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ソルベ 春待ちの雪解け時に見た七色の雫風ソルベ 注文

「痩せましょう、モラルさんっ!」

「とつぜんやってくるなりナニをいいだすんだ、アイラ」


 タルタドポスが強制送還されてから、五日目の夕方頃の事であった。

 たまには自炊をと適当に刻んだ野菜と鶏肉を炎の呪文で煮込んだスープを自宅で味わっていた所、突如前触れもなく訪問してきたアイラの告げる提案に、モラルは口に含んでいたものを咀嚼するのも忘れ、ゴクン丸呑みしてしまってからそう答えた。

 喉元をゴロゴロとした野菜が下っていく新感覚にちょっぴり快感のようなものを感じながらも、モラルはアイラの瞳を真っ直ぐ捉え、その真意を推し量ろうと試みた。

 一方アイラもモラルの視線を受け止めつつ、自分の意見をはっきりと述べ始めた。


「タルタドポスさんから話は伺っていると思われますが、私たちはつい先日卑死操団という悪しき死霊使い(ネクロマンサー)たちとの戦いを、ベンテコ遺跡という場所にて行った事はご存じですよね?」

「いや、ばしょまではきいてなかったな。ベンテコか……ココと、だいにおうととの、ちょうどちゅうかんあたりだな」

「ですです、そのあたりに放置されていた、前王国時代の要塞跡に彼らは潜んでおりました。それでですね、その時の戦闘の際に他のパーティに所属していた背の高い殿方が、遮蔽物となる岩や崩れた柱などから頭を覗かせてしまっていたらしくてですね、呪文に撃ち抜かれてしまう事態に陥ったのです」

「それは、ごしゅうしょうさまといったところか」


 モラルは相槌をうちながら、スープ鍋に大きな木匙を突っ込み直接口へと運ぼうとする。

 だがしかし、アイラが必至になってその腕をつかみ、何とか食事を中断させようと試みてきたので仕方は無しに手を止める。

 無理矢理に食事を続けようとすれば胸やらなにやらに腕が触れて、気まずい思いをしてしまうからである。


 これが仮にタルタドポスであれば、あえて自分から腕を押し付けてくるなり尻を揉みしだこうとよからぬ動きを見せた事であろうが、モラルはいたって紳士であり、不埒な態度は行わない。

 もっとも相手がタルタドポスの場合だと、アイラも彼の事は見放して、モラルが相手の様に親身になって干渉しようとは思わなかったであろう事は想像に難くはなかった。


「だが――ぎせいになったものたちと、我にやせろというていあんに、なんのつながりも無いとおもうのだが?」


 モラルの指摘に対し、アイラは胸元で両手を合わせた仕草を取りつつ己の考えを口にする。


「私たちは今、モラルさんにパーティへと復帰してもらえないかと頼み込んでいる段階ですが、仮に今すぐ戻って来ていただけたとしてもですね……その、なんといいますか……身体つきが、ですね……」

「ふとっている、と? ちょっとぽっちゃりしたくらいで、おおげさな」

「ちょっと!? ぽっちゃり!? これでっ!? モラルさん、それは冗談でも笑えま……あ、違いますね。これ、本気で言っている顔をしていますね……?」


 モラルは少なくともアイラの記憶する限り、あまり冗談を言わない男である。

 そんな彼がまじめぶった顔で言うものだから、これは本気の発言なのだなとアイラは理解してしまっていた。

 事実モラルの発言は嘘偽りない本気の発言なのである。

 自覚が無さ過ぎるとは、まさしく彼の為にある言葉であった。


「え~……何はともあれ今の身体つきのままですと、敵に狙われた際の危険度が高すぎますので、痩せた方が良いと思われるのです」

「……べつに、いまさらもどるつもりもないから、このままでかまわんさ」


 相も変わらず追放されたものと勘違いを続けているモラルは不貞腐れたようにアイラの提案を拒絶する。

 しかしアイラは諦めない。

 彼女も一度や二度の説得でモラルの気が変わるとは思っていない。

 根気よく何度も口酸っぱく言い続け、時には干渉もする事で、モラルを元の体形に戻るまで過食を控えさせようと試みるつもりであった。


「そもそも過度な肥満は健康に宜しくありません! 神様も仰いました、何事もほどほどが一番、と。行き過ぎた贅沢は身を滅ぼしますよ、モラルさん」

「そのことば、きぞくさまがたにいってやったらどうだい? というよりも、きみもそこそこぜいたくはしてるよなあ?」

「贅沢、ですか? 私が? 一体どのような……?」


 ぱっちりとした青い瞳を見開きながら、アイラは自分のどこに贅沢なところがあるのだろうかと問いかける。

 他人がしっかり指摘しなければ案外気付かないものなのだなと、自分の肥満の事は棚に上げながら、モラルはそっとアイラの頭へ指を向ける。


「かみあぶら。こうゆのたぐい。きみたちしゅーきょーかはムジカクかもしれないが、それらのアブラというものはケッコウなてまひまをかけて作られている。そこらののうふじゃ、なかなか手はだせない」


