でみせとかもやるらしい。なつむけのな。だよな、おじょうさん?」


 ケスティ家の娘――クーラは、モラルの言葉にぶんぶんぶんと勢いよく頷き返し、モラルの説明を引き継いだ。


「大体はそんな感じの祭りやねえ。ただ、うちの村のは結構大規模にやるんで近隣の村の人なんかも楽しみにやって来る、三日三晩続けるお祭りなんよね。そこの魔術師さんにはうちの目玉商品の手伝いやってもらう予定なんよね」

「目玉商品……ですか? それは一体――」

「おっと、はなしはそこまでだ」


 モラルは椅子から立ち上がりながらアイラに向かって口を挟んだ。


「つづきは、ゲンチについてから、だ。アイラ、ついでだからおまえもついてこい。おまえのいけんもさんこうにしたいからな。べつに、かまわんだろう?」

「え、ええと……」

「うちは別にかまわねえですよ? 何か新しい発見があるかもしれねーですし」

「よし、決まりだな」


 瞬間、モラルの瞳に鋭い眼光が走っていた事を、この場に居た誰もが気付くことは無かった。

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