 モラルの言葉にアイラは頭を振って否定する。

 さらさらさら。

 動作に釣られ、きめ細やかで柔らかな髪が、少し遅れてふわあと舞った。


「これは神に身を捧げた者としての身だしなみの一つです。安からぬものだとは私も理解していますけれど、神への愛の代弁人としては必要不可欠なものであるのです。現在のモラルさんの様に、ただいたずらに理由もなく暴食に走る行為などとは、断じて異なります」


 並みの品質のものよりもよほど高級品だとか、使う頻度も多いではないかとモラルは言ってやりたかったが、宗教家以前の問題として女性に対してそのお洒落は無駄ではないかと追及するのは話題としてはよろしくないなと思い直し、口をつぐむことにした。

 女の身だしなみについて深く追求するのは失礼にあたる事だと、反面教師であるタルタドポスのおかげで理解していたからだ。


 その昔タルタドプスが仲間の女性陣に対してああだこうだと大分偏見のある失礼な言葉を挟んだ結果、脚の骨をへし折られた上に三日間も治癒の法を掛けてもらえず放置をされていた事がある。

 男性は、女性に対して容姿のすばらしさを褒める以外の言葉を不用意に投げかけるべきではない。

 モラルは話題を少し逸らす事にした。


「だが我はいまのところ、シャレンドラのもとにもどるつもりはない。なので、やせるいみは――」

「そのような事はおっしゃらないでください! モラルさんのお帰りを、皆さん待ち望んでいるのですよ?」

「むぅぅ……だがなあ……こればっかりはやはりゆずれそうもない」


 おもむろに大きな木匙でスープを掬い、むしゃり。

 一口で小さ目のお皿一枚分ほどはありそうな量を頬張った。

 隙を突かれて食事を再開されてしまったアイラは慌ててスープの鍋を持ち上げ遠ざけようと試みるが、中身はまだたっぷりと残っていた為とても重く、彼女の細腕ではジリジリ引きずる事しか出来ずにいた。


「おい、おい、あぶなっかしいあしどりで、そんなにうごかしたら……あっ!」


 モラルの忠告もむなしく、アイラは足をつんのめらせて体勢を崩し、転んでしまう。

 ばしゃあ、アイラは胸元から太ももにかけて、トロミのあるアツアツのスープをその身に浴びてしまった。


「ひあっひゃあああっ! ああっつい! 熱いです!」

「ああ……いわんこっちゃない。冷やすか? こおりやみずの呪文で」

「は、は、早くお願いしますうううっ!」


 せかすアイラに仕方なく、モラルは流水の呪文を唱えて浴びせかける。

 服の上からじゃぶじゃぶと、なるべく全身に行き渡る様に腕を動かしながらぶっかけた。

 服が肢体に張り付いて身体の線があらわになり、モラルは少し場から気まずい思いをするものの、アイラの方はと言えばびりびりとした皮膚の痺れでそれどころでは無い様で、衣服を脱ぎ取ろうともがいていた。


「ああ、あんまりひどいやけどなら、ふくはまだぬがないほうがいいぞ。皮ふまでずるりといくことも、あるらしいからな」

「うっ……そ、それはとても痛そうですね、やめておきます。けれどちょっと、下の方をまくるぐらいなら問題ないですよねっ!?」


 そんな事を言われても知らんがな。

 モラルはその様な返事を行おうとは思ったが、流水の呪文を再び唱え始めた為に口にする事は出来なかった。

 そんなモラルの代わりという訳では無いのだが、きいいと少し耳障りな音をたてながら、小屋の玄関扉が開く音色が響き渡った。


 モラルとアイラ、二人がそちらを振り向けば、四十はとうに超えている男女とその娘と思しき少女という三人組の村人が、あっけにとられた顔で部屋の様子を眺めていた。

 しばし、沈黙――。


「な、な、夏涼祭の催しのお話に来たのですが、どうやらちょおおっとお取込みのようでしたねえ? おほほほほっ!」

「は、ははは! こ、こんな時間に尋ねてきたのは、悪かったかもしれないなあ! ゆゆゆ夕方の時分にまた来ますので、ええと、まあ、なんというか――」

「ま、まってくれ、これはちがっ――」

「さ、さようならッ!」


 慌てふためくモラルを無視し、三人は小屋から駆け出し走り去っていく。

 状況の理解が少し遅れたアイラだが、それから十秒ほど経つと、自分の今の格好や見られてしまった光景から、あらぬ変質的な誤解を受けてしまった事に気付き、あられもない悲鳴をあげてしまうのだった。

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